第14話 【この風に乗って】

 

 目の前にして、ぷっつり糸の切れた風船のように、一本の綿毛は静かに、ゆるりと宙に解き放たれた。


 そして、徐々に、坂道を登るように上がって行ったかと思うと、ひょいと風に乗って、勢いよく、ぐんと一気に空まで上昇した。


「ポポさん、さよなら。僕は、行くよ。この風に乗って、どこまでも……」


 わたろうさんの声は、空からかすれたような声で聞こえてきた。



 ポポさんの横では、あのふさふさしたマシュマロのような髪の毛がすっかり消え失せた、脱け殻のようなわたろうさんが、少しうなだれてきたようだった。


「さよなら……僕は……きっと……大丈夫だから……」


「この風に乗って……どこまでも……」


 その声は、遠く空の向こうから、そよ風に乗って、かすかにポポさんの耳をくすぐった。ポポさんは首をかしげて、くすぐったそうに顔をしかめた。


 と、突然、何か大きな波のようなものが、胸に覆(おお)いかぶさって来るのをポポさんは感じた。それと同時に、わたろうさんと過ごした日々の思い出が、胸の底から、とめどなくあふれてきた。


 そこへポポさんを横になぎ倒す勢いで、強い風が吹き上げた。

 ポポさんは胸をのけぞり、倒れそうになりながら、それを全身で受けとめた。



 春の風は、なかなかおさまらなかった。

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