10――真奈との待ち合わせ


 動画のアップからしばらく経って、真奈から『今日の夕方って会える?』とメッセージが飛んできた。残念ながら今の僕は学校にも通っていないので、1日中ヒマを持て余している。


 『大丈夫だよ』と返事をすると、この間言っていたコスプレ趣味な同級生を紹介してくれるという。『あれって本気だったのか』と思いつつ、なんとなく興味があるので話を聞くだけでも面白そうだと真奈の好意に甘えることにした。


 ちなみに両親との話し合いの結果、学校に通うのは来年の春からということになった。理由としては途中から編入するよりは、学年の最初からの方が馴染みやすいんじゃないかと考えたからだ。あとは僕の所作が女子にしては雑過ぎて他の人の前に出すのが憚られるという、母からのクレームもあったからというのもあるんだけどね。


 2つ目の理由は『通信制なんだから関係ないじゃないか』と思うかもしれないけど、登校しなきゃいけない日が年に何回かあるらしい。その時に他の生徒の前に立って恥ずかしい思いをするよりは、ちょっとでも所作をマシにしてからの方が良いとの母の判断らしい。まぁ僕も変に思われたり悪目立ちしたいわけではないので、入学までにそれなりに女子らしく見えるように頑張りたい。


 昼下がりぐらいまでは部屋でゆっくりと過ごして、それからシャワーを浴びて身支度した後に家を出る。風呂で使うシャンプー類も男だった頃とは全然違うものに変わっているので、なんか自分の体から漂う匂いが全体的に甘い。母も同じものを使っているはずなのに、母からはこんな匂いはしてこないのだからすごく不思議だ。


 それと、外を歩くと他人の視線がこちらに向くのがちょっと気になる。男だった頃は全くそんなことはなくてむしろ空気扱いだったし、女子になった当初はそんなの全然気にならなかったはずなのだ。でも母と真奈に美容院に連れて行かれて、服をちゃんと考えて着るようになった頃からこちらに向く視線が気のせいじゃないレベルで増えた。ちゃんと眉を整えたり美容液で肌のコンディションを整えたり、そういう地道なケアをして少しでも変に思われないようにしているのだけど視線は減らないんだよね。もしもおかしな部分があるのなら、『ここがおかしいよ』と誰か教えに来てくれればいいのに。


 そんなことを考えていると、待ち合わせ場所のバーガーショップに到着した。中に入って店内を見回すけど、まだ真奈たちは到着していないみたいだ。飲み物でも注文して待っていようかなと、席に座る前にカウンターでレモンティを注文する。ドリンクひとつなのにトレイに載せてもらって、外がよく見える窓際のカウンター席に座った。


 足が長くて背が高いカウンターチェアだったから、ちょっとよじ登るみたいな感じになったのが恥ずかしい。男だった頃なら、もっと自然に座れたんだけどね。女になって背が縮んでしまった弊害がこんなところに出てくるなんて、とちょっと悲しくなってくる。決して足が短いのではないので、そこだけは勘違いしないでほしい。


 ストローで冷たいレモンティをチビチビと飲みながら、外を歩く人たちをぼんやりと眺める。放課後の時間帯なので、やっぱり制服姿の学生が多い。真奈はまだ来ないのかなと思っていたら、肩をトントンと優しく叩かれた。『あれ、いつの間に店の中に入ったんだろう?』と思いつつも、待ち合わせしているのは真奈とその友達なんだからすっかり彼女たちだと思ってくるりと振り向く。


「君、一人? よかったら一緒に食べながら話さない? 奢るよ?」


 しかし僕の目に映ったのは、学ランを来た高校生ぐらいの男子3人だった。その内のひとりが代表なのか、笑顔でこちらに話しかけてくる。ただなんか作り笑顔というか、胡散臭さが漂ってくるような雰囲気だったので正直気持ち悪く感じた。後ろのふたりも同じような雰囲気だったので、詐欺でもするつもりなのかとちょっと警戒する。最近ニュースでもよく聞くよね、闇バイトとかそういうの。


「大丈夫です、人と待ち合わせしてるので」


 僕にしては毅然とした態度でそう言ったんだけど、何故か男子高校生はさらに誘いを強めてきた。なんだコイツ、こんな風にしつこくするってキツいノルマでもあるのだろうか。詐欺のノルマってヤバそうだよね、そもそも詐欺自体が犯罪なんだからノルマも法外な数なのかもしれない。


 しばらく押し問答というか自分たちの席に誘う彼らと断る僕というやり取りが続いていたんだけど全然諦めてくれなくて、もう『話だけでも聞いて、それから断るしかないかも』なんていう考えが浮かび始めた時に、彼らの背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「うちの妹に何か用? 待ち合わせしてるんだけど」


 いつもより低くてぶっきらぼうな喋り方だったけど、間違いなく真奈だった。『救いの神!』とばかりに視線を向けて、その光景に思わず固まってしまう。何故なら真奈の連れてきた女子高生たちが、あまりにも美人率が高かったからだ。特にそのうちのひとりは身長が170cmを超えるぐらいの高さで、モデルの世界でも活躍できるんじゃないかと思うぐらい顔の造形が整っている。


 しかも腰の位置が高くて、足もスラーッと長かった。もちろん他の子たちがブサイクというわけではなく、その美人さん以外の3人も十分美少女と呼べる容姿をしている。ただ5人の中で背が抜きん出て高い彼女が、容姿でも頭ひとつ抜けているというだけで。というか真奈もこの中に入っても全然見劣りしていなくて、改めて僕の幼なじみが可愛い事実を知ることになった。子どもの頃からずっと一緒にいるから、見慣れてしまったのかもしれない。


 僕にしつこく絡んでいた男子高校生たちは、女子とはいえ5人に批判的な視線を向けられてさすがにこれ以上の勧誘は無理だと考えたのか、足早にこの場から立ち去っていった。詐欺とか変なバイトはこれを機に辞めた方がいいよ、とその後姿を見ながら心の中で忠告しておいた。


「ごめん真奈ちゃん、ありがとう。なんかしつこく話しかけてきて、すごく困ってたんだ」


「ううん、優ちゃんは可愛いんだから。ああいうナンパには気をつけないとダメだよ」


 よそ行きな感じで真奈にお礼を言うと、彼女が訳のわからない注意をしてきたので思わず首を傾げる。『彼らはナンパじゃなくて、何かの詐欺か勧誘で声を掛けてきたんだよ』と本当のことを話したら、何が面白かったのか真奈も含めた女子高生5人が一斉に笑いはじめる。ギャルっぽい子がお腹を押さえながらしゃがむようにして思いっきり笑っていて、何がそんなに面白いのかとちょっとだけムッとしてしまった。


「……この子面白い、さすが真奈の妹。姉と同じですごく天然」


「妹じゃなくて妹みたいな幼なじみだってば。まぁ、本当の妹みたいには思ってるけど」


 さっきの一番美人な子が真奈に笑いながら言うと、天然とからかわれて怒ったのか真奈が憮然とそう答える。なんだその言い訳。幼なじみの一言でいいのに、なんだかすごくややこしい説明になっている。


「でも真奈が自慢するだけあって、ものすごく可愛い。私じゃ似合わないコスプレ、いっぱいさせたい」


「こらこら、急ぎすぎ。怖がらせて逃げられたらどうするのよ」


「アタシとしてはメイクしたいなぁ。このままでも十分かわいいけど、この子は化粧映えすると思う」


 4人の女子高生に取り囲まれて、ほっぺをムニュムニュとされたりギューッと抱きしめられたりで目が回りそうだ。すぐに助けてくれればいいのに僕が戸惑っている姿をしばらく眺めたあと、真奈がようやく自分の方に僕の手を引いて女子高生包囲網から助け出してくれた。きっと僕がアワアワ慌てていたのを楽しんでいたんだろう、性格の悪い幼なじみである。


 とりあえず隣り合った4人掛けのテーブルをふたつ確保して、真奈たちがカウンターに注文しに行くのを見送った。その間はひとりで席を取られないように留守番だ。

 真奈たちが商品を持って戻ってきて席につくのを待って、ようやく今日の本題に入る。


「あ、優ちゃん。ポテト買ってきたから、もしお腹すいたら食べてね」


 真奈がトレイの上にザザーッとポテトを広げて、僕に勧めてきた。女子になってから胃が前より小さくなったからか、夕食が入らなくなりそう。だから飲み物だけの注文にしたのに、と思いつつ……でもせっかくの気遣いだしと、『ありがとう』とお礼を言ってポテトを一本摘んで口に運んだ。

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