第18話 魔法の言葉

あけましておめでとうございます!!

―――――――――――――――――――――



(――やらかした!)


 飛び出してきたボスモンスター、〈ホブゴブリン〉の集団を見た瞬間に思ったのは、後悔の念。


「ゲームではモンスターはドアを開けなかったから」なんて言い訳にもならない。

 安全を取るのなら、MPが不安な状態で扉を開けるべきじゃなかった。



 ――無限の悪意でもって探索者を殺す。



 ダンジョンがそんな場所だってことは、骨身に染みるほどに分かっていたはずなのに。




:やばいやばいやばい!

:なんでボスがこんなにいるんだよ!

:逃げてぇえええ!!!

:ねえ大丈夫なの!?ねえ!?

:MPないのはまずい!

:私の知る限りホブゴブリンに明確な弱点や

 決まった対処法はありません

 強いて言うなら人型生物であるがゆえに

 心臓と頭部への損傷が致命的になることですが

 狙うことは非常に困難で……あぁ!

 誰か! 誰でもいいからこの人を助けてください!

:バーチャルだよね? これほんとじゃないんだよね?

:お願い逃げてぇ!!




 見るつもりはなくても視界の隅でコメントが高速で流れ、その非常事態っぷりを伝えてくる。


 ――MPはほぼ底をついた。

 ――〈獣王武陣〉はもう使えない。


 いや、そもそも、ボスの集団を相手に〈獣王武陣〉はおそらく決定打になり得ない。


 明確な命の危機に、スッと血が冷えていく。

 思考が引き伸ばされ、こちらに殺到してくるホブゴブリンの群れがやけにゆっくりと見える。


 ……逃げることは、可能だ。


 なりふり構わずに〈影討ち〉を使えば、ホブゴブリンは僕を追ってはこれない。

 でも……。


(それじゃ、ダメだ)


 ダンジョンの入り口は開いている。

 目標を失った奴らが万が一外に飛び出せば、被害が起こる可能性がある。


 何より……。



(こんな程度で、退いていられるかっ!)



 ダンジョン探索は、スポーツなんかじゃない。

 探索が命懸けなのは当然のこと。


 そして……。

 この絶望と言うには足りない危機のことを何と呼ぶか、僕はもう知っていた。


 だから僕は、虚勢と共に声を張り上げる。


「皆さん、喜んでください!」


 そうして、阿鼻叫喚のコメント欄に向かって、ニッと口角を上げて、




「――撮れ高です!」




 足を、前へと踏み出した。



 ※ ※ ※



 ――冷静に、状況を見る。


〈ホブゴブリン〉は、一階層で頻繁にボスとして登場するモンスター。

 その耐久力、攻撃力はゴブリンなどの比ではなく、〈獣王武陣〉を使って、やっと一匹倒せるかどうかというところ。


 ただ、その代わり攻撃は大振りで単調。

 足もそれほど速くはない。


 何よりもこの状況で大事なのは、その大きさ。


 ゴブリンとは比べ物にならないくらいの巨体は戦闘において有利になるが、デメリットもある。


 優にゴブリン二、三体分の大きさを持つホブゴブリンは、当然部屋に入る数もゴブリンの半分以下。

 結果として、攻め寄せるホブゴブリンの数は十数体程度に留まっている。


 もう一つは、ドアの大きさ。

 その小ささから同時に二体、三体とドアを抜けて殺到してきたゴブリンやコボルドと違い、奴らはドアを一匹ずつしかくぐれない。


 だからこそ、


(――今、前に出る!)


 下手に時間を与え、全てのホブゴブリンが扉を抜けてしまったら、囲まれてジ・エンドだ。

 先頭を走るホブゴブリンと一対一で戦えるこの瞬間が、最大の勝機。


 両手に新しい刀を呼び出し、接近。


 接敵の直前、鞘に入ったままの右手の刀を振り上げて、


「ほい、っとね」


 そのまま、上に放る。


「……ガ?」


 殺意を込めて僕に棍棒を振り下ろそうとしていたホブゴブリンの視線が、反射的にそれを追っていた。


(扱いやすくて、助かるよ)


 その時にはすでに、僕の空いた右手は左腰にマウントした刀の柄を握りしめている。


(……分かる)


 それはスキルの力か、はたまたこの身体がゲーム時代のアドサガのデータ由来のものだからか。


 初めてのはずなのに、身体が覚えている。

 必要な身体の動かし方が、必要な鞘の、刀の角度が、まるで数百、数千回と刀を振るった剣術家のように、克明に思い出せる。


 僕は身体が命じるままに、腰の刀を抜き放ち、




「――〈居合抜き〉」




 理想的な姿勢、理想的な軌道で放たれた鋭い斬撃は、放られた刀に気を取られたホブゴブリンの無防備な腹を、大きく斬りつけた。


「グォオオオオオ!!」


 たちまちあがる、ホブゴブリンの痛みと怒りの声。

 しかし、


(――浅い!)


 初めて放った〈居合抜き〉の威力に手ごたえを感じると同時に、その限界も見えた。

 このスキルの効果は、実にシンプルだ。




【居合抜き】

鞘に込めた魔力で加速することにより、納刀状態から放つ攻撃の威力と速度が上がる。




 条件がシンプルで、魔力消費もほとんどない反面、初期状態では〈刀気解放〉ほどの高威力は見込めない。

 少なくとも、脂肪と筋肉に覆われた腹や胸を斬りつけたところで致命傷にはほど遠い。


 だからこそ、


「まだ、だぁ!」


 抜き放った右手の刀を、左手で持った鞘を放り捨て、飛び上がる。

 伸ばした手が向かうのは、黒く光るもう一本の刀。


 接敵の直前に投げたそれを、僕は空中でつかみ取り、


「お、おおおおおおおお!!」


 気合と共に、魔力を込める。


 ……〈居合抜き〉スキルの条件は、至ってシンプル。

 納刀状態から魔力を込めて抜刀して攻撃する、それだけ。


 つまりは納刀状態で魔力を込めさえすれば、どんな攻撃だって強化されるということ!


「く、らえ!」


 目標は、腹を押さえて首の下がった、ホブゴブリンの醜い顔面。


 魔力の放射の反動で鞘がすっ飛び、大上段に構えた刃が加速する。

 こちらを見上げたホブゴブリンの顔に、明確な恐怖と驚愕の色が浮かんで、





「――抜刀、唐竹割!!」





 振り下ろされた異端の刃が、その顔面を叩き切る。


 会心の手応え。

 僕は思わずガッツポーズをしかけて、


「ガアアアアアアアア!!」


 しかし、そこで安心とはいかない。

 同族を殺された怒りからか、崩れ落ち、消えていくホブゴブリンの巨体の左右から、新たなホブゴブリンたちが迫ってくる。


 ただ、


「―― 一手、遅い」


 つかみかかるホブゴブリンの手が僕を捉える一瞬前に、僕の身体が発光。

 衝撃波を放ち、迫ってきたホブゴブリンたちを吹き飛ばす。


 同時に、



 ――テッテレー!!



 鼓膜をぶち抜くような、クソデカな音圧を備えた電子音が響く。




:何の光ィ!?

:鼓膜ないなった!

:ミミガー!ミミガー!

:何が起こったの!?

:音量注意!

:注意遅いですわよ!

:この演出とクソダサ効果音は……




「……レベル、アップだ」


 もちろん、一つくらいレベルが上がったくらいで、急にホブゴブリンに腕力で勝てるようになったり、HPやMPが全快になったりはしない。


 ただ……。

 レベルが偶数に到達した時、そのキャラはスキルポイントを得る。


(配信映えのために、レベルアップ演出オンに変えておいてほんとによかったよ)


 明らかに演出過多なレベルアップエフェクトによって敵が怯んだわずかな隙に、ディスプレイを操作。


 狙うのは、たった一つのスキル。




【瞑想】

精神を集中して体内の気を循環させることで、魔力が回復出来るようになる。




 ボタンの押下と同時に身体に新しい力が巡るのを感じながら、己を取り囲むホブゴブリンに向き直る。



「――さぁ、第二ラウンドを始めようか」



―――――――――――――――――――――

これには撮れ高杞憂民もニッコリ!

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