第4話 大晦日。僕は君と一緒にフライング初詣をする

「さっむ……。今日は本当に冷えるね……。ふふっ。ちゃんと私がプレゼントしたマフラー使ってるな。ほら、ちょっとズレてる。じっとして」


 君がマフラーを巻き直してくれるから、僕は首元だけでなく心も温かくなってくる。


「こう。これでよし。おしゃれ感アップしたよ」


 ありがとう。


「今日はフライング初詣になっちゃって、ごめんね。どうしても今年の内に詣でおきたくて。あはっ。詣でおくって、今くらいの時期しか使わない言葉、言っちゃった」


 たしかに。詣でるなんて言わないね。


「もう、出るっ……! って言うと我慢した、おしっ……。あははっ。なし。年の最後に下ネタ言いそうになっちゃった」


 聞かなかったことにしておくよ。


「あーっ……。えっと……。寒いし、手、冷たいでしょ? あそこの焚き火まで、手、繋ごっか……」


 うん。

 僕達は手を繋ぎ、玉砂利を踏む音を楽しみながら歩く。


「人ぜんぜんいないし、なんか、いいね。砂利道を踏むときのじゃりじゃり音が気持ちいいかも。……あっ。焚き火してるの近所のおじさんだ。恥ずかしいから、握手、終了ね? こんばんはー。少しだけ温まりに来ましたー」


 焚き火に到着した僕達は手をかざす。


「あははっ。カップルに見えますー?」


 からかわれたのに君は嬉しそうに笑っている。

 そんな横顔が急にクルンッと僕の方を向いて、急接近。

 小声で囁いてくる。


「私達、カップルに見えるって」


 そ、それは、いいことだと思う。


「あははっ。そうだね。ほああ……。焚き火、あったけ~。ぬくもる~。君の手も温かくて良かったけど、焚き火には勝てんね。あはっ。……もーいくつ寝ると、お正月~♪ ……って、あと30分だから寝ないか。ね。甘酒、配ってるし、もらってこよ」


 うん。

 僕達は小走りで、甘酒の配布場所に向かう。


「甘酒2つくださーい。ありがとうございます。ほい。君の分。ね、このまま、お参りする感じでいい?」


 うん。


「ん。じゃ、行こ」


 こぼさないでよ?


「大丈夫。こぼさないよー。ふーふー。あったか~。喉から胃に向かって温かいのが流れていくの実感する~」


 うん。寒い夜に甘酒の熱って最適だね。熱すぎず、温くもなく、飲みやすい。


「神聖な場所で未成年が歩きながらお酒を呑んでも許されるって、すんごいね、正月パワー。まだ正月じゃないのに、あふれてる。あ。もしかして大晦日パワーが残ってる感じ?」


 そうかもね。年越しパワーだね。


「あっ……。手に水をかけるやつ……。やる?」


 うん。


「マ?! 君がやるなら私もやるけど、手、冷たくて千切れない?」


 大丈夫だと思う……。人が少ないし、ちゃんとお参りしよ。


「じゃ、やる……。あ。手順が書いてある。最初に柄杓を右手で持って左手を洗うんだって」


 分かった。じゃあ、お先にどうぞ。


「い、いいよ。君、先にやりなー。私、見守ってるから。うわっ。氷、張ってない?」


 大丈夫。つついたら割れた。

 それじゃ、右手の柄杓で左手を……。

 冷たっ!


「あっ……! うひゃー……。マジか。冷たそ……。えっと、次は、柄杓を左手で持って右手。

で、また柄杓を右手に持ち替えて……。左手に水をそそいで、口を洗うんだって……。冷たそ……」


 冷たいけど、だ、大丈夫。

 神様に大事なお願いをするんだから、ちゃんと作法を守るよ。


「次は、左手を洗って、柄杓の『ひ』を洗う」


 え?

 何だって?


「『ひ』だよ。柄杓のひを洗うの。持つところ」


 僕は君の隣に戻り、説明書きを見る。

 ……『え』じゃん。


「……え? あ。えって読むんだ、これ。じゃあ、最初の位置に戻して終了」


 分かった。これでよし。


「ね、大丈夫? 手、千切れてない?」


 うん。


「うわ。唇、真っ青。手、見せて。わ。真っ赤……。青と赤で歩行者用信号だ」


 ほら。君の番。


「う、うん。じゃあ、私の番。んっ……。あっ……。んん~~~~っ。手が、冷たい通り越して痛い……。千切れる……。次は右手ぇ……! くああああっ!」


 ほら。次は口をすすぐ。


「左手で口をすすいで……。柄を洗って……。元の位置に戻して……。終了。き、清められたぁ。あははっ。なんか笑えてきた。手の感覚、消えた……。ちょっと触ってみて。ほら」


 うん。

 僕は君の手をとる。しかし、まったく感触がない。


「あはっ。あはははっ。本当に感覚ない。全然、触られてる感覚、ない。あははははっ。ね。このまま、手、繋いで行こ。ほら。ガラガラまでに手を動かせるようにしないと、お祈りできない」


 そうだね。

 僕達は握りあった手を緩めたりきつくしたり、動かしながら参道を進む。


「玉砂利の参道を歩いていると、なんだか、おごそか? 神聖な気分になってくるよね」


 うん。

 僕達は賽銭箱の前に到着した。


「それじゃ……。ご縁はもう十分あったから、今年のお賽銭は、いつまでもニコニコ笑顔、で、二十五円」


 僕達はお賽銭をそっと投げ入れる。


「いっしょにガラガラしよ。あ。鈴緒すずおって言うらしいよ、これ。あははっ。私、物知りでしょ」


 そこに書いてある気が……。


「あ、うん。柱の貼り紙を見ました。鈴緒って言うの、今、知りました……。さ、鈴緒を揺らして、本坪鈴を鳴らそー」


 僕達は一緒に鈴緒を握り、本坪鈴ほんつぼすずをガランガランと鳴らす。


「おじぎ。おじぎ。拍手。拍手」


 二礼の次に、パンパンと、二回拍手。


「私の大好きな人が、私のことを忘れて幸せになりますように……。おじぎ……」


 ……。

 驚きはしない。君ならそう願うと思っていたから……。


「……ん。行こっか」


 祈りを終えた僕達はお賽銭箱の前から離れる。

 じゃりじゃりと、玉砂利の音がやけに大きく聞こえる。


「……えっと。聞こえてたよね? ギリギリ聞こえるように言ったし……」


 うん。聞こえてた。


「君にも、私の願いを知っておいてほしかったし……。あっちで少しお話しよっか」


 僕達は暗がりに迷い込まないように注意しながら、人気のないところへ移動する。


「……えっとさ。……気づいてるよね? 私が毎日、記憶がなくなって、いっつも一年生の頃に戻ってるの」


 うん。


「あー。やっぱ、気づいていたか……。気づいていなかったら『冗談でしょ』って笑い飛ばすよね? 私の演技、下手だったかなー?」


 そんなことないよ。ちゃんと、物忘れの多いうっかり屋さんだったよ。


「毎朝読み返すために日記を書いているんだけど、それに書いてあったんだー。三年の春の時点で既に『バレてるかも』って。夏の時点で『確実にバレてるけど、気づいてないフリしてくれてる』って」


 ……うん。


「同じ話を何回も繰り返したり、思い出話が中学まで戻ったりしてると、バレるよね……」


 ……うん。


「それでさ……。えっと……。私のスマホに、君からの告白が撮ってあって……。だから、私、毎日見返しているから、毎日ドキドキしてるんだよ」


 ……うん。知ってる。


「でも、来年で卒業。私はこんなんじゃ進学も就職も無理だし、お家の和菓子屋さんをお手伝い。……ここに来る前に、君の告白動画は削除したんだ。……日記はお母さんに頼んで隠してもらった。だから、君は私のことは忘れて大学に行って」


 ……やだ。


「やだって言われても、しょうがないよ。私、忘れちゃうし。別に12時ぴったりに消えるわけじゃないよ。ぜんぜんシンデレラみたいなロマンチックじゃない。寝て起きたら忘れるの。動画も日記ももうない。だから、今夜で最後。……君のこと、好きだったよ。……でも、この好きって気持ち、ずっと一緒の大きさのままなんだ……。だから……。ごめんね……」


 君は僕に背を向け駆けだしていく。

 僕は追いかけることができない。

 覚悟していたのに、目の前が涙で濡れてきた……。

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