過去1 ④発掘現場

 道中はベラベラ喋り倒すケインの相手が面倒なだけで本当に順調だった。

夕方には目的の発掘現場に辿り着いていた。


「せんせ――い!」


 あちこちロープが張られていて、いたるところに掘り返した跡がある。

 街道から少し離れた場所とはいえ、まともに歩けそうにない程、大小、深さそれぞれ違った穴だらけ。

 確か、国からきちんと許可を得た上でやっているはずだが。


「せんせー! どーこですかー?」


 先ほどからケインがその無数の穴地帯に呼びかけているが、人影は見えない。


「せんせー!」


 誰もいないんじゃないか、と思ったがそれを言ってやる義理はない。


 そろそろ日も落ちて暗くなるな、と赤く染まった空を見て溜息を漏らす。

 空模様からいって明日も晴れそうだなんて考え、そんなことを考えている自分が奇妙だと思う。


 本来ならば今ぐらいの時間から起き出してひたすら酔いに身を任す時間だというのに。

 今はこんな風に明日の天気に思いを馳せたりしている。

 何だ、思ったよりもあっけなく、変哲もない、そんな風に思う。


 思考がどことなくぐにゃぐにゃしているのはまだ酔いが残っているからだ。

 今はそれぐらいで良い。

 これ以上醒めるのはまだ少し先でいい。

 その前にまた酒を飲むのかもしれない。飲まないのかもしれない。


「セフィ、ヒュー、悪い、その辺でちょっと休んでてくれよ。俺、先生を探してくる」


 言うやいなやケインは穴ぼこの中へロープを乗り越えて入っていってしまう。

 呼びかけていても無駄だとわかったのだろう。


 セフィはそんなケインを無言で見送ると、素直にその場に座りこむとただ空を仰いでいる。

 その様子を横目で確認して、先生とやらを探しているケインの姿を追う。


 穴の一つ一つを覗き込みながらケインはどんどん遠ざかっていく。

 一つの穴を見て、「あ!」と声を上げたのがわかった。

 手を差し伸べて穴の中から一つの影を引きずりだす。

 遠くてそれがどんな人物なのかは俺にはわからない。


 再びセフィの様子を窺うと、彼女は舟をこいでいた。

 疲れたのだろう。放っておくことにする。


 遠くの二つの影はお互いに何かを交換しあうと、片方の影だけが俺たちの方へと向かってくる。ケインだ。


「おっ待ち~! ってセフィ寝ちまったかー」


 軽い調子でぴょんとロープを再び乗り越えて帰ってくると、そう言って、「仕方ないな」とこぼしつつも手慣れた様子でケインはセフィをひょいと背負った。


「もうちょっと街道を北進すると街に着くんだってさ。だからそこまで護衛頼むな」

「それは構わない。……俺が背負うか?」


 セフィに目をやると、ケインは首を横に大きく振った。


「いやいや、いざって時に立ち回ってもらわなきゃだからさ、両手あけといてもらいたいんだよな」


 セフィ一人ぐらい重くないし、とケインは付け加えておどけるように笑った。


「だいたい、酒くせー大男が娘背負って歩いてたら『すわ誘拐かっ!?』とかってなりそーだし」


 笑えない冗談に閉口すると、ケインはそれはそうと、とまたどうでもいい話を始めたのでそれは聞き流すことに徹する。

 気になって様子を窺うと、セフィはケインの背中で規則正しい寝息をたてていた。



 ケインの言った通りで、街道に戻り少し歩けば街についた。

 小さな宿場町と言った感じで、宿が数軒しかない小さな町である。


 この国フィルツの産業の要である鉱石を運ぶ輸送路上に発展した宿場だ。

 客は絶えず訪れるのだろう。食堂や居酒屋の両方を備えた大きな宿もあって、そこそこ賑わっている。

 とはいえ、今朝まで滞在していた商業都市に比べれば足下にも及ばない程度だが。

 あまり長居はできないだろう。


 このまま街道を進めばフィルツ首都である。

 首都を避けて進むルートは獣道。とはいえ、商業都市には戻るつもりはない。

 これからどうすればいいのやら。


 思考に沈みかけて、すぐに我に返る。

 ゆっくり考えてもいい。どうせ急ぎでやることもないのだ。


「ヒューお疲れさん、ホント助かった。まーここでお別れでもいいけどさ、もう夜だし、一泊分の宿代ぐらい出させてくれよ。報酬とは別でさ」


 思索に耽っていたら、寝ているセフィを背負ったまま、ケインがそう提案してくる。


「嫌だってなら無理強いはしないけど、ぬくとい布団で寝るのもいいんじゃないかって思うんだよ。あ、飯代も出すよ。つーか、昨日ジュースおごってもらったお礼もまだだし、な?」


 迷う隙も与えないほどまくし立ててくるケインに、これが無理強いでなければ何なのだろうと思った。

 何を言っても昨夜のように押し切られてしまうのは何となく読めていて、俺は仕方なく首を縦に振った。

 まとわりつく疲労感に、少し休みたいと思っているのもまた本心であった。

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