第4話 霧の中の啓示
偶然にも占い師であり呪術師でもあるパメラさんのもとを訪れていた私は、祐介の死の謎を解き明かす手がかりを求めていた。彼女の言葉は、神秘的な霧に包まれた池のところで途切れてしまい、私はその続きを一刻も早く知りたくなった。
もしほんの些細なことでも、彼女が祐介の死に関する手がかりを教えてくれるならば、疑わしいタロットカードでも手段を問わなかった。今は亡き祐介が神と成り代わり、永遠の時を司る彼女の使者として現れたのなら、私はすぐにでもその力を借りたいと切に願わざるを得なかった。
「祐介のことをもっと知りたいんです。彼は今、どこにいますか?」
私は素直な気持ちで心からの願いを込めて彼女に尋ねた。その言葉を聞いた彼女の眼差しには、かつてない神秘的な力が宿っているように感じた。
彼女は再度カードをシャッフルし、その中から一枚を私に選ばせた。そして、彼女の話はさらに神々しいものへと昇華していった。
「見ておくれ、このカードは登山者が神々と崇める北アルプスの秩序を映し出しておる。神聖な地は無用な血で穢してはならないと。そして、正義とは、行動すべてに等しい定めがあると教えてくれるものじゃ。あなたが選んだこのカードは、運命の天秤が均衡を保っていることを示しておる。過去の因縁が今、新しい形であなたの前に現れようとしておるのじゃよ」
パメラさんは選ばれたカードに指を走らせながら、感極まった眼差しでさらに神秘的な言葉を語った。彼女の話は、タロットカードなど見たこともない自分にとって極めて難解だったが、私は黙って耳を傾けていた。
「祐介の魂は、今は目に見えないお社のそばにある聖地におる。しかし、あなたが心を開けば、彼の存在を身近に感じ取ることができる。あなたの心の中で光り輝く愛と記憶が、彼との絆を永遠に結びつけておるのじゃ。次のカードをめくれば、彼の居場所が時を移さず、明らかになるだろう」
その言葉に心を動かされ、私は催眠術にかかったかのように目を閉じ、深い呼吸を繰り返した。心の中で祐介に呼びかけると、彼の声が風に乗り時空を飛び越えて私の耳に届くような感覚に満たされた。それは、彼がまさにそばにいるかのようで、私にとって初めての心霊体験だった。
「嘘ではない。上弦の月に隠れる神に帰依するのだ」とパメラさんは力強く断言し、再びカードをシャッフルした。円を描いた形に並べられたカードの中から、私にもう一枚を選ばせてくれた。私の心は祐介の居場所を知ることに集中していた。カードをめくる時、もう一度私は心からの願いを込めた。
手にしたカードには、上弦の月明かりの下で蛍火が池を舞う風景が描かれていた。その畔には白蛇のような冷たく滑らかな肌を持つ美女が、人間とは思えないほどの異形の美しさを放っていた。その美女の隣には、
「これは、海でも湖でもないわ。背後にそびえる高い山々、原生林に囲まれた明神の地にある、ひっそりとした神秘的な鏡池を示しているのよ」
彼女はマントのポケットから古ぼけた羅針盤を取り出し、それを白蛇の女性が描かれたカードの上にそっと置いた。すると、羅針盤の針がくるくると回り出し、北西の方向を指し示した。その光景に、パメラさんは何かを悟ったかのように私に告げた。私は彼女の仕草に目を凝らし、言葉を失い、ただ見守ることしかできなかった。
「霊魂が彷徨うブラックホールのようなトンネルを見ておる。その天空には赤い一番星が静かに輝いている。トンネルを抜けると、河童が遊ぶ橋が架かっておる。白蛇女が住む池の畔は、霧が濃く、鳥居の立つ神聖な場所じゃ。ああ、小舟が浮かび、その先には中の島が見える。古の伝説が息づく穂高連峰の山々から、神々が池へと降り立っている……これは本当の神の啓示じゃ」
パメラさんは呪術師や占い師の領域を飛び越え、水晶玉に映る不思議な光景を見つめ、次々と啓示を受け取るかのように教えてくれた。一見、滑稽なあやかし話に見えるかもしれないが、私にとっては、その啓示が嘘ではないと感じられた。なぜなら、パメラさんの言葉には、祐介から聞いた話と重なる部分が多くあったからだ。
東京から見ると上高地は北西に位置する。かつてその手前には「釜ヶ淵トンネル」という心霊スポットがあったという。上高地には神に由来する地名が多く、冬の建設中に起きた事故で多くの命が失われた。そのため、雪の降る入り口では亡くなった労働者の霊が現れると噂されていた。
その地には穂高連峰で亡くなった登山者の悲しい歴史も刻まれており、トンネルを抜けると河童橋があり、その先には霧深い明神池が潜んでいる。池の中央には鳥居のある小島が浮かんでいる。パメラさんの口にする啓示は、祐介が亡くなった西穂高岳の登山口である上高地を指摘していたのだ。
彼女の言葉は、まるで祐介が何かを伝えようとしているかのように、私の心にどこまでも深く響いた。
「祐介の霊魂は、あなたが彼を思い出すたびに現れる。祐介を忘れない限り、彼は永遠にあなたと共にいるのだ」
温かな光が差し込むように彼女の言葉が私の心に響き、闇を照らした。それが真実かどうかはわからないが、私にとってはそれが全てだった。祐介との再会を願う気持ちは変わらず、彼に早く会いたいという想いがこれまで以上に強くなった。
祐介と過ごした楽しい日々の記憶は、彼女の啓示と一言一句違わず、決して忘れることはなかった。祐介の優しい微笑みが心に浮かぶたび、彼が私のそばに寄り添っているかのような感覚になる。それは私にとっての慰めであり、心の安らぎの場所、自分だけのアナザースカイだった。
千円の鑑定料と引き換えに、パメラさんは二枚の希望のカードを渡してくれた。それは愛する彼との再会への切符であり、大切に保管するようにと言われた。私はその言葉をかけがえのないものとして、カードをポーチにしまい、公園を後にした。
感謝の言葉を伝えようと振り返ると、パメラさんの姿は霧の中に溶け込み、フリーマーケットの喧騒から忽然と消えていた。まるで彼女は最初から存在しなかったかのように、跡形もなく消え去っていたのだ。しかし、私の心には、彼女の言葉と共にかけがえのない余韻が残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます