現在1 ④そして新たにはじまる
フィルツ首都の南に隣国をまたいで広がる砂漠――通称死の砂漠はあまりに広大であり、降り注ぐ熱波のため侵入者を拒み、奥へ踏み入った者は二度と戻ることがないと言われている未開の土地である。
商人たちがねぐらとしている場所も砂漠の中には位置しているものの、宿場町からそんなに離れていない。隣国との国境付近だ。
「資料によるとテントを張ってキャンプ地として、そこで仕事をしているようですね」
確認を兼ねた打ちあわせでガスバが俺たち全員に言うと、一人の隊員からそのキャンプ地を強襲すべきだと声があがった。
「もしかしたら、攫われた子どもがいるかもしれません」
ガスバは冷静に諭す。
「強襲するのは得策でないと?」
「そうですね、フィルツ国王の書状を持ってきているので、任意で中の捜索をさせて頂きましょう。まあ、大人しく証拠をつかませてはくれないでしょうからうまく立ち回るしかないのでしょうが」
穏やかな口調でガスバは言ってため息を漏らした。口にしている内容は決して穏やかではない。
とりあえず、真正面から乗り込む方面に決まりガスバを先頭にアジトへ向かうことになった。
砂漠に入った、といっても足がほんの少し沈む程度の砂地。礫砂漠が長い年月をかけて削られた石が砂となって積もったとか、そういう話を学生時代に学んだような気がする。
ほんの入り口だ。熱さも耐えられない程でなく、つれている馬も平然としている。
2,3人用の小さなテントが5つ寄り集った場所が見えてきた。あれが目的地であろう。
近寄って一つのテントの入り口へガスバが声をかける。俺たち残りの三人は後方でガスバの様子を見守るだけだ。
「フィルツ王の勅命です。中の確認をさせてください」
何の前置きもなく、ストレートな物言いだ。
少しの間を置いて、テントの入り口の布をめくり一人の男が顔を出す。大柄の、見るからに凶暴そうな面構えの男である。とても商人には見えない。用心棒というところだろうか。
「王サマの命令ってな、どういうことだ」
「人身売買の現場ではないかと疑いがかけられているのですよ」
ガスバはいつものように和やかだが有無を言わせないような口調で説明をする。
こうやって仕事ぶりを見ればわかる。なるほど、閑職においやられるような人材ではない。
素直に感心していると事は起こった。
突然男がテントから飛び出してくると、手にしていた抜け身の太刀でガスバを斬りつけたのだ。
「隊長!」
まずいと思った。
思わず動揺してしまった。それを断ち切るように剣を抜いて男との距離を詰める。
男はそれも読んでいたのだろう、標的を俺へ向けるが遅い。
簡単に切り伏せると、俺は倒れたガスバへ駆け寄りかけ――背後に殺気を覚え、前方に跳ぶ。
「あーあ、やっぱりエリートさんにはだまし討ちは通用しないかぁ?」
振り返ると、同じ隊の二人だった。
それぞれがいやらしい笑みを浮かべながら抜刀した剣を構えている――俺に向かって。
「一体何を……」
問いかけながらも、半ば理解していた。
やはりこいつらは、商人達とグルだったということだろう。
倒れ伏したままのガスバに視線だけ向けて、すぐに二人に戻す。
今ならまだ、止血だって間に合うかもしれない。だが、それをさせてはくれそうにない。
「あんたに首都に帰られちゃ困る人間がいるんだよなぁ」
「悪いが……つーか、『悪い』なんてかけらも思ってねえけど、死んでもらうぜ!」
この二人を欺いて、商人どもを一網打尽にするつもりだった。
しかし、罠にかけられたのは、俺の方か。
こいつらに負けるわけにはいかない。勝つ技量もある。
剣を構え直して二人を交互に睨みつけた。
気迫で圧されたのか、二人ともややたじろいだようにも見えたが。
だが、次の瞬間、嫌な予感を覚えた。――背後から気配もなく殺気だけが膨れ上がったのがわかった。
先に熱を覚えた。背中に熱、だ。
そして次に予感。
後から覚えた予感はもはや予感ではない。熱を感知した時点で恐怖へと変わる。
完全に油断した。後方のテントから飛び出してきた何かに背後から突かれた。
どこか冷静な自分がいて、そう判断を下す。
後方のテントから、何か?
急いで左方に大きく飛び、距離をかせぎつつ横目でそれが何かを確認する。
槍だ。テントから槍を持った大男が出てきていた。
先ほど斬り捨てた男とそう人相も体つきも変わらない。まだいたのか、用心棒!
ニヤニヤ笑う二人と、そして槍を持った大男。こいつら、仲間か!
幸いなことに傷みはあまり感じなかった。出血の具合は確認できないが、利き手と逆の手で触れるとぬるっとした感触が服の上からでもわかる。
テントの中に何人いるかもわからない状況で戦い続けられるような傷ではないと判断した。
と同時に引っ張ってきた馬へと飛び乗る。
隊員の一人が間抜けな声をあげるのと同時に馬を走らせた。
俺と同じように馬を連れてきていた二人はすぐに馬に乗ると俺を追いたてはじめる。
やばい、と思った時には痛覚が戻り始めていた。
ずきん、ずきん、と一挙動ごとに丁寧にも痛みを伝える。
こりゃ、本当に、ヤバイ、な。
それでも遠くへ、と俺は手綱を砂漠の奥へと向ける。
どれぐらい走っただろうか。
もはや時間の感覚はなくなっていた。
暑さに耐えられなくなったのか、馬は足を止め、その場にへたり込んだ。
馬の背から降り、熱に浮かされたように俺はなおも懸命に足を進める。
追っ手がまだいるのかどうなのかはわからない。だが、足を止めるわけにはいかなかった。
死にたくない。死ぬわけにはいかない。
熱で朦朧とした頭の中で、シグナルのように響いていた。
自分の声なのか、それとも誰かの言葉なのかあやふやだ。
帰らなければならない。
意思とは反対にがくっと足がくずれもつれるように倒れ込んだ。
日に焼けた砂は触れるだけでも焼けるように熱い。
立ち上がろうと手を伸ばそうとしたが、手は動かなかった。
…………ここまでか。
絶望感に襲われる。
これからのことを全て後回しにしてきたから帰りたかった。でももう体は動かない。
『大丈夫』
突然、声が聞こえた、ような気がした。
聞き覚えのある、声が。
か細くて、今にも消えてしまいそうだがはっきりと響く。
まるで自分にも言い聞かせているように。
そう、俺はこの声を知っている。この声が「大丈夫」だと言ってくれれば本当に大丈夫なのだと。
絶望感は掻き消え、俺は目を閉じた。
――もう一度会いたい。
あの時、あの白い世界で、訪れた終わりとはじまりの中で俺は願っていた。
彼らとの出会いから始まって終わりへと至る道。
どんな時でも、「まだ大丈夫」と言っていた彼女を、俺は覚えている。
彼らにも、また、――もう一度会いたい。
そう思い浮かべて、そこで意識は途絶えた。
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