過去1 ⑪泥酔の中
ジーと変に耳障りな音が耳について離れない。
煽るように酒を飲みながら、向かいの席を陣取りなにやらずっと語っているケインの言葉を聞き流し続けて数時間。
だんだん感覚や感情が薄れていっているのだけはどういう原理なのかよくわかる。
気分がいいのか悪いのかそれすらも分からないというのに。
俺よりもペースは遅いもののケインも酒を煽っているがこちらはあまり酔っ払っているという感じはない。
ただテンションが高い。喋る速度も速い。
畳み掛けるように言葉を連ねるのはいつもと変わりないが。
無駄話が九割のケインの話から重要な情報を拾うのは意外と重労働で、酔いが回った頭で行うのは不可能に近い。
生き残った盗賊どもはどうやらあの後駆けつけた自警団に捕らえられたとか何とか。
そこまで興味がなかったのでほとんどを聞き流した。
生き残った人間は俺たち以外にもいるらしいが、足早にこの宿場町を後にするものがほとんどで。
フィルツ首都に近いこの街での犯罪は首都の役人の管轄である。
出先の役人たちだけではとても手が足りず、現在応援を首都に要請中。
ただその応援がやってくる頃には、あの宿の宿泊客はもうこの街にはいない。
なんだか色々と面倒なことになりそうだ、とケインは言って笑った。
俺たちもさっさと出て行ければいいのだが。
やることもなく昼間から適当な食堂に入り酒を飲んでいる。
夕食時が近づいてきたせいか少しずつ店内も賑わってきた。
「結局被害はどれぐらいだったんだ」
ふとそんなことを口にしてみれば、
「火事での被害も併せて死者は7名、重傷者が2名、煙を吸って喉を痛めたとか軽いやけどとかを軽傷者が十数名だってさ」
ケインが表情を曇らせ淡々と答えた。
目の前にいても、何もできず奪われていった命もある。そう考えると気が重い。
テーブルに視線を這わせ言葉を探す。が、別に会話をする必要もないかと思い直した。
「盗賊の方も半数以上は死んでるからな」
と、ケインが俺に意味ありげな視線を向けながら言ってきた。
ああ、大半やったのは俺だ。
「無茶しやがって」
小さく嘆息するケインを尻目にもう一杯酒を注文する。
「……聞いてる?」
「ああ」
何だか絡んできそうな空気を醸し出すケインに適当に頷いて、やってきた酒のグラスを受け取り一口飲む。
「やらなきゃやられていたのはこっちだ」
「物騒な発想」
やれやれと首を振ってケインはテーブルに突っ伏した。酔っ払っているのか?
「……自分でもそう思う」
適当に返して、グラスの中味を喉に流し込む。焼けるような熱さにむせ返りそうになった。
「そうだ、セフィ」
「何だ! 惚れたか!」
がばっと勢いよくケインは顔をあげて俺を睨みつけてくる。やっぱりこいつは酔っている。
「まさか。あの短刀捌きは相当の手練だな」
「あー」
少し拍子抜けしたように、ケインは頭を抱え込んだ。
「セフィの父親って刀術の達人で、昔は弟子を取って稽古をつけてたりしてたんだけど、長いこと弟子になりたいって人間もいなくってさ、暇つぶしに娘に仕込んだんだよ。セフィ自身の筋がよかったってのもあるみたいだけど、やたらと上達が早かったらしいぜ」
そうなのか、とそれぐらいの感想だ。グラスの中味を全て飲み干す。
そのセフィはあの後すぐに眠りに落ちてしまい目覚めそうもない。
彼女の体調を慮りまだ町に留まっている。
「ま、持ってる短刀な、あれ刃をつぶしてある修練用だから護身用にも心もとないっつーか。年頃の娘が刃物を振りまわすっつーのもちょっと問題あるだろ。あ、これおかわりね!」
通りかかった給仕にケインは注文する。
グラスを手にしつつまたたわいもない話を再開させるので、俺も適当に相槌を打ちながら聞き流すことにした。
さすがに飲みすぎたか。
時間の感覚どころか、上下左右の感覚すらも怪しい。
ぐらぐら回っている世界が、いっそ心地よくも感じる。
ずっとこの世界に留まりたいとどこかで思っていた。
醒めたら全て消えてしまう泡沫の世界。俺の逃げ場。
ケインの話はまだ続いていた。目がすわり、呂律が回っていない。
一目で出来上がっているのがわかる。
同じようなことを何度も何度も繰り返し管をまいている。
その言葉すら単なる音としてしか感知できなくなっている俺からすればどうでもいい。
多分あいつはさ、ヒュー、あんたになりたかったんだよ。
遠い世界からケインの声が響いた。
音階のように認識して脳内にゆっくりと沈んでいく。意味を理解するのはそれからだ。
あいつ……?
お前になりたかったんだ。けどそんなことできないってわかってたんだろうよ
理解することを拒むようにその言葉は心にまでは届かない。
俺はどうでもいい心地で一度頷いた。
そんなこと、今更どうしろっていうんだ。
閉店時間だと店から追い出され、早朝の街中をとぼとぼと歩く。
ほんの二日前と同じ生活サイクルだった。
「待ってくれよー」
情けない声をあげ、ケインが追いかけてくる。
戻したらすっきりしたのだろう。店を出たときより顔色がよくなっていた。
「お前、あんだけ飲んでよく真っ直ぐ歩けるよな」
感覚はおかしいが、言葉や普通の動作にまで影響がでる酔い方ができない。体質だ。
ケインは羨ましいとしきりに言うが、動けなくなるぐらいベロベロに酔うことができた方が楽だったかもしれないとも思う。
俺の横に並び、ケインは呆れたように吐息を漏らす。
「なあ、ヒュー、お前はこれからどうすんの?」
どうする、と聞かれても、とりあえず寝ると告げるとケインは大きく首を横に振った。
「その後は?」
その後なんて、何も考えていなかった、と言うのが本音であるが。
だが、わかっていた。いつまでもこのままではいられないと。
しかし、それを決心するのにも躊躇いがあった。
しばし言いよどんで、ケインの顔を一瞥して俺も溜息を吐く。
決めた。
「故郷へ……フィルツ首都へ戻るつもりだ」
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