09――動画の評価

「うーん、投稿者が女子だとこうなるんだな」


 達也がモニターを見た後で、腕を組みながら呻くように言った。駅前から僕の家に戻ってきて、さっそくアップロードが終わっていた僕の歌ってみた動画を開いてみたのだ。


 すると再生数は100回ほどで、コメントは20個ぐらい書き込まれていた。最初はそんなにたくさん感想を書いてくれたのかと嬉しかったんだけど、内容を見てげんなりしてしまった。


「でも、これとか優ちゃんの声が可愛いって書いてくれてるよ」


 真奈がコメント欄を指差しながら言ったように、僕の歌について感想を書いてくれているものも3コメントぐらいはあった。でもそれ以外はなんというか、年齢やどこに住んでいるのかとか顔を見せろとか、セクハラじみたものや女子との出会いを期待したようなものだった。達也が言うには、こういう人たちのことを直結厨と呼ぶらしい。


「ああ、なるほど。この手のコメントは同じヤツが書いてるのか」


 にっこり動画には攻撃的だったり性的だったりするコメントやそれを投稿したユーザーを、NG登録して表示させないようにできる機能があるらしい。達也がその操作をしたところ、直結厨らしきコメントが全部消えたそうだ。投稿されたコメントのひとつをユーザーIDをNG登録して、それによってそういう類のコメントが全部消えたのだから、その結果から同一人物が投稿した証拠になると達也が説明してくれた。


 インターネット界隈は匿名性が高いせいで、普段の生活では絶対しないような発言をしてみたり他人に対して攻撃的な行動を取ったりする人は多い。ただ匿名性が絶対に担保されているわけではなくて、被害に遭った人が開示請求というものをすればどこの誰がそのコメントを書いたのかがわかるようになっているらしい。


 ズルい方法かもしれないけど、達也が自分のアカウントでログインし直して僕の動画を宣伝してくれた。さらにタイトルや説明文を見直して、もっと人目につくようなものに変更してみた。まだ初日だし、これから見てもらえることを期待してこの日は解散した。それから1週間ほど経ったけど、結局再生数は1500回程度で伸びなくなり、コメントもセクハラコメントが多くてちゃんとした感想コメントは30個ぐらいだけしかなかった。


 それでも初めてもらった感想は優しくて、下手とか歌うのを辞めろとかそういうのはなかった。再生数が伸びない理由を説明してくれている人もいたんだけど、その人曰く曲名とアニメタイトルだけが延々と映っている動画はなかなか再生しようと思ってもらえないらしい。

 言われてみて『なるほど』と思ったけど、確かにそんな寂しいサムネイルをクリックする気にはなれないよね。


 『どんな子が歌っているのか見てみたい』というコメントはいくつかあって、やっぱり歌っている姿が映っている方がいろんな人に見てもらえるのだろうか。達也と真奈にメッセージアプリで相談してみたら、ものすごい勢いでふたりに止められた。


 タツヤ:お前、今の自分の外見のこと忘れてるのか! ストーカーされるぞマジで


 マナ:ダメだよ、優ちゃんはかわいいんだから攫われたらどうするの!


 確かに今の僕は女の子ではあるけど、でも全然知らない人がそんな風に犯罪に走ってまでどうこうしたいっていうほどの魅力はないと思う。達也も真奈も身内びいきみたいな感じで言っているんだろうね、心配してもらえるのはすごく嬉しいけども。


 それに女の子の僕って急に自然発生した世界のバグみたいなもので、現時点で僕が男だったことなんかの詳しい事情は病院の人を除けば、家族とふたりしか知らないんだよね。つまり動画を見た人が僕を見て誰なのか調べようとしても多分その情報までたどり着けない可能性の方が高いだろうから、ストーカーになりたくてもなれないのではないだろうか。


 尾行されたりしたらヤバいかもしれないけど、街で見掛けた女子が自分が見た動画に出てる子だとわかったからって『あいつがどこの誰なのか調べてやる』とはならないんじゃないかな。僕がそう言うと、ふたりは『犯罪者の思考は一般人には理解できないんだから』とか『そういう考えになるのが変態さんなんだよ』と反論してくる。

 実際にあった事件として、かわいい女の子の瞳に映った景色を解析して自宅を突き止めた例もあると達也が教えてくれて、ちょっと背筋がゾッとなった。

 僕はかなり甘く考えていたのかもしれない、世の中にはそういう技術を持った変態とか愉快犯で他人の素性を暴きたい人もいるんだと達也と真奈が教えてくれた。


その後3人で話し合った結果、パッと見てどこだかわからない場所で僕だとわからない格好ならば歌う姿を動画に映しても大丈夫なのではないかという結論に至った。


 タツヤ:でもただ服を着替えただけじゃ、顔でバレるんじゃないか?


 ユウキ:じゃあ、メガネ掛けたり帽子かぶる?


 マナ:……コスプレとかどうかな? その歌う曲にちなんだ衣装を着るとか


 僕と達也は結構真剣に話し合っていたのに、真奈が急に突拍子もないことを言い出した。コスプレってあれでしょ、確かアニメの登場人物になりきって仮装するんだよね。


 マナ:学校にコスプレをやってる友達がいるんだけど、前に写真を見せてもらったら見た目が普段と全然違ってその子たちだってわからなくてね。髪の色とか髪型もカツラで普段の優ちゃんとは違うものになるし、メイクもするから多分身バレはしないんじゃないかな。


 なるほど、身近にコスプレ趣味の友達がいるのか。実際に写真を見せてもらって、普段の友達の姿とコスプレ姿が同一人物に見えないなら、ふたりが心配しているストーカーへの対策としてはいいのではないだろうか。ただアニメの衣装ってミニスカートとか露出が多い服とかが多いよね、そういうのを着るのはまだ多少抵抗感がある。


 それを伝えると、真奈は『優ちゃんはかわいいから大丈夫だよ』と何の根拠もなく断言された。これはもう何を言ってもゴリ押しされて、コスプレさせられるパターンだな。つまり抵抗しても無駄だということだ、長い付き合いだからわかる。


 そうは言っても僕はコスプレ経験なしだし、達也は言わずもがな知識はなく真奈もその友達数人に誘われたことはあるけど断ったらしい。真奈の友達はチームでコスプレをしているそうで、モデル担当・衣装担当・小物担当・ダンス担当みたいに役割を分担しているんだって。もちろんやりたいコスプレがあれば、個人でもやる感じらしいけど。


 『今度会ってみる?』と言われたので、話を聞くだけでもいいかと思って紹介してもらうことにした。もちろん真奈も付き添ってくれるらしい。達也は同い年の女子高生に会うのが気恥ずかしいみたいで、真奈に誘われていたけどバッサリと断っていた。真奈的にも本気で誘ったわけじゃなくて、どうやらからかってみた感じだったけどね。相変わらず仲良しだなぁ、ふたりとも。

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