第21話 誤った判断の重み

数日後、救命センターに新たな危機が訪れる。日中、救命センターに緊急連絡が入った。近隣の工場で爆発事故が発生し、負傷者が続々と運び込まれるという事態だった。工藤美咲は、即座にスタッフ全員に招集をかけ、準備に取り掛かった。


工場から運ばれてきた患者たちは、火傷を負った者や、爆発による外傷を抱えた重傷者ばかりだった。救命センターは一気にパニック状態に陥り、工藤はすぐに指揮を執る。


「全員、落ち着いて。負傷者を重症度別に振り分けてください。火傷患者は集中治療室へ!」


工藤は迅速に対応を指示し、負傷者たちの状態を一つずつ確認していった。すると、爆発によって大量のガラス片を体に浴びた若い男性が運び込まれてきた。彼の全身には無数の傷があり、出血が激しかった。


「すぐに輸血の準備を!彼の出血を止めなければ。」


工藤は指示を出し、看護師たちが急いで対応を始めた。しかし、次の瞬間、もう一人の患者が運ばれてきた。それは年配の男性で、彼もまた爆発によって重傷を負っていたが、彼の容態は外見上はそこまでひどくはないように見えた。


工藤は目の前の若い男性に集中していたが、看護師が年配の男性の脈拍が急激に低下していることを報告してきた。


「工藤先生、この年配の患者さんの血圧が急激に落ちています!心拍も不安定です!」


工藤は一瞬の判断を迫られた。若い男性はまだ出血が続いており、このままでは命が危うい。しかし、年配の男性もまた容態が急変し、すぐに対応しなければ手遅れになってしまうかもしれない。


「すぐに年配の患者さんを手術室に運び、処置を始めて!」


工藤は看護師たちに指示を出し、年配男性の対応を優先した。彼女は若い男性の容態が多少安定してきたように見えたこと、そして年配男性の容態が急変したことを踏まえて、冷静に判断したつもりだった。


だが、彼女が年配男性の容態を確認するために向かっている最中、若い男性のモニターが急に鳴り響いた。


「工藤先生!若い男性患者の心拍が停止しました!」


その一言が、工藤の体を凍りつかせた。すぐに戻りたい気持ちを必死で抑え、年配男性の容態を確認し、指示を飛ばしながら、工藤は冷静でいようと努めた。しかし、その間にも若い男性の命の灯火が急速に消えつつあった。


工藤は急いで若い男性の元へ駆け戻り、心臓マッサージを始めた。しかし、すでに時間は過ぎてしまっていた。必死の処置にもかかわらず、彼の命を救うことはできなかった。


工藤は、無力感に襲われながら、手袋を外し、冷えた手で顔を覆った。彼女は冷静に判断したはずだった。しかし、その選択が結果的に命を失うことに繋がってしまった。


「工藤先生、年配の患者は安定しています。命は助かりました。」


看護師の報告が聞こえたが、工藤の耳には虚しく響いた。命を救えた患者がいるのに、もう一つの命を救えなかった事実が重くのしかかる。彼女はその場に立ち尽くし、何がいけなかったのかを自問し続けた。


そこに、杉本が現れた。彼は工藤の表情を見て、すぐに彼女が何を感じているのかを理解した。


「工藤先生…俺たちも必死にやった。でも…」


杉本の言葉は続かなかった。彼もまた、救えなかった命の重みを感じていた。工藤は何も言えず、ただ目の前の現実を受け入れるしかなかった。彼女がリーダーとして下した決断が、一つの命を奪ってしまった。その事実が、彼女の心に深く刻まれる。


「私は…間違っていたのかもしれない。」


工藤は小さな声で呟いた。冷静さを保ち、最善の判断をしたつもりだったが、その結果として命が失われた。この瞬間、彼女の自信は大きく揺らぎ、リーダーとしての重責の重みを改めて痛感する。


「工藤先生、俺たちはベストを尽くしました。でも、どんなに頑張っても、全ての命を救うことはできない。それがこの仕事です。」


杉本の言葉に、工藤は力なく頷いた。彼の言うことは分かっている。しかし、その言葉では彼女の心に生まれた痛みは癒せなかった。


工藤は、自分のリーダーシップに対する疑念を抱きながら、再び現場に戻る決意を固めた。これからも命と向き合い続けることが彼女の使命だ。しかし、今日の出来事が彼女にとって忘れられない教訓となるだろう。

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