第19話 重責の中での決断
処置室は相変わらず緊張に満ちていた。工藤美咲は、重傷を負った男性患者に対しての処置を進めながらも、もう一人の重症患者を気にしていた。先ほど杉本が指摘した別の患者――若い女性の容態が急速に悪化していた。
「工藤先生、心拍がどんどん下がっています!すぐに処置を開始しないと…!」
看護師が焦った声で報告する。その瞬間、工藤の心の中で二つの選択肢が浮かんだ。目の前の男性患者は安定しつつあるが、油断はできない。一方、別の処置チームに任せている女性患者は今にも命を落としかねない状況だった。
工藤は深く息を吸い、冷静になろうとしたが、頭の中では次々と感情が押し寄せてくる。どちらの患者も救いたい。しかし、リーダーとして全てを一人で抱え込むわけにはいかない。
「杉本先生、女性患者の処置をお願いできますか?彼女は今、あなたの手が必要です。」
工藤は杉本に強い眼差しを向けて指示を出した。彼の能力を信じ、任せる決断をしたのだ。杉本は一瞬戸惑ったが、すぐに気を取り直して「分かりました!」と答え、すぐに若い女性のベッドへと駆け寄った。
工藤は杉本の姿を見送ると、目の前の男性患者に再び集中する。心拍は安定しつつあるが、血圧はまだ危険な状態だ。彼女は看護師に輸血のペースを調整するよう指示し、モニターの変化を見逃さないように目を凝らした。
「心拍数、安定してきました。血圧も上昇傾向です。」
看護師の報告に、工藤はほっと息をついた。だが、次の瞬間、別の看護師が杉本の方から駆け寄ってきた。
「工藤先生、こちらの患者の容態がさらに悪化しています!」
工藤は迷わず女性患者の元へ駆け寄る。杉本が懸命に心臓マッサージを続けているが、彼女の脈拍はもはや感じられない。モニターには心電図の波形が乱れている。時間がない。
「アドレナリンを準備して!気道の確認もして!」
工藤はすぐに指示を出し、杉本と共に最善を尽くす。彼女の手は震えていない。しかし、心の中ではこの命を救えるかどうかという不安が押し寄せていた。
アドレナリンを注射し、再び心臓マッサージを続ける。だが、数分経ってもモニターに変化は見られない。周囲のスタッフが緊張に満ちた表情を浮かべる中、工藤の心は次第に冷静さを取り戻していく。
「もう一度、アドレナリンを投与します。」
工藤の声は穏やかだったが、その言葉に込められた決意は固かった。彼女は絶対にこの患者を救うという強い意志を持っていた。
そして、もう一度注射を行い、しばらくして――
「心拍が戻りました!」
看護師の声が響き渡り、工藤はほっと息をついた。彼女は汗だくになりながら、静かに女性患者の顔を見つめた。患者の命を繋ぎ止めることができた。しかし、その過程で彼女は自分が何度も感情と冷静さの狭間で揺れ動いていたことを実感する。
「よくやった、杉本。」
工藤は隣で汗を拭いながら息を整えている杉本に微笑んで言った。彼もまた、この緊張感の中で一歩成長したように見えた。
「ありがとうございます、工藤先生。でも…先生の冷静さがなければ、この患者を救えなかったかもしれません。」
杉本の言葉に、工藤は一瞬言葉を失った。彼女自身が冷静さを欠いていると感じていたが、周囲はそうは見ていないのかもしれない。
「感情を持つことは大切。でも、冷静さを持つことも忘れないようにしましょう。」
工藤の言葉には、自分自身への戒めも込められていた。これからリーダーとしての道を進む中で、彼女はまだまだ学び続ける必要があることを強く感じていた。
救命センターは徐々に落ち着きを取り戻し、工藤はようやく一息ついた。だが、彼女の戦いはこれからも続く。感情と冷静さ、その二つの間で揺れる自分を受け入れながら、次の患者に向き合う覚悟を新たにする。
篠原がいない今、彼女は自分の力でこのセンターを守っていかなければならない。その重責が彼女の肩に重くのしかかるが、工藤はその重みをしっかりと感じながら前を向いて歩み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます