17――みんなで遊ぼう


 休憩を入れつつ3曲のレコーディングが終わったのは、大体2時間ぐらい経った頃だった。残りの1時間は達也が西川さんに色々と質問したり、みんなでスタジオ内を見学したりと楽しい時間を過ごせた。


 特に備品として置かれていたギターを持たせてもらった時は、ちょっとだけ興奮したよね。いや、全然弾けないんだけど。でもストラップを肩に掛けてそれっぽく構えるだけで、気分だけはギタリストだった。ただ今の僕の体にはちょっと大きいかもしれない。あと弦が硬いので、すぐ指が痛くなりそうだ。


 終わりの時間になったので西川さんにお礼を言って、受付で使用料金を払ってからスタジオを出る。料金は僕が全部払う予定だったのに、伊織さんが『……中学生に支払わせるわけにはいかない』と女子高生組で払うと言い出した。真奈と他の3人も頷いていたので、最初からそういう打ち合わせをしていたのだろう。そこで達也も『自分も払う』と言い出したんだけど、いやいや僕だって付き合ってもらったみんなに払わせるわけにはいかない。だって中学生だって年齢のサバを読んでるけど、実際はみんなと同い年だし。


 しばらく受付の前で押し問答したんだけど、結果としてはみんなで割り勘にすることになった。お金をちゃんと銀行から下ろしてきていたので、ひとりでも全然払える金額だったのにね。みんなの好意に感謝して、浮いたお金でお昼ごはんをごちそうしよう。スタジオの使用料も伊織さんの知り合いの紹介だから元々の金額より安くなってるんだし、お礼をちゃんとしないとね。


 そう思っていたのに、ちょっと遅めのお昼ごはんも『自分の料金は各自で払う』という感じになってしまって、ごちそうすることはできなかった。ファストフードのチェーン店だったんだけど、お昼どきは過ぎていたのに混んでてまとめて注文ができなかったんだよね。あれよあれよといううちにバラバラのレジに並ぶことになってしまって、なんだかちょっとしょんぼりだった。


 また今度、みんなでどこかに出掛ける機会があれば僕が多く負担すればいいよね。お腹がいっぱいになって、たくさん歌を歌ったからかちょっと眠気が押し寄せてきた時に小町さんと弥生さんがパンと手を打った。


「思ってたより早く終わったし、みんなで遊びに行かない?」


「いいね、この近くにスポランあったっしょ」


 スポランとはスポーツランドという、複合アミューズメント施設だ。ボウリングとかテニスとかバスケとか、フットサルやストラックアウトなんかも室内でできたりする。僕たちの地元にはないけど、こうやって電車に乗って行けるぐらいの距離にあるのでよくみんなで遊びに行く時に使われている。僕はボッチだったので、行ったことはないんだけどね。


 日が暮れるまではまだ時間があるし、せっかくだから遊ぼうとみんなの意見が一致したので早速スポーツランドへ行くことになった。全部の時間は遊べないかもしれないけど、3時間パックで中に入る。みんなでのんびり遊べるゲームとして、まずはボウリングをすることになった。ふたりずつでチームを組んでスコアを競うルールにしたんだけど、何故か真奈と伊織さんが僕と同じチームになりたがって静かに言い争いをしている。


「優ちゃんとチームになるのは私だよ、だって幼なじみだもんね」


「……真奈はカメラ係もやったんだし、ここは私に譲るべき」


「ヤダ! 優ちゃんの隣は私って決まってるの!!」


「今後は私が優希ちゃんと一緒にいるから大丈夫、真奈はお払い箱」


 なんでふたりが僕の取り合いをしているのかはわからないけど、とりあえずジャンケンすることを提案しておいた。白熱したあいこ合戦の結果、伊織さんが僕のチームメイトになった。負けた真奈がすごく悔しそうな顔をして落ち込んでいる。普段一緒にいるんだから、たまには別チームでもいいと思うんだけどね。


 伊織さんと『頑張ろうね』と言い合いながら、靴をレンタルして履き替える。ボウリングっていちいち靴を履き替えないといけないのがちょっと面倒だ。男だった頃は27.5cmサイズの靴を履いていたんだけど、今の僕は22cmがピッタリ合うので随分小さくなっちゃったなと複雑な気分だ。次に球を選んだんだけど、みんなは9ポンドとか10ポンドを選んでいたのに僕にはちょっと重たくて8ポンドを使うことにした。もうちょっと筋トレとかした方がいいのかもしれない。


 ちなみに今日ここにいるメンバーは7人なので、ふたり組でチームを組むとどうやってもひとり余る。ボッチチームに自ら立候補してくれたのは、女子の中に男子ひとりでいる達也だった。いや、僕も元男なんだから男子はふたりかもしれないけど、じっくり見ないとイケメンが女子高生を引き連れて遊びに来てるように見えなくもないもんね。


 ゲームが始まると、みんなあんまり上手じゃないのか1投目はピンが倒れるけど2投目はガタ―みたいな、のんびりとした勝負が繰り広げられた。そんな女子の中で一番上手だったのは、なんと僕のチームメイトの伊織さん。話を聞いてみると、一時期ボウリング場に通ったことがあるんだって。誰にも教わらずにギュンギュンとカーブするボールを投げられるのって、めちゃくちゃすごいと思う。


 なんでボウリングを始めたのかを聞いてみると、ちょうどモデルをやり始めた頃で『ものすごくストレスがあったから』というのがその答えだった。ストレス解消になるならボクシングとかでもよかったんだけど、殴られて怪我でもしたら撮影にも影響が出てしまうので格闘技は選ばなかったんだって。


 ハイタッチのポーズでストライクを取った伊織さんを迎えようとしたら、何故かパンと弾かれずに手のひらを合わせて恋人同士がするみたいにがっちりと組まれてしまった。客観的に見るとプロレスの力比べみたいな感じになってるかもしれないなと思いつつ、僕は伊織さんの意図を確認するように首を傾げた。


「……次は優希ちゃんの番、同じようにストライクが取れるようにパワーを分けてるの」


「なるほど、ありがとうございます!」


 確かにこうやって手を繋いでいると、伊織さんのボウリング技術が伝わってきそうな感じがする。いや、普通に考えてそんなことはありえないんだけどね。でも男子高校生が女子になるなんてミラクルが実際に起こっているのだから、それに比べたらまだ有り得そうな気がしてきた。


「優ちゃんがいおりんに丸め込まれてる……」


「あいつ、他人の考えを深読みしたりするの苦手だからな」


 真奈と達也がこちらを見つつ何やら話しているのが見えたけど、僕の耳にまでは届かない。もしかしたら元男子なのに、現状を利用して女子高生と手を繋いでいる僕のことを批判しているのだろうか。僕もちょっとどうかなと思うけれども、過剰に反応して伊織さんの手を振り払ったりしたらそっちの方が彼女を傷つけそうな気がする。これくらいはきっと友達同士のスキンシップの範囲内だろう。さすがに僕も達也と同じことをしようとは思わないけどね。


 結局このボウリング対決は伊織さん自身はトップレベルにピンを倒したのに、僕が足を引っ張ったのでトップにはなれなかった。もしかしたらまたボウリングに来る機会があるかもしれないし、運動ついでに練習に通おうかな。ボウリング場なら地元にもあったような記憶があるからね。

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