18――いつもの帰り道
ボウリングの後はテニスとかバスケとか、色々な競技をみんなで楽しく遊んだ。運動についてはやっぱりダンス部の奏さんが何でも上手にこなしていて、他のみんなも普通より上手レベルでプレイできるのがすごいなと思う。僕は……ほら、まだこの体のサイズに慣れてないし。下手でも仕方ないよね、うん。
次の機会があれば、今度は一緒のチームになった人の足を引っ張らないように頑張りたい。みんな『気にしなくていいよ』って優しく励ましてくれるけど、当事者としてはみそっかす扱いも結構寂しいものだからね。
その日はみんなと地元の駅までは一緒に帰りそこで解散して、駅からは僕と真奈と達也の3人でいつもの帰り道をのんびりと歩く。もう午後6時を少し過ぎた時間になっていた。静かに隣を歩いていた真奈が、突然僕に話し掛けてきた。
「ところで優ちゃん、いおりんからのお誘いはどうするの? もし受けるなら一緒に行って、撮影の見学とかしてみたいんだけど」
「あれは多分、伊織さん流の冗談だと思うよ。たとえサイズの小さな写真だったとしても、僕が雑誌に載るなんて普通に考えてありえないでしょ」
なんだかワクワクした様子の真奈に、ため息をつきながら返事をした。帰り道に伊織さんから『もしOKが出たらだけど、今度一緒にモデルをやってみない?』と誘われたのだ。正直理由はよくわからないけど、伊織さんには気に入られているんじゃないかなと感じている。いや、僕の自意識過剰からの勘違いかもしれないけど。
絶対に会社側からOKなんて出ないだろうし僕としては冗談だとしか思えなかったから、『もしも許可が出たら』と社交辞令的な感じで返した。よく大人の人たちがお誘いに対して『行けたら行くよ』って言ってるでしょ。ああいう感じ。大体の場合は話自体が無くなるか、用事があると言って行かないみたいな感じになるらしい。なんというか世知辛いよね。僕はボッチだったから親しくない人に誘われるなんてことはほぼないので、こんな風曖昧に断る機会もなかった。
真奈と達也の場合は誘われた時に気分が乗らなかったら、ちゃんと正直に言うよ。逆の場合だったらふたりもちゃんと言ってくれるし、じゃあまた今度にしようってわかってくれるからね。お互いのことをよくわかっている昔からの友達って、本当にありがたい。達也と真奈はもう友達というか、家族みたいなものだけども。
「いおりんはそういう冗談を言わない子だから、絶対に本気だと思うよ。優ちゃんは許可が出たら行くって約束しちゃったんだから、ちゃんと参加しなきゃダメだよ」
「真奈は撮影現場に行ってみたいだけでしょ……」
もっともらしいことを言っているけど、真奈の真意はわかっている。僕がそうズバリと言うと、彼女は誤魔化すように『えへへー』と笑って僕の手を握りながらブンブンと乱暴に前後に振った。
「達也、今日は付き合ってくれてありがとう。レコーディングについての技術的なことは僕には全然わからなかったんだけど、なんか役に立つようなことはあった?」
「ああ、色々と勉強にはなった。でも結局のところ、上を見ればキリがないっていうのが実感だな。機材に金をかければ良い音質でレコーディングできるけど、素人がそこまでやるのは道楽のレベルだろう」
結局のところいい機材を買ってそれを使いこなせれば、必要以上のクオリティを出せるってことなんだろうね。ただ趣味にそこまでの出費は捻出できないし、普通に違和感なく聞ける音質で録音できればいいぐらいの気持ちで妥協するべきなのかもしれない。
「まぁうまく収益化ができるまでは持ち出しが多いだろうが、動画収入を得られるようになったらスタジオ代ぐらいは賄えるようになるだろう。そこまでは割り勘で頑張るか」
「そうね、時間を短くして3人で割ればそんなに負担にはならないでしょ」
達也の言葉に真奈もうんうんと楽しそうに頷きながらそう言った。いやいや、僕のうたってみた動画なんだからふたりにそこまで負担してもらうのは変でしょ。達也は技術的な面で手伝ってくれてるし、真奈には伊織さんたちを紹介してもらって彼女たちとの連絡係をやってもらってるんだし。その上でお金まで出してもらうのは甘え過ぎだと思う、僕はきっぱりとそう言った。
「優希はそう言うけど、俺は実際に機材を触れるし。実務をやってるエンジニアの人に直接話を聞けたり、全部引っくるめると俺の方がもらいすぎなんだよ。だからこういう形で少しでも返させてくれ」
「優ちゃんの歌を『色んな人に聞いてほしい』って言い出したのは私だもん。私が負担するのは当然のことだよ」
幼なじみたちのあったかい言葉に、僕はちょっとだけウルッときてしまった。『もー、優ちゃんすぐ泣くんだから』と真奈に抱き締められたりしながら、ふたりがやりたいことができた時には全力で応援しよう。できることは全部やろうと、強く決意した僕なのだった。
いつも通り僕が最初に家に送り届けられて、並んで去っていくふたりの背中を玄関ドアの前で見送る。長い付き合いの僕が見てもお似合いなんだから、ふたりが付き合えばいいのに。でも僕が真奈のことを異性だと意識しなかったみたいに、真奈と達也もお互いを異性扱いできないのかもしれないね。でも僕たち3人の中に知らない人が入ってくるのはなんとなく嫌だなぁ、こういうのも独占欲って言うのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら、僕はドアの鍵を開けて『ただいまー』と言いながら家の中へと入ったのだった。
それから数日経って、いよいよ新作動画がアップされる日がやってきた。毎日学校から帰宅した後で、達也が編集を頑張ってくれていたみたいだ。勉強とかに影響があったら困るのでゆっくりでいいって言ったのに、夢中になったら止まらないのは達也の長所でもあり短所でもある。
今日の放課後に達也が学校から帰宅して、その後にアップロードしてくれるらしいので楽しみに待っていよう。一応真奈たちにもメッセージアプリで今日アップロード予定だと伝えると、楽しみにしているという旨の返事がそれぞれから届いた。自分が歌っている姿を客観的に見れるチャンスなんてあんまり無いし、僕もかなり楽しみだったりする。
夕食が終わってもまだアップされていなかったので、先にお風呂に入ることにした。僕のアカウントを登録してくれたのは達也だから、当然ながらIDとパスワードを知っている。本当は規約でアカウントの共有はダメらしいんだけど、達也はアップロードする時にしかログインしないし、他にも自分のアカウントを持っているらしいので普段はそっちを使っていると言っていた。
同じアカウントでログインできる僕からも現在の進行状態が見えるので、完了までにはまだもう少し時間が掛かりそうなのがわかった。ゆっくりお風呂に入っても全然間に合いそうなので、最近ちょっと髪を洗うのが適当だったしちゃんとケアしてこよう。やっぱり同性の目線は鋭いみたいで、母や真奈から『髪がちょっと傷んでいる』って指摘されていたんだよね。
そんな事情もあってふやけるぐらいの時間を使って、教えてもらった基本を忠実に守って自分の体を磨いてきた。ホカホカと温まった体に、前開きタイプのパジャマを着る。花柄なのは完全に母の趣味だけど、ちょっと大きいからズボンなしでも太ももの上部ぐらいまでは隠れるんだよね。だからパジャマの上部分だけ着た状態でドライヤーを使ってササッと髪を乾かし、さっさと部屋に戻る。ズボンを履いていないが見つかったら、母が『はしたない!』って烈火のごとく怒るからね。それとそんな僕を見た父が、ちょっと気まずい表情をして目を逸らすのがなんだか申し訳ないし。
部屋に戻ってすぐにパソコンを見ると、どうやらアップロードは無事に終わったみたいだ。再生回数はまだ10回ぐらいだけど、多分これは達也と真奈。それと伊織さんたちなんだろうね。
オフィスチェアに座り直して居住まいを正した僕は、ちょっと緊張しつつも自分の動画リストの中にある、NEWのマークがついた動画をクリックした。
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