20――体調不良の理由と驚きのニュース


※今回のお話は生理について多く書かれています。苦手な方・読みたくない方は◆◇◆◇◆◇◆をページ内検索してそこまで飛んでください。



「なんだろう、なんか元気出ない……」


 美容院に行った次の日、朝起きて最初の僕の言葉がこれだった。妙に気怠くて体が重く感じる。なんだか胸も微妙に痛い感じもするし、なんだろうコレ。


「ええと、体温計ってどこにあったっけ?」


 よっこいしょ、と体を起こして部屋を出る。確かリビングの引き出しの中にあったような、そんなうろ覚えの記憶を頼りに重い体を引きずるように廊下を進んだ。どうやらその記憶は正しかったようで、白い体温計が引き出しの中に入っていた。他にも絆創膏や傷薬、包帯なんかも入っていたので母が薬箱代わりに使っているんだと思う。


 熱を測ってみたら、37℃ちょっとだから微熱があるということか。確か女子になってすぐの頃に病院で測ってもらった時は、36℃ぐらいだった記憶があるから平熱はそれくらいなのかな?


 風邪にしては症状が変だなぁと思いつつ、咳も喉の痛みもないんだから風邪薬を飲む必要はないだろう。今日は無理せず大人しくしておこう、昼食もいざという時のために買ってあるカップ麺とかで済ませばいいしね。


 回っていない頭でそれだけ考えて、自分の部屋まで引き返した。さっきまで寝ていたベッドに再び寝転がって、まだまだ残っている眠気に身を任せて二度寝することにした。あっという間に睡魔に負けて眠ってしまったみたいで、次に目が覚めたのは仕事から帰ってきた母が起こしてくれた時だった。


「どうしたの? 朝ごはんも手つかずのままだけど、体調悪い?」


 ゆっくりと揺らされて目を覚ました僕の視界に最初に入ってきたのは、心配そうな母の顔だった。夢も見ずにさっき寝直したばかりな感覚だったので、どうして母が午前中なのに家にいるのかという疑問が頭に浮かぶ。


 それをぼんやりしながら聞いてみると、母は呆れたように『もう夜なのに何を言っているの?』と返してきた。


「……嘘だよ、さっきまで朝だったのに」


「優希にこんな嘘をついてどうするのよ。それよりも、熱は測った?」


「寝る前に測ったら、37℃ちょっとぐらいだったよ」


 それを聞いた母は他に症状はないのかと聞いてきたので、体が重たくて気怠いのと胸がちょっと痛い気がすることを話しておいた。『とりあえず何かお腹に入れなさい』と母に促されて、リビングへと移動する。母が夕食を準備してくれている間にソファーに座って体温を測ったけど、熱は変わらず37℃ちょっとのままだった。とりあえず熱が上がってないことにホッとしつつ、この感じだと普段より熱が高めな原因は病気じゃなくて他にあるんじゃないかなと思った。だってもしも風邪とかの病気だったとしたら薬も飲んでいないんだし、普通は熱が上がるよね。


 僕のおデコに少しヒンヤリとした母の手のひらが当てられ、確認するように頷いていた母は『もしかしたら』と呟いた。何か心当たりがあるのだろうかと寝転んだまま母を見上げると、少し言いにくそうに口ごもったあとで話し始めた。


「もしかしたらPMSかもしれないわね、十代の子で熱が出たりっていうのはあんまり聞かないけど」


「……なにそれ?」


「月経前症候群、月のものが始まる何日か前から色んな症状が起こったりするのよ」


 うわ、嫌な単語を聞いた。いつかは初潮を迎える日が来るという話は、お医者さんから聞いていた。でもそのいつかはまだまだ遠いんじゃないかと、僕は勝手に思っていたんだけど。まさかこんなに急にやってくるとは……いや、まだ始まってないんだった。


「気分が落ち込んだり考えがまとまらないみたいな精神的なものから、倦怠感みたいに体に出る症状もあるのよ。さっき優希も言ってたじゃない、胸がちょっと痛いかもって。それって多分、胸が張ってるんだと思うわ」


 なるほど、このやる気の出ない気だるさはそのPMSってやつのせいだったのか。母曰く月のものが始まったら症状は治まるらしいので、そこまで我慢しなきゃだね。


「ちなみに月のものが始まったらお腹の痛みだけじゃなくて今と同じような症状や、それ以外のものも出たりするから気持ちの準備はしておいた方がいいわね」


「……それが毎月あるんでしょ? 女の人って大変なんだね」


「そうよ、男の人が考えてるよりもっと大変なんだから。まぁお母さんは何十年も女性をやってる先輩なんだから、辛いことや困ったことがあったら相談しなさいね」


「うん、ありがとう」


 僕がお礼を言うと母は微笑みながら頷いて、調理途中のキッチンへと戻っていった。うーん、確か初潮ってある日急に血が出るんだよね。パンツとか血でダメになりそうだし、外出してる時だったらものすごく慌ててしまいそうだ。


 パンツとの間に挟むナプキンっていうのを付ける練習とか、やっておいた方がいいのかもしれない。というか最近ちょっと粘っとした汚れみたいなのがパンツに付いていることが多いので、もう普段から付けておこうかな。ご飯の後で母に相談してみよう。


 母がテーブルに運んできてくれたご飯を食べて、その後でナプキンの付け方を教えてもらった。いつ始まってもいいようにと小さなポーチを渡されて、そこにとりあえず間に合わせだけど母が使っているナプキンをいくつか入れてもらった。あとはナプキンと併用して使う、性器に直接接触させて吸収するタイプの生理用品も、出血が多い時のため用にプラスして渡された。この歳になって母に直接股間を触られながら付け方を教わったけど、まるで顔から火を吹くぐらいに顔が熱くなってものすごく恥ずかしかった。ちゃんとひとりでできるようになろう、うん。


 相変わらずの体の重さと元気が出ない状態で、また再び自分の部屋に戻ってベッドに横になる。半日以上眠っていたのにほどよく眠気が襲ってきて、僕はウトウトと眠りについた。するといきなりなのかようやくなのかはわからないけれど、翌日月のもの……いわゆる生理というものが僕の体にもやって来てしまった。


 母曰く絶対ではないけどPMSの症状は遅くても生理が始まる数日前には出てくることが多いので、はっきりとした不調を自覚したのが昨日だっただけで実はちょっと前から調子が悪かったのではないかとのこと。


 うーん、思い当たることは全然ないけど。まぁ今回は初潮だしまだ体がうまく順応できてなくて、急に症状が出たのかもしれないし。お医者さんじゃない僕たちには何が正解なのかはわからない。


 大事なのは現在進行形でお腹が痛いということだ、あとなんだか昨日よりもしんどいし別に悲しくないのに気持ちがすごく沈んでいる。血の量はそれほどじゃなかったみたいで、昨日装着しておいたナプキンに少しだけ血が付いていたぐらいだった。清潔にしておかないとかぶれたり、バイ菌が発生して臭くなったりするらしいので新しいものに交換しておいた。血の量が多い時はこまめに、今回みたいに少ない時は4時間おきぐらいに交換でいいらしい。


 慣れれば大丈夫なんだろうけどこれまでに経験がない精神的なしんどさに、体が言うことを聞かないのでさっさと寝ることにした。動画の反応も見れてないし、早く普段の状態に戻りたい。なんだか自分が情けなくて、目の奥が熱くなって潤んできた。鼻をすん、と鳴らしてから寝返りを打ってふて寝することにする。


「優ちゃん、しんどい時は相談してよね。体調が悪いって聞いて、すごく心配しちゃったじゃない」


 次に起きたのは夕方ぐらい、目を覚ますと心配そうに僕を見る真奈と伊織さんがいた。急にどうしたのか聞いてみたらメッセージを送ったのに、返事どころか読まれた形跡すらないから心配になって様子を見に来てくれたらしい。真奈は母のアカウントとも友達登録しているから、連絡して事情を聞いたんだろう。


「……真奈、優希ちゃんを責めるのは筋違い。こればっかりは、人によって軽い重いの差が大きい」


「それはわかってるけどねー」


 伊織さんに正論を言われて、プーッと頬を膨らませる真奈。彼女としては僕が同性になって生理的なことは達也ではなく真奈にしか頼れないのに、すぐに声が掛からなかったのが不満なのだろう。


「言っておくけど、真奈ちゃんを頼りにしてないとかじゃないからね。全然やる気が出なくて、起き上がるのが億劫だったからこの数日ほとんど寝てたんだよ」


「症状は人それぞれだからね、こればっかりは頑張るしかないよ」


 生理中にどんな症状が出るかは、真奈の言葉通り本当に様々なんだろうね。でもこうやって真奈と伊織さんが話していると、ちょっと頭の中がはっきりしたような気がする。家族と一緒だとどうしても甘えてしまって意識の切り替えができないけど、友達と話したりして刺激を増やせばここまで動けなくなることはないのかも。



◆◇◆◇◆◇◆



 寝転んでいた体を起こしてベッドの上にペタンと座り直すと、真奈と伊織さんからの視線がちょっと気になった。なにせお風呂にも入ってないし、寝てばかりだったから髪も跳ねてるだろうし肌も脂ぎってるかもしれない。


「僕、臭くない? 大丈夫?」


「……いい匂いだから大丈夫」


「そういうことが気になるなんて、優ちゃんも女の子らしくなったね」


 僕がクンクンと自分の腕に鼻を当てながら尋ねると、伊織さんが僕の頭に顔を近づけて臭いを嗅いでから断言してくれた。さすがにいい匂いはしないと思うので、気を遣ってくれたんだろうね。あと真奈がからかうようにそんなことを言ってくるけど、女子になっちゃったんだから仕方ないじゃないか。それらしい振る舞いを意識した方が、周りから浮かないで済みそうだし。


「それで、わざわざ僕の家まで来るなんてどうしたの? 何かあった?」


「もちろんお見舞いしたかったのがひとつ、後は……優ちゃん、自分の動画って確認してる?」


 後半はおずおずといった様子で真奈に確認されて、僕はふるふると首を横に振った。そう言えばスマホも全然確認してなかったね、ベッドサイドに手を伸ばしてスマホを取って画面を見てみた。なんだかメッセージアプリの通知がいつもより多い。もしかしたら真奈みたいに反応がない僕をみんなが心配して、何度もメッセージを送ってくれたのかもしれない。


 達也と真奈、そして『Baby’s Breath』の4人が入っているトークルームを確認すると、まず達也が僕に動画のページを見ろと言っている。でも僕が全然返事をしなかったので、達也が訝しそうにしていた。


 タツヤ:優希、寝てるのか?


 マナ :優ちゃんからの反応が全然ないね。


 コマチ:電話してみたら?


 マナ :電話も出ない、どうしたんだろ?


 タツヤ:優希は前からたまにスマホを放置するところがあるから、そんなに心配しなくてもいいですよ。


 ヤヨイ:たつやん、敬語禁止~!


 タツヤ:ごめん、気をつける。


 カナデ:でも何でこんなに再生数が増えてるの? コメントもだけど。


 マナ:優ちゃんの可愛さに世界が気付いたんだよ!


 イオリ:優希ちゃんが可愛いのは同意だけど、違う。Vtuberの人が自分の動画で紹介したから。


 マナ:ぶいちゅーばー? ってなんだっけ?


 コマチ:i-Tubeでイラストのアバターを使った動画をアップしてる人たちだったよね?


 タツヤ:その解釈で合ってる。自分の動きに合わせてイラストが動くから、リアルの姿を出さなくても活動できるのが利点かな。


  ここまで読んだ僕は、同じようにスマホでトーク内容を見返していた真奈と伊織さんへと視線を戻した。


「このVtuberさんってどんな人なの? お礼とかしなくていいのかな」


「すごく人気がある人みたい、ひなたソレイユさんって名前なんだって。優ちゃんは知ってた?」


 真奈の質問に、僕はまた首を横に振った。その後を引き継ぐように伊織さんが、『すとりーむらいぶ』という事務所に所属しているVtuberさんだと教えてくれた。このすとりーむらいぶには複数のVtuberが所属していて、僕たちみたいな学生や幅広い年代の大人たちにものすごく人気なんだとか。


 その事務所の2期生であるソレイユさんが、どうやら自分の動画でポロッと僕のうたってみた動画の話をしたらしい。そして別サイトなのにURLを紹介してくれたおかげで、再生数がものすごく増えたみたいだ。どれくらい増えたんだろう、とにっこり動画の自分のアカウントページを見て思わずスマホを手から落としてしまった。


 だって元々の再生数は100回よりも少なかったはずなのに、今や10万回を超えているんだから驚くのも無理はないだろう。コメントも2万個を超えていて、ひとつひとつ読むのも大変そう。批判とか愉快犯みたいなコメントがなければいいんだけど。



■生理部分の簡単な内容のまとめ

優希がPMSと生理のため、しんどくて寝てばかりだったため動画のチェックやメッセージアプリの返信ができなかった。

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