21――ソレイユさんの動画


『みんな、こんひなー。ソレイユだよー』


 スマホ画面の中に映っているのは、アニメ調のイラストで描かれた金髪碧眼な女の子。すごくかわいい彼女が、にこやかな笑顔でこちらに手を振っていた。


 僕と真奈はVtuberに全然詳しくないので、伊織さんに動画を見せてもらっている。視聴者さんたちのコメントがすごいスピードで下から上に流れていて、目で追えないぐらいだった。


「……確か、優希ちゃんの動画の話はこの辺りで出たはず」


 そう呟きながら伊織さんが画面の下のバーを指で操作すると、どうやら早送りされたみたいでソレイユさんがゲームをしている画面に移動していた。デフォルメキャラがカートに乗ってレースをする有名なゲームで、幼稚園児からおじさんおばさん世代まで幅広い年齢層のプレイヤーがいる。ソレイユさんはキノコ頭のキャラを軽やかに操作し、上位争いに加わっているようだ。


『そう言えばね、みんなは既にご存知だと思うんだけど。ソレイユは歌ってみた動画を観るのが趣味でね』


 ゲーム中に唐突に言い出したソレイユさんに、コメントがまたザーッと勢いよく流れ出した。


 ・知ってる。


 ・歌い手スコッパーソレイユ。


 ・新人発掘助かる。


 ・有望な新人見つけた?


『そうなんだよ、にっこり動画なんだけどタグで検索してたら見つけちゃったんだ……あーっ!? ここで赤ガメ投げるのはズルい!!』


 ゲーム画面にはソレイユさんのすぐ後ろを走っていた赤い配管工おじさんが、赤いカメを見事に命中させていた。右下のワイプと呼ばれる四角い枠の中に映っているソレイユさんの目が『><』みたいになっているのがかわいい。


 その赤ガメが決定打になって、ソレイユさんは順位を下げてこのレースを6位で終えた。一通り悔しそうにコメントしてから、ソレイユさんは『どこまで話したっけ?』と視聴者さんたちに話を振った。


 ・お気に入りの新人を見つけたってところまで。


 ・むしろまだ何も話してないぞ。


 コメントにツッコまれて、ソレイユさんは『あ、そうだった。その話』と思い出したように話しだした。


『もちろん歌も上手なんだけど、すごく声が良いの。多分中学生ぐらいだと思うんだけど、顔はフードでうまく隠れてて見えなかった。もしかしたらアイドルの卵とかなのかも』


 『みんなにも聞いてほしくて』とソレイユさんが言って、画面の左上に僕の動画のURLが目立つように表示された。まったく知らない人なんだけど、こんな風に宣伝してもらってもいいのかな?


 ・猛烈なステマ臭を感じる。


 ・お、初見勢か? 力抜けよ。


 ・ソレイユはそういう事はしない、これまでも全然自分と関係がない実力派の歌い手を何人も発掘してるからな。


 コメントの意味がわからなくて伊織さんに尋ねると、どうやら身内を紹介しているのではないかと疑っている視聴者さんがいたらしい。それを以前からのファンの人たちが『彼女はそういうことはしない』と擁護したみたいだ。僕とソレイユさんには全然つながりはないから、ファンの人たちの言ってることの方が正しい。顔も知らない人たちがまっすぐに彼女を信じている、そういう強い信頼関係を築いているのがすごいと思った。


 ・すとらいの新人とかではないんだよね?


すとりーとらいぶウチの新人ならリアルの姿で動画出演とかせずに、さっさとデビュー配信させてるってば。それに動画だとみんなこぞって前に出るけど、オフで会う時なんか結構大人しめだからね。カラオケでも誰も曲入れないし』


 ・すとらいメンバー、陽キャっぽいのに実は陰キャの集まりなのか。


 ・そういうオフの話、もっとちょうだい。


 ・聞きたい!


『みんなに恨まれそうだからヤダ! まぁそんな訳で、この歌い手さんとソレイユには一切関係ないです。ひまわりのみんなも突撃とか止めてね、この子の歌、もっとたくさん聞きたいから』


 ・まだ始めたばかりなんだな、動画2個しかないし。


 ・最初の動画、タイトルしか映ってなくて草。手作り感にホッコリするわ。


 ・最初の動画があんまり伸びなかったから、お小遣い使ってスタジオ借りて録音したのかね。ブレーンの存在を感じる。


 ・音質とクオリティの違いに風邪ひきそう。


 そこから緩やかに別の話にシフトしていって、僕の動画の話が終わったからか伊織さんが動画の再生を止めてスマホの画面を暗くする。とりあえず動画の再生数とコメントがいきなり増えた原因はわかった。想像の斜め上な出来事過ぎて、ものすごくびっくりしたけどね。


「……優希ちゃん、大丈夫?」


「うん、驚いたのは確かだけど。でも色々な人に歌を聞いてもらいたいっていう僕の目的には絶対にプラスだろうから、ソレイユさんに紹介してもらえてすごく嬉しい。もしかしたら誰かにズルをしたって言われるかもしれないけど、これってテレビでタレントの人が『このお菓子が美味しかった』って紹介するのと似たようなものだと思うし。僕が頼んだわけじゃないから、もし責められたとしても罪悪感は全然ないよ」


 僕がはっきりとそう答えたからか、伊織さんがホッとしたように息を吐いて頷いてくれた。それにしてもコメントの勢いもすごかったし、すごく人気のある人に紹介してもらえたんだなぁとあんまり現実感がない。あ、そうだ。達也にも連絡しておかなくちゃ。


 自分のスマホでメッセージアプリを起動して、達也にメッセージを送る。もしかしたらこれから毎月こんな風に寝込むかもしれないから、ただ体調が悪かったって誤魔化すのはあんまりよくないかもしれない。そう思った僕は達也には生々しく感じられるかもしれないけど、生理の症状で寝込んでいたことを正直に書いた。


 すぐに達也から『お、おう……大変だったな』と返事が返ってきて、すごく戸惑っている雰囲気が文字からも伝わってきた。気持ちはわかる、僕も今回自分の身に実際に生理がくるまでは対岸の火事みたいな気分だったし。でもすぐに気を取り直したのか、達也は普段の感じで次のメッセージを送ってきた。


 タツヤ:動画の話は真奈から聞いたか?


 ユウキ:うん、Vtuberの人が紹介してくれたって。


 タツヤ:そうなんだよ、急に数字が増えてて俺も驚いた。


 ユウキ:でも色々な人が僕の歌を聞いてくれるチャンスをもらったのは嬉しいよ。ただ僕が見逃したコメントとかもあるだろうし、それが読めないのはちょっと残念。


 確かにっこり動画には表示されるコメント数には上限があって、それを超えるとトコロテン方式で古いコメントは見れなくなるみたいだ。さっき確認した時にコメント数が2万を超えていたから、多分もう読めないコメントもかなり出てると思うんだよね。


 タツヤ:安心しろ、こまめに保存しておいたから古いコメントも読めるぞ。優希のことだから、絶対読みたがると思っていたしな。ただ愉快犯みたいなコメントも結構あるから、そこは覚悟しておけよ。


 ユウキ:やったー! ありがとう、達也大好き!!


 もし目の前に達也が立っていたら、感謝のハグをしていたのは間違いないだろう。そんな機能があるなんて全然知らなかった、さすが達也だなぁ。僕がテンション高く喜んでいるのを傍で見ていた真奈と伊織さんに会話を見せると、真奈は苦笑を浮かべていた。


「たっちゃんは照れ屋だから、今ごろベッドの上をゴロゴロ転がってそう」


 うーん、達也が照れ屋なのは確かだけど、僕にお礼を言われたぐらいでそんな風にはならないと思うけど。そんなことを考えていると真奈の隣の伊織さんは、普段はクールな表情を崩さないのに何故か『ぐぬぬ』と呻きながら僕のスマホの画面をジッと見つめていた。


「……達也くんズルい。私も優希ちゃんに『大好き』って言ってもらいたい」


 これは、どういうことだろう。僕ともっと仲良くなりたいって言ってくれているのかな。だったらすごく嬉しいし、僕も同じ気持ちだから是非ともお願いしたい。ええと、どういう風になって伊織さんの中でこういう結論が出たのかはわからないけど、僕が大好きって伝えればいいんだよね。達也へは文字だったから別になんてこともなかったけど、こうして面と向かって伊織さんに伝えるのはすごく恥ずかしい。でも嘘とかデタラメじゃないしね、頼りにしてるし仲良くしたいし……うん、これは大好きの範疇に入ってると思う。


 だから僕は大きく深呼吸を2回して、伊織さんに向き直った。


「伊織さんはスタジオを探してくれたり、僕にソレイユさんのことを教えてくれたじゃないですか。大好きですよ、伊織さん」


「……優希ちゃんっ」


 恥ずかしくて顔が真っ赤になっているだろう僕がそう言うと、伊織さんは感動した様子で僕にぎゅうっと抱きついてきた。いや、だからお風呂に入ってないから汚いですってば。汚れちゃいますよ、と苦笑しながら言うと伊織さんは抱きついたままの状態で首を横にぶんぶんと振っていた。


「わぁ、優ちゃんってば女たらしだー」


 そんな僕と伊織さんを見ながら、真奈がそんな風にからかってきた。でも残念ながら今の僕はそれに反応できないし、女たらしってなんだよ。僕だって今は女子なんだし、友達同士のスキンシップみたいなものでしょ。真奈もよく僕に抱きついてきていたじゃん。仕返しに『真奈ちゃんも大好きだよ』と不意打ちしてみたら、一瞬動きを止めた真奈の顔がぶわわっと真っ赤になった。


 それからは誰も何も話さないしぎくしゃくした空気の中で、恥ずかしさを耐えながら過ごした。真奈は達也のことを照れ屋だって笑っていたけど、真奈こそ照れ屋だよね。もうこんな空気にしたくないから、からかうのはやめておこう。

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