過去1 ⑨旧友との戦い
あ、気の抜けた声を出しそうになったが、それよりも呆然とする気持ちが上回った。
妙な感覚と共に、手にしていた剣の重心がずれる。
中心よりもほんの少し柄に近い辺りで刀身がへし折れた為だ。
アルヴァーもやや呆気にとられたように俺の剣と俺を交互に見ている。
先刻確認してに刃こぼれしているのはわかっていたが、まさか折れるとは。
しかし、動揺を表に出さないようにコントロールしながらまだどこかぼんやりとした様子を見せるアルヴァーの剣を持つ手を目がけ蹴りを放って、彼の手から剣を弾き飛ばす。
「……っ!」
ようやく我に返ったのだろう。
彼が落とした手を目で追っている間に俺も折れた剣を捨て、アルヴァーとの間隔を一気に詰めると、眉を顰めるアルヴァーの顔面に拳を繰り出した。
拳がめり込みそのまま衝撃で吹き飛びそうになったアルヴァーの襟首を押さえつけ自分の方へと引き寄せ彼の目をじっと見る。
こちらを見下すような冷たい目が俺を睨んだ。
「……俺は」
俺の頬に唾を吐きアルヴァーは憎しみの炎をその目に灯した。
「俺には何もなかった。お前みたいに家柄も才能も何もかも」
何を言っている。
アルヴァーには何もない? 確かに両親は早くに亡くしたため家柄も何もなかった。
けれど才能は俺以上にあった。
学業成績も剣術だって敵わないと思っていたぐらいだったというのに、何もない、と?
「何もなかったから、奪ってやるんだ! 全部!」
アルヴァーのあまりに自分勝手な独白に思わずひるめば、その隙を見逃さずアルヴァーは自分の頭を俺の顔面に打ちつけた。
鼻を直撃した痛覚にアルヴァーを掴んでいた手を緩めてしまう。
慌てて再び指に力を込めて掴もうとしたがもう遅い。
俺の手から逃れアルヴァーは弾き飛ばされた己の剣を拾い上げ、大きく切りつけてきた。
咄嗟に後方に大きく跳んでそれを避け、追撃に備えて構えた。
「だからお前からも奪ってやる」
低い声で唸るように俺に吐き捨てるとアルヴァーは駆け出し、俺の横をすり抜けていった。
奪う? 俺には何もないのに、何を奪うっていうんだ? 訝しがりながらも振り返ってアルヴァーの姿を目で追ってはっとした。
向かう先にいるのはケインとセフィだ。
「うあ!」
間近に迫るアルヴァーに、ケインは目を見開いて声を上げている。逃げろ、と叫んでも間に合わない距離だろう。
くそ、と胸中で毒づきつつもアルヴァーの背中を追う。
アルヴァーはそんな俺を嘲笑うかのように剣を振りかぶり、ケインに向かって振り下ろした。
その瞬間、ケインの前に疾風のごとく素早い足取りで何かが飛び込んだのがわかった。
振り下ろされたアルヴァーの剣を、その何かが手にしている小ぶりな刃で受け止めると、金属同士がぶつかり合う音がやけに大きく響きわたった。
受け止めた剣を刃に滑らすように受け流して、その人物は背中に庇っているケインを後方に押しのけるように自らも後方に退く。
「セフィ!」
名前を呼べばあの虚ろな目が一瞬だけ俺を見たが、その目はすぐに正面のアルヴァーに向けられた。
アルヴァーは一切顔色を変えず、目の前に立ちはだかったセフィ相手にも容赦なく襲い掛かっていく。
アルヴァーの斬撃をセフィが手にした小刀のような刃物を横からたたきつけ、剣の軌道をそらしている。そうすることで最小限の動きで剣を躱している。
叩きつける位置が少しでもずれていたら、逆に手にした刃物が弾かれてしまうだろう。とんでもなく正確な狙いだと思わず感心してしまった。
どうやらセフィはそれなりに心得があるようだ。だが、しかし、さすがに相手が悪い。
とにかく止めなければ、とアルヴァーに向かって飛びかかろうと足を進めながらも重心を落とし――
「ヒュー、受け取れ!」
足を踏み切ろうとしたその時、想像すらしていなかった方からその声が聞こえた。そちらを見やれば、頭目の亡骸近くに立つケインが目に入った。
セフィに庇われた後、そこに移動したのか。
何のために? と考えるより前に、ケインは足下の何か拾いあげると俺の方に向かい投げ飛ばした。――頭目が持っていた、抜け身の大剣だった。
俺に届く前にそれは地面に落ちたが、鞘に収まっていないそれを投げ付けるなんて危険極まりない。
全速力で駆け寄ってそれに向かって跳びつく。
「……っち」
小さく舌打ちをして、アルヴァーは少し迷ったような様子を見せたが、俺が大剣を拾い上げたのを見てセフィから俺の方へと向き直った。
セフィがあからさまに脱力し、その場にへたりこむのを確認しながらも剣を鞘から引き抜いて、構える。
大剣と認識していたがほんの拳二つ分ぐらい普通の剣よりも長い程度で、扱うことに困難はなさそうである。
一気に間合いを詰めてくるアルヴァーを真正面に見据え、構える。
こちらへと振り下ろされる剣の軌跡を目で追い、俺も剣を振るった。
この感じだ!
脳内でかちっと何かがかみ合ったような感覚があった。二つの歯車がしっかりとかみ合ったようなそんな感覚だ。
振り下ろされている剣の刀身を側面から打ち付け、反動は手首を返しつつ力で無理やり押さえ込むとそのままアルヴァー首元へと走らせる。首を掻き切る寸前で刃を止め、は、と短く息を吐いた。
こちらを見るアルヴァーの表情に変化はなかったがその目に恐怖の色が宿っているのがわかる。
このまま力を込めればアルヴァーの命は尽きる。
しばらく睨みあって、俺は剣をつきつけたままアルヴァーを蹴りつけた。抵抗なく後方へと転倒するアルヴァーを醒めた気持ちで眺め、大きく息を吐いて、ゆっくりと息を吸う。
そんな深呼吸を何度か繰り返して、なおも起き上がろうとしないアルヴァーへ一歩歩み寄ってその顔を見下ろした。
「……アルヴァー」
「……んだ、よ」
両手で顔を覆っているせいでアルヴァーの表情は窺えない。声が震えているから泣いているのかもしれない。
「………で、だよ、なんで、勝てない……なんで……」
「まぐれだ」
突き放すように冷たく吐き捨てる。少なくともセフィが時間を稼ぎ、ケインが剣を渡してくれなければ俺はアルヴァーに敗れていた。
これ以上かける言葉もなくケインとセフィへと振り返ると、ケインがへたりこんだままのセフィの肩を抱きかかえるような形で立ちあがらせているところだった。
「行くぞ」
「行くって……」
二人に呼びかけると、ケインが顔を顰めて口を挟んでくる。
「いいのかよ?」
「勝負はついた」
短く答えて背中越しにアルヴァーの様子を見やる。完全に戦意を喪失しているわけではないだろうがまだ起き上がる様子もなさそうであった。
少しだけそのことに安心している自分もいる。
悔しいが、俺にはアルヴァーを斬ることはできない。
その覚悟ができないからだ。
いずれはまた戦う羽目になるだろうし、いずれは覚悟を決めねばならないのかもしれない。
先延ばしだとはわかっているがそういう選択肢しか選べない。
「移動するぞ」
「わかった。セフィ寝るなよ」
セフィは何とか自立し、ケインの言葉に頷くと街の中心地――広場の方へと足を向けた。ケインもそれに続き、俺も、その後へと続いた。
「待て」
アルヴァーの声が背後からかかった。足を止め彼へと振り返る。
「行かせると、思ってんのかよ?」
ゆらりと揺れながら立ち上がりアルヴァーはそう口にしていた。
このまま続けるというのならば、気力が尽きるまで相手をするか、もしくは、それよりも前に俺が力尽きるかどちらかかの二択しかない。
昨日まで、死んだように生きていたから、そろそろ本当に死んでしまっても何も変わらないのかもしれないな、と少しだけ自虐的に思って鼻で笑う。
死んだように生きていた。もしくはまだ死んでいなかっただけ。
アルヴァーによって死がもたらされる。――それは俺の望むところなのだろうか。
いや、今は、俺はケインに雇われている用心棒だ。
ケインとセフィを何とか無事にこの状況から逃がすまではそれを甘んじて受け入れるわけにはいかないとそう思った。
ケインもセフィも足を止めて俺を見ている。
やはり、まだ死ねない。
「……邪魔をするな」
「ふざけるなよ!」
アルヴァーの叫びは慟哭のようも聞こえた。
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