13――達也の説得と突然の来訪


「……なるほどな、レコーディングスタジオか」


「うん。真奈の友達に伝手があって、借りてくれるって」


 真奈に『Baby’s Breath』のみんなを紹介してもらった翌日、達也に連絡して放課後に僕の家に来てもらった。昨日の話の流れを説明した後の、達也の反応がこれである。


「でもそういうところってレンタル料も高いんじゃないか? 今回はなんとか払えたとしても、毎回は厳しそうだよな」


「そうなんだよね。だから1回行ってみて録音の音質を良くするために、真似できそうなところをいっぱい探そうと思って」


 僕がそう言うと、納得するように達也が大きく頷いた。よかった、どうやら達也もこのやり方に賛成してくれたみたいだ。勝手に決めちゃったから、嫌だって言われたらどうしようかと思ってたんだよね。


「じゃあしっかり見てこいよ。できれば動画とか撮って、後で俺にも見せてくれたら助かる」


「えっ!? 達也、一緒に来てくれないの?」


 達也の不参加宣言とも取れる言葉に、僕は思わず大きな声を出してしまった。だって僕には機械のこととかよくわからないし。やっぱり達也にも一緒に来て欲しいと言うと、達也は嫌そうな表情で僕の方に両手のひらを突き出した。


「いやいや、よく考えてみろよ。女子の中に男子は俺ひとりだぞ、居辛いってレベルじゃねーぞ」


「みんなそんなこと気にしないって。それに女子って言っても僕と真奈もいるじゃん、達也だって慣れてるでしょ」


「前はお前が男だったから、3人でいる時は男子の方が多数派だっただろ! お前が男のままだったとして、ひとりでその子たちの中にいる状況を想像してみろよ」


 達也に言われて、男だった頃の僕を思い出しながら脳内で伊織さんたちの中に混ぜてみる……うん、周りの人に不審に思われて下手したらストーカー扱いされそうだ。でも僕と違って達也はイケメンだし、別に全然違和感ないんだけどなぁ。


 僕がそう言うと、何故か照れたように達也はそっぽを向いた。昔から僕が達也はイケメンだと何度も言っているのに、全然信じてくれないのはどうしてなのか。やっぱり人って他人からの相対評価より、自分の中の絶対評価の方が重視しやすいのかもしれない。


「それは優希も一緒じゃないか。お前が女子になってから、俺や真奈が何回も可愛いって言っても信じないだろ。それと同じだよ」


「僕は自分のこと、男だった頃より容姿が良くなったなって普通に認めてるよ。ただ、ふたりが言うほどではないんじゃないかなって思っているだけで」


 昨日伊織さんに『かわいい』って連呼されて、ひとつわかったことがある。多分みんなが言う可愛いの意味って『美人』とかじゃなくて、『子供やぬいぐるみなんかの愛らしさ』と同じ意味合いなんだよね。それなら納得だ。鏡で見ても他の人に不細工だと思われない程度には整っているけど、そこまで褒められるほどの美人じゃないなと自分でも思うし。


「まぁ不思議な現象で女の子に性別が一瞬にして変わったんだから、周りの人には可愛く見えるような魔法が掛かってるのかもね」


「……当の本人と他人の認識がここまで噛み合わないっていうことは、もしかしたら本当にそうなのかもしれないな」


 冗談のつもりで言った僕の言葉を聞いて、なにやら考え込んだ達也がポツリとそう呟いた。いやいや冗談だから、みんなが僕のこと『可愛い』ってからかい過ぎなだけだよ。いくらなんでも他人の認識に影響を与えるような力が、自分から発せられてるなんて想像するだけでも恐怖しかない。


 なんかゾッと背筋が寒くなってしまったので、この話はここで切り上げることにした。僕の容姿のことなんてどうでもいいんだよ、レコーディングに達也が来てくれるかどうかの方がすごく大事。僕だけじゃ機械の使い方とか絶対に覚えられないし、達也の方が観察眼が鋭いから色々なことに気づけそうだもんね。


「そんなことより、達也なら例え伊織さんの横に並んでも見劣りしないだろうから一緒に行こうよ。プロ用の機材とか見られるんだよ、好きでしょそういうの」


「それは確かに見たいし、使い方とか色々と質問してみたいんだが……誰だよ、その伊織さんって」


「真奈の友達で、モデルさんをやってるんだって。背が高くてクールな美人さんだったよ」


「モデルの横に俺を並べて見劣りしないって、お前の審美眼がポンコツなことはわかった。間違いない」


 僕は本気で言ってるのに、達也はおべっかだと思っているのかジトッとした視線をこちらに向ける。全然フォローにはならないけど『他の子たちも可愛かったよ』って言ったら、達也は『余計に行きづらいわ』と言ってガックリと肩を落とした。


「でもその中に入っても引けを取らない真奈をいつも見てるんだから、全然平気だと思うんだけどなぁ」


「そもそもだな、何回も言うが女子の中に男子がひとりってのがハードル高いんだよ。外見がどうこうって話じゃない」


 達也の気持ちはすごくわかるんだけど、そこを曲げてお願いしたい。言っておくけど、僕だってまだ女子に囲まれてるとなんだかいたたまれない気持ちになるんだからね。


 『一緒に行こう』『嫌だ』のやり取りを何回も繰り返して、根負けした達也がしぶしぶ同行することに頷いてくれたので僕としてはすごくありがたい。まだいつ行くのかは全然決まっていないので、日付がわかったら連絡すると約束してその日は別れた。早く連絡来ないかな。一度頷いた約束を達也が反故にするとは思わないけど、でも気が変わることって普通にあるから早い方がいい。


 待ち遠しい気持ちで連絡を待って3日後、ずいぶん急いでくれたのか伊織さんからの連絡が来た。エンジニアさん込みで3時間ほど、格安でレンタルができたとのことですごくありがたい。ついでにメッセージグループに、選曲のことで相談をした。僕だけだったら好きな曲を歌えばそれでいいと思うけど、これだけみんなに協力してもらって動画も撮影してもらうのに再生数が少なかったら申し訳ないよね。


 メジャーなポップソングとか一般人でも知ってるアニソンとか、『聞きたい』と数曲のリクエストをもらったんだけどここから1曲選ぶのも結構難しいよね。


『別に1曲だけ選ばなくてもいいんじゃない、複数の音源を持っていって時間が許す限り録音しようよ』


 僕が悩んでいると、真奈がそんなメッセージを送ってくれた。そっか、3時間もあれば見学以外にも2曲ぐらい録音と撮影ができるかもしれないよね。もらったリクエスト曲のインストゥルメンタル音源の有無を検索しつつ、配信サイトで購入していく。ちなみにインストゥルメンタルとは、歌声の入っていない伴奏のみのトラックのことだ。ちょっと前まではカラオケバージョンとか呼ばれてたみたいだけど、やっぱり英語の方がカッコいいもんね。今ではそういう呼び方が定着している。


 今回は知ってる曲だからいいけど、今後もし知らない曲をリクエストされたらその曲の通常トラックも買って練習しないといけないよね。お小遣い足りるかな、なるべくレンタルCDとか安く済む方法を考えないと破産しちゃいそうだ。


 そんなことをアレコレと考えながら、僕はスマホの音楽アプリを立ち上げた。目を閉じながらイヤホンから流れてくる歌声の音程をしっかりと記憶しながら、歌詞に耳を傾ける。カラオケならその場限りだから多少音程がズレても味になるけど、動画はそのテイクがずっと残るんだから、できる限り完成度を上げておきたい。


 そうやって練習しつつスタジオに行く前日になって、持って行くものを準備していると家のインターホンが鳴った。今日は誰も来る予定がないので荷物でも届いたのかなと思って玄関を開けると、真奈プラス『Baby’s Breath』の面々が笑顔で立っていた。


「ど、どうしたの? スタジオに行くのって明日だったよね?」


 もしかして日付を1日間違えていたのかなと思いつつ真奈に聞くと、『ううん、日付は間違ってないよ』と満面の笑顔で答えた。だとしたら何の用なんだろうと小首を傾げると、伊織さんが音もなく近づいてきて僕を抱きしめるように捕まえた。


「よし、それじゃあおじゃましまーす!」


「優希ちゃんのクローゼット探検開始ー!」


 突然の優しい拘束に目を白黒させていると、小町さんと弥生さんが僕の横をすり抜けて家の中に入っていった。状況がわからなくて真奈と伊織さんに視線を向けると、真奈がいたずらっぽく笑って『おばさんの許可はもらってるから大丈夫だよ』と全然安心できない情報をくれた。


「優希ちゃんの部屋ってどこなの?」


「あ、私が案内するよ」


 奏さんがゆっくりと靴を脱ぎながらそう言うと、まるで自分の家のように真奈が案内を買ってでる。いや、ここは僕の家で真奈の家じゃないから。なんで我が物顔なのかと小一時間問い詰めたい。


 靴を脱いで再び僕を抱え込むように抱きついた伊織さんをくっつけたまま、自分の部屋へと向かう。とりあえず何をしにきたのか説明してほしい、切実に。

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