第5話 僕達の新しい関係
僕が和菓子屋さんに入ると、カウンターの向こうから店員さんが明るい声で挨拶してくる。
「いらっしゃいませー」
僕は店員さんの笑顔に見蕩れてしまう。
「あの。お客様?」
僕があまりにも見つめ続けているから、君は怪訝に思って眉をひそめてしまった。
けど、君はすぐにはっとした。
僕が誰か、気づいたようだ。
「あっ! あーっ! 君か! 高校ぶり! 元気にしてたー?」
うん。毎日元気だよ。
「座って、座って。うち、買った和菓子をそのまま食べていける感じだから。お茶サービスするし。あ。座る前にほら、どれにする? 選んで」
じゃあ、大福。
「さすが君ぃ。お目が高い。うちのオススメを一目で見抜いたね。んじゃ、そっちの席で座ってて。すぐお茶と一緒に持ってくから」
うん。
僕はお店の窓際にあるテーブル席に向かう。
君はカウンターの向こうからお茶菓子を用意しながら、声をかけてくる。
「立派過ぎて分かんなかったー。老けたねー。って、自分にもカウンター入るから、歳の話はなし。私、永遠の十七歳だし。それに、老けたという言葉はよくないね。……えっと、渋くなった。やー。ほんと、驚いた。私、諸事情あって同窓会とか行ってないし」
そうなんだ。僕も同窓会には行っていないよ。
「えー? 君も?」
うん。研究が忙しくね。寝る間も惜しんでるよ。
「はー。寝る間も惜しんで研究……。研究者さんなんだ。スッご。君、絵が上手かったから、てっきり画家とかイラストレーターになるんだと思ってた。あはは。うるさくてごめんねー。ずっと高校生のノリなんだー。それが若さの秘訣。永遠の十七歳」
君はおぼんにお茶菓子を載せてやってきた。お茶のいい匂いが漂ってくる。
「はい。お待ちどおさま」
あれ。二人分?
数も多いよ。
「あはは。大丈夫、大丈夫。大福以外のお金をもらったりしないって。こっちは私の分。実家だし、休憩とりほうだい食べ放題なんだー」
ありがとう。
それで、こっちのは?
「こっちのはサービス。私オリジナルの創作和菓子。これは海っぽくて綺麗でしょ。こっちのは甘酒味のおまんじゅう。こっち、キャンプファイヤーをイメージしたんだけど、独創的でしょー。羊羹なんだー。全部、私のオリジナルだよ。お店に並べられるクオリティじゃないんだけど、良かったら味見してよ」
凄いね。こんなにもたくさんのオリジナル和菓子があるんだ。
「えへへー。褒めて。もっと褒めてくれていいよ。……なんかさ、アイデアがある日、ぽんって出てくるの。私、才能あったのかも。ただ、食べ終わると、何故かちょっと悲しいんだけど。あ、おまんじゅう無くなっちゃって悲しいなんて、食い意地張りすぎ? 変? あははっ」
変じゃないよ。
僕との思い出が君の中にちゃんと残っているんだ……。そう思うと、急に目元が熱くなってきた。
「え。あれ。どうしたの? そんなに美味しくなかった?! 泣いちゃうほど?!」
逆。美味しかったんだよ。
「本当に? そんなに美味しかったの?!」
うん。凄く美味しい。世界で一番美味しい。
「はー。味の好み、一緒なんだー。あっ……。座ってから言うの、ごめんなんだけど……。君、ほんと、背、伸びたよね。あっ。脚は伸びていないって意味じゃなく。中学の頃、私達いっしょくらいだったでしょ」
あはっ。あははっ……。
「わーっ! ごめん! 泣かないで! 失礼すぎたね。ごめんね! あ、違う。ごめんなさい」
気にしないで。
いつまでも変わらないね、君は。
「もー。だって、君といるとなんか話しやすいっていうか……。見た目は大人になってても、なんか、君は君のままっていうか……。中学の時と変わらないね」
うん。君も。
「ね。気づいてた? 私、中学の頃、君のこと好きだったんだよ。やー。30になってもお互い独身だったら結婚しようね、みたいなこと約束しておけば良かったね。指輪しているってことは、君は結婚したんでしょ? ね、今、幸せ?」
うん。最高に幸せだよ。
最愛のお嫁さんと娘が一緒だから。
「かーっ。のろけ来たー。幸せオーラが眩しいー。奥さんと娘さんにお土産いるでしょ? いっぱい買ってってよ?」
あー。いや、お土産は要らないかな。
それよりも、これを見て。
「ん? いきなりなに? 科学誌? 医学誌? はー。君、そんな難しそうな雑誌を読むんだ。え? 私に読めって、ムリムリ。無理寄りの無理の無理つむり。私にこんなの理解できないって」
いいから、ほら、見てみてよ。
「あれ。この写真、君? マ?! え~? そういうこと~? なんか雑誌に載るくらい凄いコトしたから、今日は褒められに来たの~?」
うん。実はそうなんだ。
見出しだけでもいいから読んでみてよ。
「見だしだけ? まあ、それくらいなら読んでもいいけど。えっと……。睡眠時に記憶が喪失する難病の……特効薬……開発成功……。え? なにこれ……?」
そのままの意味だよ。記憶が消えなくなるお薬ができたの。
「……私の記憶が消えてること、知ってたの?」
うん。ごめんね。長く待たせて。ようやくできたんだ。
「そ、そうなんだ……。へー……。も、もしかして、私のため……。あははっ。さすがにそんなことないかー」
君のためだよ。
「えっ……。本当に? 嘘じゃなくて、本当に私のため?」
うん。
「これを研究するために、研究職に就いたの?」
うん。
「なんで! あんなに絵が好きだったのに……」
違うよ。絵を描くことが好きだったんじゃなくて、モデルのことが好きだったんだよ。
「待って。……ねえ、私馬鹿だから勘違いかもだけど、今、『絵を描くのが楽しかったんじゃなくて、私のことが好き』って言った?」
うん。言ったよ。
「へっ、へーっ……。そうなんだ……。ぜっ、全然、知らなかったー」
知らなかった、は無理があるよ。
まあ、とにかく、毎朝この薬を飲んでください。
「ひゃっ! ひゃひゃっ、はいっ……。び、ビックリしたー。そんな、指輪が入ってそうなケースを出しながら『毎朝この薬を飲んでください』って、一瞬、プロポーズと勘違いしちゃった。毎日、君の味噌汁が飲みたい、的な」
微妙に勘違いじゃないよ。
「微妙に勘違いじゃない?! ど、どういう意味? かっ、からかってるのかなー?」
えっと、そういうわけじゃなくて……。
「でも、君、奥さんも娘もいるって……」
いるよ。
ほら。
『ママ~。ただいま~』
お店の自動ドアが開いたかと思うと、ランドセルを背負った女の子が、とことこと駆けてきた。 声も顔立ちも、昔の君とそっくりだ。
「え?」
あっ。ちょっと待って!
僕は君の口を手でふさぐ。
「むぐーっ……」
今言おうとしたこと、言ったら駄目だよ。
「わはっは……! 言わなひはは……」
喋りにくそうにしている君の耳元に僕は『説明するから』と小声で言う。
「……もー。いきなり手で口をふさぐとか、よくないよ。君じゃなかったら絶叫してたからね? で、なに? 君のスマホを見ればいいの?」
僕は音量を小さくして、動画を再生する。
動画は、昨日の君から、今日の君へのメッセージだ。
『明日の私へ。この子は、今、目の前にいる彼との間に生まれた私の娘だよ。だから間違っても「誰?」とか「どこの子?」とか、言ったら駄目だかんね』
「……は?」
きょとーんとした君が「マ?」と僕を見てくるから、ゆっくり頷き肯定する。
「いっ、いつの間にいっ?! って、なにこの動画」
『驚いたと思うけど安心して。別に、記憶がなくなることにつけこんで無理矢理とかじゃないから。記憶のない私をずっと大事にしてくれているんだから、貴方も、彼を大事にすること』
「へ、へー、そうなんだ……」
『明日の私のために、このメッセージを今度は貴方が録音するんだからね? あれ……。それは今日の私で最後かな? 記憶が残る薬、完成したみたい。だから、これが「明日の私」への最後のメッセージ。じゃあね。幸せになれよ、私』
「……えっと。……あ、はい」
「今日はパパお仕事、早いね」
そうだよ。お薬の量産が成功したから、全力ダッシュしてきたんだよ。
娘ちゃんはママの方に移動して、背伸びして手元を覗く。
『ママ、また、同じ動画、見てるー。私、ぴこたんの方がいー』
「あ。うん……。よしよし?」
いつものように受け入れるのが早い君は、娘の頭を撫でる。
愛娘であることは、きっと本能的に理解できるのだろう。
「ほら、パパに抱っこしてもらいなー」
『うん!』
僕は娘を抱っこする。
ところで、僕も君からのご褒美がほしいなー。研究頑張ったんだけどなー。
「それじゃ……。君も。よしよし……。あっ。もしかして、こういうの恥ずかしい年齢?」
いや、逆に嬉しい年齢になった。
「逆に嬉しい年齢?! 君、言うようになったねえ……。もしかして私が甘やかさなかったから、むっつりになっちゃった?」
……うん!
「そ、そこは否定してくれないと……。しょ、しょうがないなあ……。これからは毎日いっぱい甘やかすから……。うっわ。自分で言っておいて、めちゃくちゃ恥ずかしい……。ねえ、私の発言、これで正解なんだよね?」
『あーっ。またママがパパといちゃいちゃしてる! パパはわたしと結婚するの! んちゅっ!』
娘が右頬に唇をチュッと当ててきた。
『えへへ。パパも私のこと好きだよね』
うん。好きー。
僕が娘に笑顔を向けると、君は、あわあわと慌てだした。
「ち、違うよ。パ、パパが一番好きなのは、わ、私だよね……。ちゅっ!」
あははっ。ありがとう。
「ファ、ファーストキス……なんだからね。あ、いや、もっと深い関係になっているっぽいけど……。き、きっと、私、毎日勇気を振り絞って、ファーストキスしてたんだからね?」
大好きだよ。
「……うん。私も大好き。……えっと、夫婦なんだし……。いいよね?」
もちろん。
「ちゅっ、ちゅっ」
『ママばっかりずるいー。私も、もっとちゅーするーっ。ちゅっ、ちゅっ』
「ちゅっ、ちゅっ……。ね、幸せ?」
もちろん。
「ん。私も幸せ……。ね、もしかして私、今まで毎日、こんなに幸せだったの?」
そうだよ。
「君も幸せなんだよね?」
当たり前だよ! すっごく幸せ!
「そうなんだ……。きっと、明日はもっと幸せ……。ありがとう……。大好き」
僕も、大好きだよ。
明日の私に送る最後のメッセージ うーぱー(ASMR台本作家) @SuperUper
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