11――自己紹介
「じゃあ、改めまして」
コホン、と小さく咳払いしてから真奈がそう言った。思い思いに話していた真奈の友達が、ピタリと話を止めてこちらに向き直る。
クラスの上位カーストっぽい4人を操っている裏ボスみたいな謎の貫禄を見せている真奈に、僕もちょっと居住まいを正した。
「この子が私のかわいい優ちゃんです。優ちゃん、自己紹介して」
「えっと、優希です。よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げると、何やら優しげな視線が注がれてるのを感じる。頭を上げるとやっぱりみんな優しい表情、初対面なのになんでそんな視線や表情を向けられるのかと思わず困惑する。
「優ちゃんって今13歳だっけ」
「もう14歳になったよ」
ちょっと棒読みな感じで言う真奈に、僕はちょっとだけムッとしたような演技で答えた。実はこの会話は、事前に真奈と打ち合わせしていたやり取りだったりする。男子高校生が女子中学生ぐらいの少女になったという摩訶不思議な話よりも、実際に見た目相応な女子中学生になりすました方が信憑性があるだろうという達也の提案だった。
なんだか彼女たちを騙しているようで申し訳ないのだが、事実を話したところで信じてもらえる可能性なんて限りなくゼロに近いだろう。真奈や達也、それに両親が信じてくれたのは一重に長い年月の積み重ねがあったからだと思う。それを今日会ったばかりの女子高生たちに求めるのは酷だ。
そんなわけで、僕はコスプレの話を聞きに来た女子中学生ということになっている。
「真奈から聞いてるよ、事情があってあんまり学校に通えてないんだよね?」
「アタシたちでいいなら、勉強とかも教えるから言ってね。こんな外見だけど、それなりに成績はいいんだから」
んん? なにやら知らない設定が追加されているのだが。と思ったら、こっそりと笑いながらこちらを見ている真奈が見える。多分彼女たちが僕に接しやすくなるように、構う理由を作ってくれたのかもしれない。いや、もちろん女子高生に囲まれてアワアワと慌てている僕を、ただからかいたいだけなのかもしれないけども。
「みんな、優ちゃんが困ってるから一旦ストップ。まずは自己紹介してあげてね」
「ああ、そうだよね。名前もわからない人に言われても、優希ちゃんも困っちゃうか」
『ごめんねー』と苦笑しながら、4人がそれぞれ謝ってくれた。いやいや、優しくしてもらってるのにむしろこちらがうまく対応できなくてごめんって感じで恐縮してしまう。
「じゃあ、まずあたしからね。衣装のメイン担当をやってる小町でーす。今度優希ちゃんの服を選ばせてほしいな、着せ替えしたい」
まるでミルクティの色みたいな髪を左右でお下げにしている、コスプレ衣装を作るのが趣味の小町さんが自己紹介してくれた。コスプレ以外にも自分でデザインして型紙を起こして、生地を買ってきて私服を作るらしい。お母さんの趣味がハンドクラフトで、小さな頃から仕込まれていたらしい。ちなみに僕も知らなかったんだけど、ハンドクラフトとは文字通り手芸のことなんだそうだ。
『よろしくお願いします』と頭を下げたら、小町さんの隣に座っている人が手を挙げた。肩ぐらいまでの髪色は茶髪だけど、小町さんに比べたらそんなに派手ではない。でも耳に掛かった髪をかき上げる時に見えた、内側の髪がピンク色だったのでちょっとびっくりした。こういうのをインナーカラーというらしい。
「次はアタシ―、小町の幼なじみの弥生だよ。メイク担当と、あとはアタシも小町ママから裁縫の基本を子どもの頃から教えてもらってたから。衣装作りのヘルプもやってるの」
弥生さんのご両親は仕事人間で母親の友達である小町さんのお母さんに、ほぼずっと預けっぱなしだったらしい。だから幼なじみというよりも姉妹に近い関係だそうで、小町さんといっしょに習っていたので裁縫も同じぐらいできるらしい。ただ中学生ぐらいからメイク方面に興味が出て、そっちに自分の時間を全振りしたんだって。
「ダンス担当の奏です。ダンスって体全体を使うから、腹筋も鍛えられるよ。一緒にダンスしよう!」
次に自己紹介したのは黒髪をポニーテールにしている、ちょっと押しの強い感じの人だった。確かに服の上からでも鍛えてるんだろうなと素人の僕でもわかるぐらいで体幹もしっかりしている気がする。背筋がシャンと伸びていて、座っているだけなのになんだかかっこいい。僕が触れてもいいのかという躊躇はあったけど、彼女が触ってもいいと言ってくれたので腹筋をシャツの上から触らせてもらった。割れてるのが感触だけでもわかるって、鍛えてるってレベルを超えてるんじゃないだろうか。男だった時も腹筋なんてまったく割れてなかったんだけど、ダンスを頑張ったら僕もこんな風になれるのかな、そんなの全然想像もできないけど。
ところでなんでコスプレチームにダンス担当がいるのかと言うと、にっこり動画なんかにも『踊ってみた』というジャンルがあるらしい。そのカテゴリでコスプレをして踊っている動画をアップしたりしているそうで、振付けを担当したりダンスの指導をしているんだって。アニメのオープニングやエンディングでキャラクターが踊っている作品がここ数年で増えてきたような気がするけど、ダンスシーンだけで構成されているわけではないもんね。その空白の部分に前後の振付けに自然に繋がる動きを考案して、それがうまくできた時のものすごい快感と達成感があるとか。それを一度体感したらやめられなくなると奏さんは言った。
「……私は伊織。よろしくね、優希ちゃん」
そしてこの中で一番背の高い女子が、最後に短く自己紹介した。なんだろう、なにか怒らせるようなことをしてしまっただろうか。もしも用事があったのに無理やり真奈が連れてきたとかなら申し訳ないなと思っていたのだけど、弥生さんたちの説明を聞く限りそんなことはないらしい。知らない人間と関わるのがあんまり得意じゃないのかなと思っていたら、真奈が苦笑しながら伊織さんに言った。
「いおりん、別に我慢しなくても大丈夫だって。優ちゃんになら、いおりんの本性を見せても平気だから」
「でも、嫌われたら……」
「ならないって、ねぇ優ちゃん」
真奈と伊織さんの不思議な会話を小首を傾げながら聞いていたのだが、不意に話を振られたので反射的に頷いてしまった。それを見て伊織さんも『ホント……?』と不安気にこちらを見たので、とりあえずこくりと頷いておいた。なんだろう、もしかしたら古傷とかがあるのかな? まぁ別にそんなのがあったって、それが原因で気持ち悪いとか嫌いだとかは思わないけど。
伊織さんは何故か席から立つと、僕が座っている長椅子の隣まで来てゆっくりと座った。何故かジーッと僕の顔を見つめてから、伊織さんは躊躇いがちに口を開いた。
「あの、ギューってしてもいい?」
ギューっていうのは、もしかして『抱きしめてもいいか』と聞かれているのだろうか。さっき小町さんに抱きしめられたから今さらだし、むしろ『元男子高校生だけど、そっちこそ大丈夫?』って聞きたくなるぐらいだ。でもそんなことは言えないしね。困って真奈の顔を見ると、アイツはにこーって笑って親指をグッと立てた。無責任にも程があるが、とりあえず通報とかはされないっぽいので伊織さんに向き直ってこくりと頷く。
恐る恐るという様子がピッタリな感じで、伊織さんは僕に両手を伸ばしてから胸に抱え込むように抱きしめた。うわ、柔らかい。それにいい匂いもする。僕がそんな感想を抱いた瞬間、頭の上から猫のお腹の匂いを吸う飼い主みたいに僕の頭に鼻をくっつけた伊織さんの呼吸音が聞こえてきた。
ものすごい美少女が自分の匂いを嗅いでるとか、ちょっと非日常な出来事過ぎて混乱しちゃうよね。
「かわいい、ちっちゃい、いい匂いだよぉ……」
さっきまでのクールな無口キャラはどこに行ったのか。伊織さんは泣いてるのか声を震わせながらそう呟いて、まるでお気に入りのぬいぐるみを扱うように僕の頭を撫でたり背中を優しく叩いたりしている。女子のコミュニケーションって案外触れ合い過多なんだね、男だと相手の体に触るとかほとんどないから全然慣れない。
「真奈、連れて帰ってもいい?」
「ダメだよ、優ちゃんは私のものなんだから」
いや、真奈のものでもないよ。っていうか物扱いに文句を言うべきだろうか。何故かこの会話で伊織さんのテンションが落ち着いたので、色々と聞いてみた。ただ落ち着いたとはいえ、隣にいたまま急に手を繋いできたり頭を撫でてきたり。なんだろう、懐かない猫が飼い主にちょっかいを出しているような、そんな雰囲気がある。
伊織さんはモデルさんをしているらしく、ポーズとかモデルとしての所作がとても上手いんだって。元々モデルのスカウトもこのチームでコスプレをしていて、SNSに公開されていた写真や動画を見て声が掛かったんだとか。もちろん伊織さんの容姿が整っているのも大きな理由だけど、小町さんたちの仕事が伊織さんを輝かせていたからこその結果なのだろう。
早速僕の動画をみんなに観てもらって、アドバイスをしてもらった。歌はすごく上手だけど上手い下手は再生数にはそこまで直結しないんだって。ネットで動画を観てる層ってラジオみたいに流し聞きする人たちよりも、動画のメインである視覚情報を楽しみたい人が多いそうだ。僕はよく知らないんだけど、そういう理由から絵が動いたり表情が変わるVTuberみたいなジャンルの人たちが人気を博しているらしい。
コスプレした僕が歌っている動画を流す案については、多分再生数は跳ね上がるんじゃないかと教えてもらった。でもコスプレ衣装って作るのにも時間がかかるし、歌う曲と同じ着数を用意しようと思えばお金がたくさん掛かるらしい。オーダーメイドするより既製品を買った方が安上がりだけど、それだって学生のおサイフにはダメージは大きいんだとか。
「要は普段の優希ちゃんと動画の優希ちゃんが結びつかなければいいんでしょ? それなら服装以外にもメイクとか髪型とかで、カモフラできると思うよ」
見目のいい彼女たちは動画を作る前からストーカーとかつきまといの被害を受けたことも枚挙にいとまがないそうで、小町さんと弥生さんの髪色は男避けの意味もあるそうだ。
名門のお嬢様学校に通っている割に派手だなと思ったんだけど、付きまとっていた男が学校にまで押しかけて迷惑を掛けたことがあったらしい。そういう経緯から学校からもふたりの髪色には許可が出ているから問題はないんだとか。
というか今更だけど、彼女たちには何にも得はないのに手伝ってもらってもいいのだろうか。そう思っていたら、報酬は僕をワチャワチャと可愛らしく着飾らせることで十分だと言う。女子って不思議だなぁ。
そんなわけで、真奈からの紹介でコスプレチーム『Baby’s Breath』のみなさんに手伝ってもらえることになった。ちなみに『Baby’s Breath』とはかすみ草の英名なんだって、女の子らしいしオシャレでいいね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます