15――スタジオへ
そして翌日、達也に迎えに来てもらって待ち合わせ場所である駅へと向かった。
いや、迎えに来てもらったっていうのはちょっと違うかも。僕としてはどうせ駅で会うんだし、別々に行けばいいじゃんと思ってたんだよね。わざわざ迎えに来てもらうのは達也も面倒だろうし。
でも『一緒に行こう』と誘ってきたのは達也の方で、どうやらこの間言っていたみたいに、女子の中に男子ひとりでいることに抵抗感があるようだ。まぁ気持ちはわかる、いくら相手がいい子たちだと言われても初対面の異性には構えちゃうよね。
めちゃくちゃ打算的だけど僕の動画撮影に付き合ってもらうわけだし、これからも手伝ってもらうのだから達也からのお願いは積極的に聞いておこう。とそんな訳でで、こうして一緒に行くことになったのだ。
「……なんか、今日は気合が入った格好してるな」
「そうでしょ、なにせ現役の女子高生が選んでくれたからね」
撮影用に選ばれた伊織さんの服は大きめのトートバックに畳んで入れてあるんだけど、せっかく選んでもらったんだからと今日は小町さんが合わせてくれた服をそのまま着てきたのだ。ただしエクステはないので地毛そのままだけども。
最終投票まで残った弥生さんの服は、なんというか普段着には向かないからね。なかなか気軽には着れない。
「そう言えば、頼んでたヘッドホンは持ってきてくれた?」
「ああ、ちゃんと持ってきたぞ。ただ今の優希って頭も顔も小さいから、これだとちょっと存在感が出すぎるんじゃないか?」
「そんなに言うほど小さくないけど、もしサイズが合わないならスタジオにあるヘッドホンを使うしかないかもね」
レコーディングスタジオってマイクに伴奏の音が入ったらハウリングを起こすので、ヘッドホンに流れる音楽を聞きながら歌う感じらしい。だとすればヘッドホンぐらいは備品として用意されているだろうから、最悪の場合はそれを借りればいいんじゃないかな。
雑談していると駅まではあっという間で、どうやら僕たちが一番乗りだったみたいだ。僕が持っているICカードは女子になる前の物で定期券情報が印字されているんだけど、性別まで記載されてしまっている。聞いたところによると自動改札の通過の際は大人と子どもの区別しかされないらしいんだけど、万が一車掌さんとか駅員さんに見られると家族や他人のものを使っていると勘違いされそうだ。
券売機で新しいものを発行すれば名前や性別は登録されていないから、今の僕が持っていてもおかしくないだろう。さっそく券売機で購入すると、真新しいICカードが発券された。ピカピカのカードを見ると、なんか感慨深い。これからもこうやって女子になった自分用に、新しい物を買い揃えていかないといけないことを考えるとちょっと複雑な気持ちになる。まぁもう女子用の服や下着など結構な量を買ってもらってるんだけど、それはまぁノーカンということで。
幼なじみだから何も話さなくても別に気まずいということはないんだけど、話すネタはいくらでもあるので横並びで雑談の続きをしていると真奈たちが向こうから歩いてきた。目立つ集団だから、通行人からもチラチラと視線が向けられているのがわかる。達也が『もしかして、一緒に行くのってあの人たちか?』と聞いてきたので頷くと、緊張したように達也が体を固くしたような気がした。
「どうしたの、前も言ったけどいい子たちだよ?」
「……真奈が普通に友達付き合いしてるんだから、そこは心配してない。ただあのキラキラ集団の中に男子校に通ってるオタクが混ざるのは、かなり勇気がいるんだよ」
このやり取りも何度目かだけど、元男としては気持ちは痛いほどわかる。でももう一緒に行くのは決まっているんだから、愛想よくは無理でもせめて普通な感じで接っすればいいのにね。僕たちは達也の良さをもしかしたら本人よりも知っているかもしれないけど、でも初対面の人にはどう映るかわからないから。達也にも彼女たちにも不快な思いをしない楽しい感じで今日一日を終えられたらいいなと思う。
「おはよー、優ちゃん。ごめんね、待った?」
「ううん、今来たところだよ。時間前だし、僕たちが早く来すぎただけ」
真奈が手のひらを軽く合わせて謝ってきたので、そんな風に返事をする。小町さんたちにも挨拶をし、早速みんなで改札を通って電車へと乗り込んだ。電車の中でうるさくするのはよくないけど、30分以上乗っていなくてはいけないので主に達也と女子高生組を自己紹介してもらいながら引き合わせる。ギャルのノリで色々と話しかける小町さんと弥生さんに、『ハハハ』と愛想笑いを返す達也。ちょっとずつ僕の後ろに移動して来てるのは、きっと気のせいではないはずだ。というか僕の後ろに隠れたとしても、身長も横幅も達也の方が大きいんだから隠れられないからね。
イメージだけど運動部のノリで騒ぎそうな感じの奏さんは、意外にも伊織さんと何か静かにおしゃべりをしていた。時々伊織さんが達也をチラチラと見ているのが気になって、もしかしたら達也みたいな男子がタイプなのかな? でもそういう色恋については、本人から話が出ない限り自分からは踏み込まないようにしているのでスルーする。僕の的外れな勘違いという可能性も大いにあるからね。
僕と真奈と達也も中学の頃に、全然今みたいな感じで距離感が変わらなかったからか、周囲が変な勘違いをしておせっかいを焼かれた。僕たちが三角関係で達也と僕が真奈を取り合ってるとか、そんな噂が流れていたし。真奈は目立たないけど可愛いし達也は言うまでもなくイケメンだったから、彼らの攻撃対象は大体ややブサイク寄りなフツメンの僕だった。もちろんそんな事実はないんだから、堂々と否定していたらやがてそんな勘違いは無くなったんだけどね。今思うと真奈と達也をくっつけたい人たちがいて、邪魔な僕を排除したかったのかもしれないと考えたりもする。実際のところは知らないし、どうでもいいけどね。
基本他人には塩対応が基本装備の達也が、愛想笑いを彼女たちに返している理由。それは真奈の友達であることと、僕がこれからお世話になるかもしれないからなのだろう。その優しさに感謝しつつ、でももうちょっと達也は他人とのコミュニケーションに慣れた方がいいと思うので、僕が間に入って両方に話を振ったりしながらみんなで楽しく話した。
電車が着いたのは、僕たちの地元よりも拓けた都会の駅だ。駅から徒歩10分ぐらいの場所にスタジオがあるらしく、伊織さんの先導でゾロゾロと歩いていく。到着したのは街の中心から少し外れた雑居ビルで、地下への階段を下りていくとオシャレなガラス張りのドアがあった。
受付っぽいカウンターのところに女性が立って何やら作業をしていたところへ、伊織さんが話しかけた。僕たちはまだドアの外にいたので何を話しているのかはわからないんだけど、受付のお姉さんが笑顔だったのでどうやら前もってちゃんと話は通っているみたいだ。手招きされたので僕たちも中に入ると、お姉さんが利用方法を説明してくれた。ふむふむ、使える時間は3時間か。それだけあれば十分、というか余りそうだよね。まぁ余った時間は、中の設備を見学させてもらおう。
ガチャン、と大きなレバーが付いた金属製のドアを開けてスタジオの中に入る。フローリングの床に落ち着いた紺色の壁紙、なんかオシャレな感じがする。キョロキョロと周囲を見ていたら、大きなガラス窓の向こうで人が動く気配がした。そのすぐ側にあるドアが開いて、中からスリムな男の人が現れた。黒いジャケットにワイシャツ、グレーのスラックスと格好だけ見るとどこかのオフィスで働いている人っぽく見える。ただ髪型がウェーブがかった長髪、口の周りに整えられていたヒゲがたっぷりとあって業界の人っぽい雰囲気があった。
「丑田さんからの紹介の子? 俺はエンジニアの西川です、伊織ちゃんだよね。今日はよろしくね」
「……はい。よろしくお願いします。ただ今日は私は付き添いで、歌うのはこの子です」
西川と名乗った男性に、伊織さんがいつもよりしっかりとした喋りで返事をする。そっと肩に両手を置かれたので、促されるように西川さんに自己紹介した。
「優希ちゃんね、よろしく。専門的な機械がここにはいっぱいあるから、基本的に俺が操作するね」
「あの、もしよかったら操作を彼に教えてもらえないですか?」
狭いブースに戻ろうとする西川さんに、僕は達也を視線で示しながら聞いてみた。せっかく着いてきてくれたんだし、機械好きの達也なら喜んでくれるんじゃないかと思ったからだ。
若い女子ばかりの空間に居心地が悪そうにしていたのに、西川さんを見て『仲間を見つけた』みたいな顔をしていた達也がキリリと表情を引き締めて『お願いします』と頭を下げた。
「おっ、エンジニア志望? それともこういうメカ物とかの機械が好きなのかな? いいよ、せっかくだから色々と教えるよ」
西川さんは達也に人の良さそうな笑顔でそう言って、PCの前で使うアプリの説明をしている。その途中で僕の方に向かって『時間もったいないし、発声練習しておいで』と言ってくれたので、僕は頷いてブースの外に出てパーカーを脱ごうとした。
「ちょっ、ストップ! 優希ちゃん、男の人がいるところで着替えようとしちゃダメ!!」
僕の行動に一番慌ててストップを掛けてきたのは、意外なことに奏さんだった。あくまでイメージだったけど、一番そういうのに頓着しそうにないのが彼女だと思っていたのに。電車のことでも思ったけど、勝手な印象で決めつけちゃダメだよね。反省しないと。
このスタジオはメインブース以外にもドラムとかギターとかを一緒にレコーディングできるサブブースがあるそうで、狭い方のブースを更衣室代わりに使わせてもらうことになった。伊織さん持ち込みの猫耳パーカーやその他の服を身に着けて、髪をセットしてもらう。パーカーのフードを被るので見えない可能性もあるけど、あの赤いエクステも付けてもらう。丁寧にブラシで髪を梳いてもらっていると、なんだか眠くなってくる。
小町さんが『終わったよー』と言いながら背中をポンポンと叩いてくれたので、ウトウトしていた僕はハッと飛び起きた。急いで発声練習して、レコーディングを始めないと。そう思ってブースから出ようとしたところ、後ろから伊織さんに『優希ちゃん』と名前を呼ばれた。頭の上に『?』を浮かべながら振り返ると、彼女は僕の尾てい骨のあたりに手を伸ばす。
触られたのはほんの少しの時間だったので『ホコリでも付いていたのかな?』と触られた場所を見ると、そこにはなんと黒い猫しっぽが。どうやらマジックテープで付けれられるようになっていたようで、針金でも中に入っているのか先がくるんと上向いている。
「……うん、やっぱり猫しっぽがある方がかわいい」
「まぁ、いいですけどね」
満足げな伊織さんに返す言葉もなく、僕は小さくため息をつきながらそう言ってメインブースへと戻った。他のみんなだけでなく西川さんにも『かわいいね』と猫しっぽが好評だったのは、なんだか解せぬ。まぁ格好のことはさておき、スマホに入れてあった発声練習用のピアノ音を流しながら喉を慣らす。
それが終わって、いよいよレコーディングだ。ブースの中で達也が伴奏トラックが入っているUSBメモリーを西川さんに渡しているのをチラリと見ながら、軽く深呼吸した。
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