07――達也に相談
「また変なことを思いついたな」
達也の家に行くと、おばさんが出てきてくれた。真奈の顔を見て懐かしげに『久しぶりねぇ』なんて言っていたが、次に僕の顔を見て『誰かしら?』みたいな訝しげな表情を浮かべた。
どうやら達也は僕のことを家族にも内緒にしてくれたようだ。真奈が『親戚の子なんです』と言うと、おばさんは納得したように頷いて僕にも挨拶してくれた。正直子どもの頃からお世話になっているおばさん相手だから、初対面のふりがちょっとぎこちなかったかもしれないけどまぁ大丈夫だろう。
達也がおばさんに呼ばれて玄関に現れて、僕と真奈がふたり揃っているのを見るとすぐに自分の部屋へと案内してくれた。まぁ勝手知ったる幼なじみの家なんだけど、真奈の親戚を騙っている僕がスイスイと上がり込むわけにもいかないからね。
部屋に入ると昔と間取りは全然変わっていないけど、色々と物が増えて雑多な感じになっていた。パソコンとかスマホとかモニターとか、そういう俗にガジェットと呼ばれる物が多いような気がする。
おばさんが飲み物とお菓子を持ってきてくれて部屋から離れるのを確認してから、真奈が主体となってさっき言っていた僕の歌動画の件を達也に説明した。そして冒頭のセリフに繋がるわけなんだけど、達也はため息をつきながらおばさんが持ってきてくれたアイスコーヒーを一口飲んだ。
「俺も一応こういうスマホの紹介とかパソコンの修理をする配信はしているが、歌となると専門外だぞ。動画は作れるが、正直クオリティは下がると思う」
「作れるだけでもすごいよ。私と優ちゃんのふたりだと、まずは作り方から調べないといけないし」
僕が言おうとしたことを、それより早く真奈が言ってくれた。その言葉に嘘はなくて、僕なんかは本当に何をしたらいいのかちんぷんかんぷんだからね。真奈は友達とショート動画とかいうのは撮ったことがあるらしいので、この中だと僕が圧倒的に知識も技術もない状態だ。
『とりあえず整理するか』と達也は起動していたパソコンをいじって、メモ帳を起動した。それからキーボードに素早く指を走らせて、いくつかの項目を書いた。
「まず、どんな動画を作りたいかだが……」
「優ちゃんの歌をみんなに聞いてもらいたいの」
真奈が達也の言葉に対して食い気味に言うのを聞いて、嬉しいやら恥ずかしいやらちょっと顔が熱くなった。ここまで応援してくれるのは嬉しいけど、まだ自分の歌を見知らぬ誰かへ届けるような価値があるのかという不安がある。なんというかマイナスコメントとかがいっぱい来て、勘違い野郎と思われる未来をなんとなく想像してしまう。
それをちょっと戸惑いながら辿々しく言うと、達也は普段はあんまり見せない優しい笑顔を浮かべた。これまでも僕が何かにつけ前に進むことを躊躇している時に、達也はいつもこんな顔をして背中を押してくれていたような気がする。
カタカタと『歌ってみた動画』と達也がメモ帳に記入する。ネットを見ているとたまに目にする単語だけど、あれって言葉そのままで『素人が歌を歌ってみた動画』って意味だったんだね。
「優希は顔は出さない方がいいんだよな?」
一応の確認という雰囲気で、達也が僕に聞いた。もしも僕が動画に出たとして、それを観た人が街で偶然僕を見つけた際にからかわれたり貶されたりしたら嫌だ。それにいないとは思うけど、物好きなストーカーとかがいたら怖いじゃん。そういう人がいないならいいんだけど、現状だとわからないので顔は出さない方向にしようとひとまず頷くと、達也はメモ帳に『顔出しNG』と追記する。
「
「へー、そうなんだね」
達也の解説に真奈が感心の声を上げる。にっこり動画からi-Tubeの方に住人が移動しているらしくて、ユーザーが減っているというのも狙い目だと言う。
「なんで狙い目なの? 動画を見てもらえないなら、投稿する意味あるのかな……」
「人が少なくなっているってことは、運営だって血眼になって動画を削除しないだろう。露骨な性描写とか暴力描写があるなら即削除だろうけど、ちょっとした著作権の侵害とかなら見逃してくれるかもしれない」
別に法律違反をするつもりはないけど、もし知らずにそういう権利を侵害してしまった場合にお目溢しがあるかもしれないということなのかな。
実際に著作権を侵害しているであろう動画が、10年ぐらい生き残っているパターンもあるらしい。真奈の質問に答えた達也が、付け加えるように教えてくれた。結局のところ削除係の人に見つかるかどうかが鍵ってことなんだろうね。たくさんある動画の中から違反動画を見つけるのって、砂漠の砂の中から砂金を探すような感じで大変だろうなぁとちょっと同情してしまう。
とりあえず試しにやってみようということに決まったのだけど、歌を録音する機材の準備が整っていないので後日にしてほしいんだって。普通にマイクと音楽があれば問題ないんじゃないかなと思ったんだけど、どうせやるならきっちり準備したいという達也の主張が通った形だ。そう言えば達也って凝り性だし、自分がやらない分野のことも技術的な勉強になるならと調べたり試したりする性格だったなぁ。
僕は毎日が日曜日状態なので、真奈と達也の予定が合う日に録音してもらうことにした。今週の日曜日、場所は大きな音が出ても大丈夫なように僕の部屋でやるんだって。機材は当日一気に運ぶと何往復かしないといけないので、その日までに達也が少しずつ運んできてくれるらしい。さすがに申し訳ないので僕も手伝うことを申し出たのだけど、女子になった僕だとそんなに荷物も持てないし逆に達也がハラハラするから家で待っていてくれとのこと。仕方がないので自分の部屋で応援だけしよう。
日が暮れて薄暗くなってきたので、達也が僕と真奈を送ってくれた。僕はひとりで大丈夫だって言ったんだけど、ふたりに猛反対されて真っ先に我が家に送り届けられてしまった。真奈と達也がこちらに手を振りながらふたりで並んで歩いていくのを、僕も手を振り返してその背中を見えなくなるまで見送る。それから家の中に入ると、母が帰宅していて夕食の準備をしていた。
「おかえりなさい、達也くんのところに行ってたのね」
「ただいま。うん、真奈といっしょにね」
母と挨拶を交わしてから手洗いうがいをして、夕食になったら呼んでほしいと母にお願いしてから自室に戻ることにした。僕としても達也に任せっきりなのはなんとなく申し訳ないので、自分なりに事前知識を頭に入れておこうと思ったのだ。動画サイトのこととか、そのサイトの規則のこととか。
にっこり動画にアクセスして達也から聞いた『歌ってみた』というキーワードで検索してみると、確かにいろんな人が好きな曲をカバーして歌っていた。試しに一曲聞いてみると、女の子の歌声が聞こえてくる。こういうサイトにアップするだけあって、結構上手だった。
そう言えば前にネットサーフィンしている時に、こういう動画を見かけたことがあるような気がする。ただ声変わりした後だったので、歌にはできる限り触れない生活をしていたから音楽が流れ出したところですぐにウィンドウを閉じたんだっけ。
Jポップの他にもアニメソングを歌っている人なんかもいて、その動画にはアニメのオープニング映像や本編映像を切り取って繋いだ感じの動画が歌の後ろで再生されていて、達也が言っていた規則が緩いという意味をなんとなく理解した。普通はこんな風に勝手に公式映像を転載したら、著作権を侵害したとかでめちゃくちゃ怒られそうだけど。動画がこうして無事に残っているということは、削除が追いついていないのか多少はお目溢しがあるのかもしれない。
夕食の時間だと母が呼びに来るまで、僕は時間が許すかぎり動画をいくつか視聴した。歌が上手な人もいれば、普通レベルだったりちょっと音程がハズレている人もいる。多分だけどあんまり歌の上手い下手は関係ないんだろうね、歌を聞いてもらいたいって気持ちが大事なのかも。
真奈に言われたからというのもあるけど、僕もいろんな人に自分の歌を聞いてもらいたいという願望が強くなってくる。もしかしたら『下手だ、消せ』って悪口を言われるかもしれないけど、こうして色々な人が先に自分の歌をアップロードしているんだから、なんだか気が楽になった。やれるだけやってみよう。前向きな気分になると、録音をする日曜日が楽しみになってきた。
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