第17話 最悪のクジ運
「み、見ててくださいね。今度こそ……うわあああああああ!!」
:あっ
:まぁたモンスターハウス
:クズ運すぎて草
:笑っちゃダメなんですけど、その……ふふっ
:ライさまがんばえー
:苦戦してるライきゅんかわいいよ!
お姉ちゃん応援してるね!
:がんばれ♡がんばれ♡
:これで六回連続かぁ
:このダンジョンやばない?
:やばいですね☆
:嘆きながら的確にモンスター倒してて草
:ライ様つっよ
もはやお馴染みとなったゴブリンの群れを、〈獣王武陣〉の連続攻撃で蹴散らす、これもまたお馴染みになってしまった流れをこなしながら、ため息をつく。
……二度目のモンスターハウスを引いた時は驚いたものの、それはもう前回配信で経験済み。
万が一の時のために構えていた〈虎徹〉を使って今のように連続攻撃を放って事なきを得たのだけれど、そこからがひどかった。
九つある部屋のうち、過半数を超える六つを探索したのだけれど、開けた部屋全てにモンスターがぎっしりと敷き詰められていたのだ。
(今日は、雑談しながらゆるーく探索していく予定だったのにな)
当然モンスターの群れに囲まれたとなれば、話をしている暇などない。
幸いどのモンスターにも〈獣王武陣〉が有効だったので助かったが、これが普通の初心者探索者だったら大事故もあり得た。
ちなみに敵の内訳は、ゴブリン3、スケルトン2、ゾンビ1。
魔物の種類こそ違えど、単一のモンスターが部屋に入り切るギリギリまで詰め込まれているのは同じだった。
(……やっぱりこれ、偶然じゃないよね)
ここまでモンスターハウスを引くのは運が悪すぎるとか、逆にクジ運がいいとかコメント欄は盛り上がっているけれど、僕はこの現象の理由に思い当たっていた。
(――このダンジョン、攻略者がいなさすぎて、モンスターが貯まってるんだ)
ここ、〈東京ダンジョン00〉は男にしか入場出来ない。
最初のダンジョン黎明期以降、男性探索者はいなかったらしいから、間違いなく数十年単位でこのダンジョンには人が入っていなかった。
つまりその間ずっと、モンスターが貯まり続けていたということになる。
(やばすぎるでしょ……)
これが本当なら、今まで開けた六つの部屋はモンスターハウスなどではなく普通の部屋で、言い換えればこのダンジョンは、どこを進んでもモンスターハウス状態が楽しめることになる。
「あ、あはは。バーチャル魔王城って、なかなか刺激的なダンジョンですね」
ただ、その懸念は言葉には出さない。
いや、出せない。
(口は禍の元、とはよく言ったものだけれど……)
この魔力という不思議物質のある並行世界においては、それはただのジンクスじゃない。
魔力には人の想像を実現する力がある。
特に、ダンジョンには「負の魔力」が満ちているため、大勢の人間が同時によくないことを考えると、それが現実になってしまう恐れがあるのだ。
その最たる例として、ダンジョンから魔物があふれないか調査する様子を配信した結果、視聴者の不安が魔法となって、本当に大規模なモンスター
(僕の言葉が原因でスタンピードが起こって、なんてなったら本末転倒だもんね)
それに、これは何も悪いことばかりじゃない。
自分のステータス画面に目をやった僕は、にんまりとして配信画面に振り返った。
「と、ここで皆さんに朗報です。あと一部屋分のモンスターたちを倒せば、レベルが上がりそうです!」
:次はレベル6だっけ?
:えっ私追いつかれちゃう!
:はやすぎィ!
:もう次もモンスターハウスのつもりで草
:そのためのモンスターハウスだった……ってコト!?
:最初の経験値がどのくらいだったか分からないけど
モンスターハウス効果なのは間違いないね
:おめでとうございます!
MMORPGのレベル上げは、とにかくマゾい。
アドサガも最前線にもなると、数ヶ月レベルが上がらないなんてざらだった。
流石に序盤はそれほどでもないけれど、やっぱりここまで早く経験値が貯まったのは、部屋に敵がたくさん詰まっていたおかげだろう。
僕はもう一度ステータス欄をちらりと見てから、うなずいた。
「そうですね。もうMPも残り少ないですし、レベルが上がっても上がらなくても、次の部屋で最後にしましょうか」
〈サムライ〉ジョブの刀気解放はとにかく強力だが、刀を失うだけでなく、相応のMPも消費する。
特に〈虎徹〉で使える〈獣王武陣〉はレベル5で使うにはかなり背伸びした技なので、MP消費も激しいのだ。
(ゴブリンくらいの相手なら、刀気解放なしでもやれなくはないと思うけど……)
実質的な探索はまだ二回目。
本音を言えば、ここでリスクは取りたくない。
とはいえ、今日は結局、〈獣王武陣〉で魔物を蹴散らすところしか見せられなかった。
リスナーたちは渋るかな、と思っていたけれど、
:異議なし!
:ちょっと寂しいですけど、ライ様の安全が一番です!
:ライ様の思う通りにやってください!
:危ないと思ったらここで終わりでもいいんやで
:まだ行ける、は、もう危ない
:指さし確認、ヨシ!
:安全第一で行きましょう!
前世の配信ではありえないようなもの分かりのよさで、全員がこちらの判断を尊重してくれた。
唯一の例外として、「マジックポーション買ってないの?」という質問も来ていて、
「その……。男だと買う場所ないですし、そもそもまずマナが手に入らないので……」
:スパチャ! スパチャするから!
:今すぐ私たちのお金でマナポーション買うんだよォ!
:ダンジョン内じゃマーケットにアクセス出来ない定期
:やっぱりスパチャは必要じゃないか!(歓喜)
:困ったら言ってくださいね!
いつでも援助しますから
:援助……なんか卑猥な響き
:お前の心が卑猥定期
:相談してくれれば私もいつでも力になるぞ!
:援助してほしければ……ぐへへ
:はい通報
:やめて! この配信締め出されたら生きがいが!
:なぜ人は学ばないのか
:ポーション代くらいおばちゃんがいつでもおごってあげるでな
うっかりと答えたら、鎮火したはずのスパチャ要求が始まってしまって、慌てて言葉を続けた。
「だ、大丈夫です! ギリギリ〈獣王武陣〉二回分は残ってるので!」
コメントは少し大げさで困ってしまうが、本当にこちらを思ってくれているのも伝わってくる。
「じゃあ今日のラスト、行きます」
にぎやかなコメント欄に癒やされながら、僕は油断なく扉に近付いた。
それを開いた先に見えたのは……。
「……うん」
:知ってた
:はい
:でしょうね
:七連続キタアアアアアアア!
:ですよねー
:ド、ドンマイです!
当然の権利のように部屋一面にぎゅう詰めにされたモンスターたち。
ただ、今度の敵は、犬面の獣人。
「……コボルド、か」
種族的には臆病で知能が高く、高い階層で出会ったら厄介な亜種モンスターもいるけれど、一階なら問題ない。
(ただ、確かこいつらはゴブリンより経験値が少ないから、レベルアップはお預けかな?)
残念な気持ちはあるけれど、予定を変えるつもりはない。
むしろ最後に無駄な怪我をしないように、もう一度気を引き締めた。
「ウォオウ!」
「刀気解放〈虎徹〉――〈
そうして、微妙に可愛くない吠え声と共に襲い掛かってくるコボルドたちを〈獣王武陣〉で蹴散らしていく。
しかし……。
連続斬撃によってその大半を葬った時、それは起きた。
「えっ!?」
ゴブリンであれば、ただ突っ込んでくるだけだったコボルドの行動に、変化が起きる。
生来の臆病さゆえか、突撃をためらう個体が表れ始めたのだ。
「くっ!」
技が終わった時、生き残ったコボルドは三匹。
脅威になる数ではないけれど、なぜだか嫌な予感がした。
急いで接近して、新しく出した刀でまごつく二体を通常攻撃で切り捨てる。
そして、反対側に避けた最後の一匹に向き直った時、そのコボルドは、思いもしない行動に出た。
「なっ!?」
こちらに背を向け、一目散に逃げ始めたのだ。
(ま、ずっ!)
しかも、その方向が最悪だった。
コボルドが向かったのは、エントランスの向かって右側。
まだ、開いていない扉のある方向。
半狂乱になったコボルドが、いまだ手つかずの扉に手をかける。
(間に、合え!)
ここでMPを減らせば最後の〈獣王武陣〉は撃てなくなるが、一刻の猶予もない。
このままでは手遅れになると判断した僕は、一瞬で刀を換装し、叫ぶ。
「刀気解放〈無銘刀〉――〈
飛び出した血色の刃は、一瞬にしてコボルドを襲い、その命を奪う。
……が、そこで悪夢のような偶然が起こった。
斬撃を受けたコボルドの身体が横に跳ね、ドアノブを巻き込むように倒れ込んで、
――ガチャリ。
ドアノブの回る、最悪の音が聞こえた。
そして次の瞬間、開かれたドアを内側から跳ね飛ばすようにして飛び出してきたのは、ゴブリンでもスケルトンでも、ゾンビでもなく……。
「……うっそだろ?」
ダンジョン一階層では絶対に一匹しか出ないはずの階層ボス、〈ホブゴブリン〉の群れだった。
―――――――――――――――――――――
最悪の引き運!
これで今年の更新は終わり
次回更新は来年、一月一日になります!
よいお年を!
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