第5話 【はいいろねずみを想像してしまう】


 おんどりの鳴き声で目がさめると、雨だった。


 梅の木も、向こうに見えるねこやなぎの木も濡れている。

 空が心地よい小川のように、雨を降らせている。

 野原は若草色を、色濃くし、その中に、ガラス玉のような雫(しずく)が散らばっている。


「まあ、今日のは、どうでしょう! 透き通っていて、きれいで……」


 落下した梅の花びらは、野原の中で、ぽうっと明るさを帯びている。


「なのに、あっちのねこやなぎときたら、何てしょぼくれちゃってるんでしょう! 」


 そう嘆くようにつぶやきながら、ポポさんは梅の木を這い出し、明るい花びらの染まった野原を渡って、田んぼの横の水路に架かった石橋を越えて行った。



 そうして数本散らばっているうちの、一番手前のねこやなぎの前にやってきた。


 ポポさんは、そこでじーっと、ねこやなぎの姿を眺めた。

 そのうちに、不意に風が吹いて、ポポさんの目に、雨つぶが飛び込んできた。

 その拍子に、このねこやなぎの木を最初に見つけた時のことが、思い浮かんできた。……



 それは、田んぼの横の水路に架かった石橋を、渡るかどうかで、久しぶりにわたろうさんとケンカした時のことだった。


「あぶないから、やめときなよ」


 と言う、わたろうさんにポポさんは、


「こんなのへっちゃら、弱虫さんは、ひっこんでなさい」


 とずんずん橋を渡って行った。


 すると、ねこやなぎの木が見えてきた。

 白銀色の、雲のようにふわふわした、丸いものが、空へ伸びる枝という枝にむらがっていた。そして、逆光の中で、輪郭を神々しいほど、浮かび上がらせていた。



 ポポさんにとって、初めて見る光景だった。

 ポポさんの顔が、ほころんだ。


 それに比べて、いま見ているねこやなぎは、何だか好きになれなかった。

 どうしても、毛の固くてツンと立った、はいいろねずみを想像してしまうのだ。



 降りしきる雨が、ポポさんのもじゃもじゃの頭を濡らした。

 

 かすかな春の匂いのする雨音の世界。


 田んぼの水路から聞こえる、盛んな水の音。


 湿った樹皮を濡らす、雨音。


 おたまじゃくしのように揺れる雑草が、雨に打たれる音。



 ポポさんは雨の中で、ねこやなぎの前に立ち、はいいろねずみと化した花穂の先から、雫がコトコトと垂れるのを、物思いに眺め続けていた。……

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