14――みんなのコーデ


「僕んちだし今日誰もいないからいいけど、他の人の家だったら怒られるからね」


 僕が真奈にそう言うと、彼女はさっきも言っていた『おばさんには前もって許可取ってあるから大丈夫』というセリフを悪びれず言った。いや、実際に家にいる僕に許可を取ってよと声を大にして言いたい。


「明日は動画も撮るでしょ、できるだけかわいい優ちゃんをみんなに見てほしいからね」


「……必要ないかもしれないけど、エクステも持ってきた」


 頭の上から伊織さんが言った。あ、そっか。一応変装というか、普段の僕とは違う姿で撮影するって話になったんだよね。エクステってなんだっけ、お化粧道具?


「優希ちゃん、エクステっていうのは付け毛のことだよ」


「付け毛……カツラみたいな感じ?」


「それはウィッグだね。エクステっていうのはショートヘアをロングにしたり、一部だけ色を変えたりできるの」


 奏さんに補足で説明してもらって、なんとなくイメージが掴めた。今の自分の髪にプラスして、長く伸ばしたようにできる感じなんだね。でも地毛につけたりすると、下に引っ張られて痛くないのかな。


 そんなことを話していると、僕の部屋の前に着いた。ドアを開けると早速クローゼットの中を楽しそうに物色している、小町さんと弥生さんがいた。ちなみに以前着ていたメンズ服はまとめて段ボールに詰めて、物置部屋に放り込んである。お医者さん曰く戻れる可能性は限りなくゼロに近いらしいけど、不思議な力で女子になったんだから同じような超常的な力で元に戻る可能性も否定はできない。だから両親とも相談して、数年間は念のために置いておくことにした。


(まぁでも、それも無駄に終わりそうだけどね)


 心の中でそう呟いてから、僕の服を片っ端から引っ張り出しているふたりを止めに入った。出してきた服をベッドの上にくしゃっと置かれるとシワだらけになりそうだし。


「それじゃ優希ちゃん。とりあえず、そこにセットで置いてある服を着てみて。パパッと合わせておいたから」


「でも案外おしゃれな服が多いね、これ優希ちゃんチョイス?」


 ひとまず落ち着こうよと僕が止めても強引にそんな風に話を進められたので、ため息をついて彼女たちの言うことに従った。とりあえず一番端っこに置かれているセットを抱えて、隣の物置部屋ででも着替えようとドアノブに手をかける。するとキョトンとした表情で奏さんが僕に声を掛ける。


「あれ、優希ちゃんどこ行くの?」


「いや、着替えようと思って……」


「この部屋には女子しかいないんだから、わざわざ別の部屋に行かなくてもいいでしょ。着替えるたびに移動するのも面倒でしょ?」


 うーん、正論なんだけどそれは僕が生まれながらの女性だったらの話だよね。まぁいいか。例えば銭湯とかの脱衣所でみんなも裸になる状況だったら即座にその場から逃げ出すけど、この部屋で着替えるだけなら恥ずかしいのは僕ひとりだけで済むからね。


 変に思われても嫌だし『そうですね』と返事をして、その場で着ている服を脱いだ。何故かあっちこっちから飛んでくる視線を感じながら、なんとか平常心を保ちつつ服をササッと着替える。なんか自分の頬がカァっと熱くなっているような気がして、その感覚にさらに恥ずかしくなる。


「ふふ、優ちゃん顔真っ赤」


「……かわいい」


 ちょっとそこの外野のお姉さん方、せっかく意識しないように頑張っているんだから黙っててくれないですかね。白のインナーシャツにハーフパンツ、これに薄手の黒いパーカーを上から被るように着る。太ももの半ばぐらいまである黒いタイツっぽい薄手の靴下を履けば完成……ぽい。ちなみにこの靴下はニーソックスというらしい。


「おおー、かわいい」


「ちょっとモノトーン過ぎない?」


 小町さんとパチパチと拍手しながら褒めてくれたが、弥生さんが思案顔で僕の全身を舐めるように上下に見た。確かに白と黒の2色だけだから、なんか目がチカチカしそう。部屋の片隅に置いてあったスタンドミラーを奏さんが近くに持ってきてくれて僕も客観的に自分の服装を見たんだけど、髪も黒髪だからなんだかオセロみたいなイメージが頭に浮かぶ。


「そこでアクセントをこうやって……優希ちゃん、ちょっと動かないでね」


 そう言って小町さんは僕の後ろに立って、何やら髪の毛を弄り始めた。ああ、これがさっき言ってた付け毛か。されるがままにされていると、付け毛と僕の地毛をなじませるように櫛で軽く梳かれる。


「ある程度派手な色がいいから赤にしたんだけど……うん、イイね」


 普段の僕の髪に混ざって、真っ赤な髪が筋のように存在感を主張していた。こういうのメッシュって言うんだっけ。なんか今まで真面目だった子が、夏休み明けに急に不良になって登校してきたみたいな雰囲気がある。いや、鏡に映っているのは自分なんだけどね。


「ギターケースを背負わせたら、ロック少女に見えそう」


「……楽器弾けないですけどね」


 弥生さんの感想に、苦笑を浮かべながら答えた。なんか高校デビューで周囲に一発かましてやろうと空っぽのギターケース背負って登校したとか、そんなネット上で読んだ都市伝説をちょっと思い出してしまった。


「まぁ、これはキープってことで。次はアタシのヤツね」


 小町さんが選んだ服を着ている間に整えたのか、弥生さんから手渡された服はちゃんとハンガーに掛けられていた。白とピンクを主体としたフリルのついたワンピース……あれ、こんな服持ってたっけ? 僕が不思議に思っていると、弥生さんが『これ、アタシの持ち込みなの』とイタズラっぽく笑った。


 弥生さんの話を聞くと、実はこのワンピースは弥生さんのお手製らしい。今の僕と同じぐらいの体つきだった頃に、型紙から自分で起こしてイチから作ったものなんだって。もちろん中学生だった弥生さんひとりだけでは無理だったので、裁縫の師匠である小町さんのお母さんと小町さんも手伝ってくれて、すごく思い入れのある服だそうだ。

 ただもう高校生になってサイズが合わなくなってしまい、それでも思い出の服だから処分もできずに大事にクローゼットの中に仕舞っていたんだけど、せっかくの機会だから今回持ってきたのだと弥生さんは言った。


「ロリィタ系っぽいから、人を選ぶっしょ? 優希ちゃんなら、きっと似合うと思うんだよね」


「めっちゃなっついよね、それ。あたしとママが頑張ってレース地でフリル作って縫い付けたヤツ」


「そん代わり、アタシも小町の服作るの手伝ったっしょ! 香澄ママにもお礼にケーキ焼いてプレゼントしたし!!」


 微笑ましい小町さんと弥生さんの思い出話の最中だけど、そんな思い出の服を持ってきたのなら僕のクローゼットを漁る必要はなかったのでは? そんな僕の疑問を表情から読んだのか、弥生さんは『なんか合わせられそうな服があるかなと思って』とあっさりと答えた。あと現役女子中学生のクローゼットに興味があったらしい。


 大事な服を僕が無造作に触って破ったりしたら大変だと恐る恐る触っていたら、じれったくなったのか弥生さんがテキパキと着せてくれた。頭の上にワンピースと同色のピンク地に白いレースの髪飾りを付けてもらって、レース模様の白タイツを履く。


 僕の肌の色が他の人よりほんのちょっと白めらしく、モノクロなコーデだと映えるし白とピンクの明るい感じだと透明感がすごいとふたりからは言われたんだけどピンとこない。ちなみに服選びに参加しなかった奏さん以外のふたりはどういうものを選んだのかというと、真奈は白い長袖Tシャツにサロペットというこれに麦わら帽子でも被っていれば田舎で農作業でもやってそうな感じの格好だった。片側の肩紐を外すのがポイントだそうで、どこにそんな要素があったのかは知らないけど伊織さんがすごく興奮してて、なんだかちょっと怖かった。


 その伊織さんも僕の手持ちの服からではなく、弥生さんに続いての持ち込みだった。ピンク色の猫耳フード付きパーカーと赤のミニスカート、黒のニーソックスという弥生さんとはまた違ったジャンルのアニメキャラみたいなコーデだ。なんだかパシャパシャとスマホで写真を撮っていたけど、僕の写真なんて連写してどうするんだろう。小町さんの服よりも弥生さんと伊織さんのコーディネートは、にっこり動画のユーザー層ならすごく受けそうだとみんなからは高評価されていた。


 どれを選ぶのか聞かれたんだけど、この中ならどれもおかしくはないので僕としてはどれでもいいと思った。素直にそう答えると挙手制でどれにするのか、多数決で絞っていくことになった。同票で最後のふたつに残ったのが、やっぱり前評判通り弥生さんと伊織さんが持ち込んだ服。決選投票で選ばれたのは、なんと伊織さんの服だった。なんかコーディネートの脳内引き出しにない服で自分だったら絶対に着ないけど、僕ぐらいの中学生が着るなら全然かわいくていいとのこと。

 ちなみに僕は思い出話も聞かせてもらったし、弥生さんの方に票を入れた。でも扱うのに気を遣うし、伊織さんの服に決まってよかったんじゃないかな?


「まぁ、優ちゃんに似合ってるし変なカッコって訳じゃないんだから。それにちゃんとかわいいよ」


 となんだか微妙な褒め方をした真奈の言葉にちょっと引っかかりつつも、とりあえず女子から見ても変じゃないならいいかと納得した。わざわざ僕の家まで来てもらってるんだしね、感謝しなきゃ。

 弥生さんは『持って帰ってもまたクローゼットの中に戻すだけだし』と、僕に思い出の服を譲ると言った。微妙にサイズも大きいからあと1~2年ぐらいは着れるかもしれないけど、着るタイミングが難しい服だよね。申し訳ないけど、僕の家に来てもクローゼットの中を温める存在になりそうだ。


「……ここに尻尾パーツもある。優希ちゃん、着けてみない?」


 心なしかワクワクとした気持ちを隠しきれていない伊織さんが、右手に猫しっぽっぽいものを持って僕の方に迫ってきた。これ以上要素を足してどうするんだ、と声を大にしてツッコミたくなったのは言うまでもない。

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