第3話 秋の林間学校。僕は君と一緒にバンガローで過ごす
「せっかくのキャンプファイアなのに……。ごめんね……」
ぜんぜん。気にしないで。僕、保健委員だし。
「……君、優しいから保健委員じゃなかったとしても、バンガローまで送ってくれたでしょ?」
……うん。
君の声が落ちこんでいるから、僕は努めて明るく『大丈夫?』と尋ねる。
「うん。大丈夫。ちょっと立ちくらみがしただけで、今はぜんぜん平気。座っていればすぐに完全回復すると思う」
僕達は並んで床に座る。
木製の床がギシッと鳴る。
「木が剥きだしの床だからちょっとお尻、痛いね。なんかチクチクするし」
うん。
「えっと……。座ってから言うの、ごめんなんだけど……。君、背、伸びた? あっ。脚は伸びていないって意味じゃなく。ほら、歩いているときは体が動いているから気づかなかっただけで」
……うん。きっと、気のせいだよ。
バンガローに入るときに靴を脱いだからじゃないかな。
「あ。そっか。靴を脱いだからか。私の踵が高かったんだ。なる、なる。でも、運動靴だよ? ……やっぱ君の脚がみじ……。なんでもない」
それよりも、ほら、これ見て。
「ん? なんの動画? 暖炉の火……? え、なにこの動画。こんなのあるんだ。暖炉で火が燃えてるだけ? あっ、なる。二人だけの小さなキャンプファイアってこと」
そ。
本物は無理でも、スマホで動画を見るだけなら平気でしょ。
「ん。ありがと。ちょっとキャンプファイア気分が出てきた」
パチパチ……。
スマートフォンから暖炉の中で薪が爆ぜる音が聞こえてくる。
「ねえ、退屈じゃない?」
ううん。
「えっ、ええっ?! 君って、『二人で一緒にいるなら退屈じゃない』とか、そういうこと言うタイプだった?! びっくりしたー。私が覚えてないだけで、距離が大接近するイベントがあったのかな……」
……些細な日常の積み重ねだよ。
「な、なるほど。些細な日常の積み重ね……。口にしてみたい日本語だね。あー。ビックリした。告白イベントスルーしてたら申し訳なさ過ぎて
……たとえ君が大事なことを忘れてしまったとしても、僕には気にしないから、腹切りはしてほしくないな。
「まあ、告白するときは言ってよ? 動画にして毎日見直すし」
うん。
「……待って。私、今、めっちゃ恥ずいこと言った? うーわ。自意識過剰の痛いやつじゃん、マジで……。なし。なしだから忘れて」
僕は忘れないよ。
「忘れてって!」
忘れない。
たとえ僕が今日のことを忘れても、明日の僕もきっと同じことを思うから。
「あうっ……。そ、それってつまり……。告白の動画を残したい私が君に抱いている感情と、君が私に対して抱いている感情が、同じというか表裏一体というか……。君、私に何度も告白動画を見られてもいいの?」
うん。毎日、朝起きたら見てほしいな……。
「待って! この話題終了! ガンバローで二人っきりのときにそういう話題はまずい。林間学校中にガンバローで頑張ろうー! ってなったら、大変だよ。すぐに同じ部屋の子、戻ってくるし。うーっ。私、なに言ってんだろ。ねっ、なんか、他の話題ないの?!」
ガンバローじゃなくてバンガローだよ。
「そう! ガンバローじゃなくてバンガロー! そういうの。あははっ。言い間違えるよね。エベレーターとかカルボラーナとか!」
いや、カルボラーナは間違えないよ。
「えー。言うよ~。カルボラーナのこと、カルボナーラって言っちゃうよ~」
え?
……逆、じゃない? カルボナーラだよね……。やばい。分からなくなってきた。
「これ、女子あるあるだと思うんだけど、メイクでコンシーラーとかピューラーとか使ってると、コンピューターのことコンピューラーって言っちゃうんだー」
そうなんだ。
「……」
不意に沈黙が訪れた。
ちょっと気まずい。
焚き火の音がパチパチと聞こえてくる。
リン、リン……と虫の鳴き声も聞こえ始める。
「……な、なんか言ってよ」
な、なんか……。
「ねえ。……少し元気になってきたから、ちょっとだけ踊らない?」
え?
駄目だよ。具合が悪いときに無理するのは良くない。
「じゃあ、座ったまま少しだけ……。キャンプファイヤー気分を増やしたいというか……。想い出、残したい……。ね。1ターンだけマイムマイムしよ。手を繋いで、腕を振るだけでいいから」
そういうことなら……。
「私のスマホで動画を撮るから、君のでマイムマイム流して」
うん。
僕は動画サイトでマイムマイムの楽曲を探す。すぐに見つかった。
「いい? じゃ、スタート」
タンタンタラ、タンタンタラと、ダンス練習で何度も聞いた曲が流れ始める。
僕は、君の手をそっと握る。
君もそっと握り返してくる。
「マイ、マイ、マイ、マイ、マイムベッサンソン」
僕も一緒に歌った。
そして、約束どおり1番だけで終える。
「はー。楽しかった。これでキャンプファイヤーイベントは完了ファイヤーッ!」
完了ファイヤーッ!
今年の実行委員会の人が決めた締めの挨拶を僕も叫んだ。
「外も、終わりそうな感じだね。……今日は林間学校だったから、スケッチできなかったね。まあ、林間学校はメイク道具の持ちこみ禁止だから、ほぼすっぴんだし、スケッチされなくて良かったかも。でも、ピンクの日焼け止めと、美白パウダーと色つきリップ持ってきてるから、ナチュラルに盛ってるんだよ。だから、描かれても大丈夫なようにはしてた。私のポニテ、珍しいでしょ。林間学校限定なんだよ。描けなくて残念?」
うん。正直に言うと、普段と違う君を描いてみたかったよ。
「だから……。君がたまに、そうやって素直に返してくるから、私、照れる……。……私、毎日、君のイラストを見るの大好きなんだ。絶対、プロになってね」
……僕はイラストレーターにはならないよ。
「え? 嘘……。なんで。こんなに上手なのに? 芸大とか美大に行くんじゃないの? え? イラストレーターにならないの? マ?」
うん。
「こんなこと言うの、どちゃくちゃ恥ずいけど……。えっと、君の絵ってモデルに対する愛情っていうか……優しい気持ちみたいなのが伝わってくるし……。趣味で終わらせるなんて勿体ないよ!」
ありがとう。
でも、僕にはなりたい職業というか、将来の夢があるんだ。
「そっか。他になりたいものがあるなら、それでいいと思う」
うん。それに、絵を描くことが好きというより、誰にも邪魔されずに絵を描く時間が好きだから。
「そ、そう来るかぁ……。ねえ、君……。誰にも邪魔されずに絵を描く時間が好きって……。それ、もう告白でしょ……」
……そうだよ。好きだよ。
「え?!」
あっ……。
「今、好きって言った?」
うん。
「え?! え?! 待って。動画に撮るから、ちょっと、もう一回!」
……無理。顔が熱すぎる……。
「ねえ! お願い! もう一回、言って!」
無理、無理。
「言ってくれないと、なかったことになっちゃうよ?! いいの?! ほら、言って!」
ダンダン!
君、もう元気になったね。そんだけじたばたできるならもう心配要らないね!
「ほら!」
わ、分かったよ。
……好き。
「えっ、違う。そんな適当な『好き』じゃなかった。もっと、こう、ついうっかり口にしちゃってから、照れて顔を赤くしてた。ほら、もう一回!」
無理、無理、無理。恥ずかしくて無理!
「あ、ど、どうしよう。外のキャンプファイヤーが終わった。みんながバンガローに戻ってくる!」
じゃ、それじゃ!
僕は女子のバンガローから慌てて出ていく。
「あーっ! 逃げた!」
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