第26話 本当の交渉の始まりです

「いいですか皆さん、わたくしが言うまで何もしないでくださいね」


「お、おう」

「わかったんだナー」


「パピさんは家の中に。皆と静かに待っていてください」


「は、はひ」


 震える皆にこう言い聞かせ、わたくしが一人お家から一歩を踏み出します。

 すると総隊長さんも兵士さんたちも視線を向けてきたのがわかりました。


 兵士たちも揃って武器を構えてこっちに来ます

 果たして話を聞いてくれるかどうか。


「待って、待ってくださいっ!!!」


 そんな時でした。

 兵士の間を潜り抜けてミネッタさんが走り込んできます。

 そしてわたくしの前に立ちはだかり、腕を広げて庇ってくれました。


「お、おい何やってんだミネッタァ!?」


「この子は悪くありません! この子は、この子は話の分かるとてもいい子なんですよおっ!!!」


 きっと最初からこうするつもりだったのでしょう。

 本当に優しくて勇気のある方です……知り合えて本当に良かった。


「だがその魔物は人食いで凶悪なワーキャットで――」


「あーあーちょい待とうかファズ君。ミネッちゃんの言うことも聞いてあげようや」


「「「そ、総隊長殿!?」」」


「つう訳で総員転進っ。疲労回復後に拠点のテリック村までゴーゴゴーゥ」


「で、ですけど!?」


「ファズ君も行きなさい。後は俺がなんとかするから」


 それに総隊長さんにも救われましたね。

 兵士さんたちが言われるがまま場から去っていきます。


「御両方ありがとうございます。おかげで九死に一生を得られました」


「良かったよぉ~~~! ネルルちゃんほんと良かったよぉぉぉ~~~!!!」


 そうしたらミネッタさんが全身でガバっと抱き着いてきました。

 それでもって首元にまたしても「シュゴーッ」と強い吸引力を感じます。


「すみませんミネッタさん、心配をおかけしてしまって」


「ううん、ネルルちゃんが無事ならそれでいいの。それだけで私はもう満足だよ」


「なるほど、君たちは元より知り合いだったってことね」


「はいそうなんですよぉ。まだ出会って二週間も経ってないですけどぉ。スーコー」


 今度はミネッタさんもなかなか離してくれませんねぇ……。

 心配かけさせてしまった以上、振りほどくことも出来ませんが。


 さて、後はどう説明したらよいか。


「そ、総隊長殿ぉ! ちょいと話をお聞きくだされ~~~!」


 おや? 誰かが走ってやってきました。

 あの丸いフォルムは確か……


 あっそうです、ミネッタさんの御父上です。

 彼もここにやってきていたのですね。


「何お父さん? なんでお父さんがここにいるの? 村で待ってろって言われてたじゃない」


「そ、そういう訳にもいかんのだ!」


 でも慌ててなんでしょう?

 ミネッタさんも途端に刺々しくなってしまいましたし。


「い、いいですか総隊長殿、その魔物はわたくしめらを襲ったのです! それも否応なしに!」


「ちょ、何言ってるのお父さん……!?」


 おやおや、しかもとんでもないことを言い放ちましたね。

 確かにパピさんは襲い掛かりましたけど、チッパーさんたちのおかげで傷一つ付いていないはずですが。


「見てください、この腕の傷! これが何よりもの証拠!」


「えっ……!?」


 あらま、これは酷い傷。


 果物ナイフで表皮をなぞったのでしょうか。

 一切致命傷になり得ない軽傷ですね。


 でもミネッタさんは騙せてしまったみたい。

 わたくしの方に向いて心配そうな眼を見せてきました。


 仕方ないので治癒術をスパッと飛ばし、一瞬で傷を消して差し上げます。


「あっ、あれ!? 傷が消えたあっ!?」


「……ええとミネッタさんのお父さま、それは話が違うのではないですか? 確かわたくしは貴方からこの地の占有権を買ったはずです」


「い、いいや儂は知らん。儂が魔物などと取引するはずがあるまい」


 まったく、白々しい嘘を。

 さては最初からこう騙すつもりだったのですね?


「ほら見たことか! こやつは簡単に嘘を付きます! 魔物だからです! こんな存在がいていい訳がありませんぞ!」


「……そうだねぇ。嘘を付いたら、いけないよねぇ~~~」


「ですねー」


 でも総隊長さんはもしかしたらもう気付いているのかもしれませんね。

 ミネッタさんも御父上を見る目がとても怪しい。


 ではちょっとばかり呼び水を蒔いてみましょうか。


「でしたら証拠を見つければ良いだけでしょう」


「しょ、証拠!?」


「ええ。わたくしは虹金貨二枚で買い取ったのですが、もしかしたらその貨幣がどこかにあるかもしれません。ミネッタさん、この方が大事な物を持つとしたらどこに置いておくかわかります?」


「ああ、そういうのは自分で持ち歩くようにしてるから今も懐にあるんじゃない?」


「いいっ!?」


 こうわたくしが提言すると、ミネッタさんがこう答えながら御父上を羽交い絞めに。

 それに合わせて総隊長さんも彼の懐に手を突っ込み、探り始めます。


「おぉ~~~あったあったぁ。しかもちゃんと二枚っ!」


「そ、それはワシが溜め込んでいた個人資産でぇ!」


「虹金貨を? 首都で上等な家一軒買える虹金貨を二枚も個人で?」


「そ、そうですぅ!」


「じゃあこの貨幣に換えた銀行は?」


「えっ?」


 あらら、総隊長さんの質問にとうとう答えられなくなりましたね。


「え、何、知らないの?」


「な、何を?」


「虹金貨はあまりの高額ゆえに一個一個にシリアルナンバーが刻まれてんの。偽造対策でねぇ」


「へっ……?」


「それでねぇ、その番号は国際通貨帳簿にしっかり記録されて、どの番号の貨幣が誰の手元にあるかわかるようになってんだわ」


「あ……」


 おやおや、御父上がどんどん顔面蒼白になっていきます。

 追い詰められているのが丸わかりですねぇ。


「そ、そうです! 拾ったんですよ! 拾って保管していたから誰の物かは――」


「いやいや、わかるよぉこれの元の持ち主。この番号、俺よぉく知ってるもん」


「は、はい?」


 あ、もう終わりですね。

 総隊長さん、完全にチェックメイトって感じのニタり顔していますし。




「だってこの番号の登録者は俺なんだもの」




 この答えを前に、御父上ももう口をパクパクさせることしか出来ていません。

 ミネッタさんももう驚きで目をパチクリさせていますし。


「は、はああああああああ!!!?」


「何ならお前さんに渡していないもう一枚のシリアルナンバーも言い当ててやろう。〝T3T-D674-H0945834〟だ。どうだい子猫ちゃん?」


「少々お待ちを。……ええ合っていますね、どうでしょう?」


「ひえ……ホントだ」


 実際に手持ちの貨幣を見せてみると、お二人は驚愕でもう顎が外れそうに。

 しかもそんな中で総隊長さんの手が御父上の肩をガシリと掴みました。


「そんな訳で? 俺もアンタにこの金を渡したつもりは無いし?」


「は、はひ」


「罪状、国軍への虚偽報告および扇動および私的利用。また取引詐称と高額貨幣取引法違反、あとその他諸々」


「んが……」


「これらは貴殿および協力関係者に対して課せられるものとなり、もはや言い逃れは出来ない。よって国軍代表指揮官ジェイル=ラウズ=ヴェルフェリオの名において貴殿を拘束、連行する」


「そ、そうなると私も同罪、かな。だって家族だもんね……」


「いや、ミネッタ殿に共犯性は認められない。また当軍に対する寄与もあるため、今回の立件に関する罪状は課せられないものとする。以上っ!」


「そ、そんな、儂にも慈悲を、慈悲をぉ!!!!!」


「うるさぁい、ほらほらキリキリ歩けぇい」


 ああ、ミネッタさんの御父上がとうとうジェイルさんに連行されてしまいました。

 あの調子ですとお兄様方もしょっぴかれそうですね。


「んん~~~! やっと終わったぁ!」


 ですがミネッタさんはむしろ微笑んでいます。

 それどころか肩の荷が下りたかのように腕を上げて伸びをしていて。


「ミネッタさん、ご家族が心配ではないのですか?」


「うん心配だよ。でも今回の一件でちょっと幻滅極まったかな。元々いい親兄弟じゃなかったからさ」


「そうなのですか?」


「不本意だけどね。防人一家じゃなかったらきっと村中から嫌われていたと思う。……ううん、内心では皆嫌ってる。それくらい陰湿で横柄な人たちだったんだ。だからさ、これはきっと自業自得なんだよ」


 きっと傍にいたミネッタさんが一番よく理解しているのでしょうね。

 そんな環境でこんなにも優しい方が育ったのは奇跡としか言いようがないですが。


 でも、だからこそこんな結果に落ち着いたのでしょう。

 ミネッタさんもまたそう理解しているからこそ後悔していないのかもしれません。


 このようなミネッタさんをこれからも守ってあげたい。

 そう願いながらわたくしは彼女の降りて緩んだ掌をギュッと握り締めて差し上げたのでした。

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