03――両親への打ち明け話
「ただいまー」
いつも通りに帰宅の挨拶をして中に入ろうとすると、声がいつもの僕じゃなかったからか珍しく母が訝しげな表情で玄関までやってきた。僕の姿を見て首を傾げた後、隣に立っている達也の姿を見てちょっとだけホッとした様子で表情が緩む。達也が言ったみたいに、どうやら母は今の姿では僕を自分の息子だと判別できなかったようだ。
ただこの場には子どもの頃から知っている達也がいるため、母は落ち着きを取り戻したのだろう。もしかしたら達也が友達を連れて僕に会いに来たと考えたのかもしれないけど、そしたらさっきの僕の『ただいま』はかなりおかしい行動になる。でもそんなことに気づかない現在の母は、かなり動揺しているのだろう。
「おばさん、お久しぶりです。おじさんはもう帰宅されてますか?」
「え、ええ……帰ってきてるけど」
「ちょっと大事な話があって、お邪魔しても大丈夫ですか?」
「う、うん。上がってもらうのは別にいいんだけど……」
そこまで言って、母の視線が僕に向けられる。そりゃあこんな髪ボサボサでサイズも合ってない服を着ている人間、しかも見知らぬ相手を家に上げるのは抵抗があるよね。それでも『どうぞ』と言った母はお人好しだなぁと、僕はちょっとだけ我が家の防犯が心配になった。まぁ今回は達也がいたから、心理的なハードルが下がっての行動だと思うけどね。
「ただ優希は今出かけてるみたいでいないんだけど、それでも大丈夫かしら?」
「ええ、優希が不在だというのはわかってます」
「それなのに達也くんが私と主人に話があるの? 何の話か全然想像もつかないわ」
そんな風に軽く探りを入れられながら、短い廊下を歩いてリビングへ。僕のことに一切言及しない限り、母としては僕のことを見ないふりしてやり過ごそうとしてるんだろうな。
ソファーに座ってテレビを視聴していた父が、ドアが開いた音でこちらに気づいて視線を向けてくる。達也を見て親しげに表情を緩めて、次に僕に視線が移って母と同じように『誰だろう?』と疑問を抱いたのがその表情でわかった。
「おお、久しぶりだね達也くん。それとお隣は……どなたかな?」
「なんかね、達也くんが私たちに話があるんですって」
母が父の隣に座りながら対面のソファーに座るように促しつつ、僕と達也の用件を父に伝えた。それを聞いた父は冗談めかして『隣の子とお付き合いを始めるのかい? その報告は俺達よりもご両親に先にしなくちゃダメだぞ』と言ったが、達也に『いいえ、そういう話ではないんです』と返されてますますわからないという表情を浮かべた。
そのまましばらく誰も話さず沈黙がリビングを支配していたけど、肘でツンツンと達也に促されて僕が意を決して口を開いた。
「あの僕、優希なんだ……っ」
僕は結構覚悟して告白したんだけど、両親は『この子は何を言ってるのか』と言いたそうな表情でこちらを見ていた。
「達也くん、これは……オレオレ詐欺かなにか?」
「おばさん、俺ってそんなをする人間だと思われてるんですか? 親友のご両親に、そんなことしませんよ」
母のちょっと天然っぽい言葉に、達也が苦笑しながら手を横に振った。なんだろう。すんなり信じてもらえるとは思ってなかったけど、こうもわかってもらえないのは結構ショックだ。
「ほら、優希。また前髪で顔がちょっと隠れてるから、かき上げておばさん達に見せてみろよ」
「……うん」
言われるがままいつの間にか垂れてきていた前髪を右手で掻き上げて、そのまま抑えつつ顔を両親に見せる。父は『んー?』とか唸りながらも目を泳がせていたが、鏡で見た感じ元の僕と似ている部分を探すのが本人である僕ですら難しいのが現在の顔立ちだ。そうなってしまうのも無理はない。
それにちゃんと正面から顔を合わせて父を見ながら会話をしたのなんて、高校受験の合格報告の時が最後だったと思う。だから父が最近の僕の顔を覚えていなくても、ある意味仕方がないんじゃないかな。
でも母とは普段の生活での色々と細かな連絡とか相談をしていたこともあって、よく顔を合わせていたのでもしかしたら引っかかりを覚えてくれるのではと楽観視していた。でも母はそんな僕の期待に反してじっくりと僕の顔を見てから、首を小さく捻る。
「一瞬うちの息子の面影があるかもと思ったけど、優希はこんなに可愛らしくないわよ。小さなころは女の子っぽい顔だったけど、高校に入ってからそれなりに男臭い感じになってきたんだから」
それに背も優希に比べると大分低いわよね、と母はズバズバと相違点を指摘してくる。カラオケに行く前に軽い感じで『両親なら多分わかってくれるだろう』って、簡単に考えていた自分をぶん殴ってやりたいな。多分失くした声を取り戻して、ものすごいハイになってたんだろうけど。もうちょっとしっかりと後のことを考えるべきだった。身ひとつしかない状態での自分自身の証明ってこんなに難しいのか、達也も真奈もよく信じてくれたものだ。
「わかりました。『もしかしたらそうかもしれない』と思ってもらった方がこの先の話もすんなり進みそうだったんですが、ちょっとピンと来てないみたいなのでまず事情を説明します」
そう両親に言った達也が、『ほら』と僕に昨日からのことを話すように促した。このままわかってもらえなかったらどうしよう、そんな恐怖に押し流されないようにコクリとツバを飲み込んでから意を決して話し始める。とは言っても、ネットサーフィンをしていたら変なホームページに『願いが叶う石』をくれると書かれていて、普通ならそんな話は無視するけどその時の僕はなんかおかしくて個人情報を書き込んでしまったこと。そして眠りについて起きたら、もうこの姿だったこと。
キーボードを叩きながら、声変わりする前の自分の声に戻してほしいと願ったこと。話せるのはこのみっつだけなんだけどね。
つっかえながら説明していると、母がいつの間にか目を閉じていた。そんな風に眠くなる退屈な話をしたつもりはないんだけど、そういうリアクションをされると結構ショックだ。
『母さん、どう思う?』と不信感をアリアリと顔に浮かべながら話を振ろうとした父が、目を閉じたままの母に『は、話の途中で寝るとかお前、それはあんまりなんじゃないか?』と声を上げた。その声がうるさかったのか、母が目をゆっくりと開ける。
「失礼ね、寝てなんていないわよ。それよりあなたは気付かなかった?」
「気付くって、何に?」
きょとんとした表情ですぐに聞き返した父に呆れたような深いため息をつくと、母はさっきまでとは打って変わった優しい笑顔を浮かべて僕を見ていた。
「この子の声ね、確かに声変わりする前の優希にそっくりなのよ。そう思ってからちゃんと顔を見たら、優希の面影を見つけることができた。つまり達也くんが言うように、あなたはうちの息子の優希なのよね?」
信じてもらえたとわかって、僕の意思とは関係なく目の奥ががものすごく熱くなって涙がボロボロと溢れ出した。よかった、信じてもらえて本当によかった! 僕は本当に簡単に考えていて、両親の態度を実際に見たらすごく怖くてもうダメだと思っていたんだ。思わず立ち上がって対面の母にしがみつくように抱きついた。
「髪も伸びちゃってるし、服も全然サイズが合ってないじゃない。明日は病院に行って、その後はお買い物をして必要な物を用意しなくちゃね」
僕が声を上げて泣いているのを宥めながら、母はしっかりと僕の体をチェックしたようだ。泣き止んだ後は胸に長めのネックタオルを巻いていたことを叱られて、涙でぐちゃぐちゃになった顔をお湯で湿らせたタオルで軽く拭われた。僕と母がそんな風に触れ合っている間、父が自分もその輪に入ろうとして躊躇して止めてを繰り返していたそうなんだけど、僕は全然気付かなかった。見ていた達也曰く『急に息子が娘になって、どう接したらわからなかったのでは?』とのことだ。
「達也くん、一緒に来てくれてありがとうね。この子、多分ものすごく簡単に考えていたんじゃない?」
「そう、ですね。話を聞いてこのままだとおばさん達との関係が決定的に拗れてしまうんじゃないかと思って、お節介を焼いてしまいました」
「全然お節介なんかじゃないわ。もし優希がひとりで帰ってきていたら、きっと話もちゃんと聞かずに追い返していたと思うもの」
もし母がそうしていたら、僕は今頃どうなっていたんだろう。それを想像すると、ゾゾッと背中が寒くなる。本当に達也には感謝しかない。今度彼に困り事が出来たら、お返しに全力で手助けしたいと思う。そのためには早く普段通りの生活に戻らないとね。
『後は家族で話し合ってください』と言って帰っていった達也の後ろ姿を両親と見送りながら、僕は今後の漠然とした目標を決めた。昼間は全然感じなかった言いようのない不安を誤魔化すかのように。
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