第19話 降臨
レベルアップで新たな力を手に入れた僕は、すぐに新しい刀を取り出して構える。
けれど、
(……襲ってこない。警戒しているのか?)
今まで猪突猛進にこちらに走り寄っていたホブゴブリンが、様子を見るようにこちらを遠巻きにしていた。
(まあ、それならそれで、好都合か)
これまでは、ホブゴブリンの最初の一体を確実に倒すため、急いで戦う必要があった。
しかし……。
【瞑想】
精神を集中して体内の気を正しく循環させることで、魔力が回復出来るようになる。
このスキルを取得した以上、時間はもはやこちらの味方だ。
油断なくホブゴブリンたちを見張りながら、〈瞑想〉スキルを試す。
(確かゲームでは、座禅を組んで目を瞑って、MPを少しずつ回復させるスキルだったけど……)
スキル説明文を読む限りでは、気とやらを循環させれば理論上は立って目を開けたままでも〈瞑想〉出来るはず。
(集中、集中しろ。体内にある「気」。それを動かして、魔力を――)
暗い、真っ暗な世界。
自分の存在すら溶けだしそうな全てが曖昧なその場所で、ひたすらに祈り続ける。
記憶も、意識も、自己の全てがドロドロに崩れて溶けだして……。
巡らせる気だけが存在証明で、生み出される魔力だけが存在意義だった。
無限に連なる地獄。
永遠に等しい絶望。
しかし、闇一色の世界に突然、光が差す。
「――――!」
それを見て、自分が何を言ったか、言おうとしたかは分からない。
もはや言語は失われていた。
ただ、優しい光を放つ少女が、形を失った俺の背中を、優しく押して……。
「――ッ!?」
そこで、我に返った。
(今の、光景……)
恐怖を押さえつけるように、ギュッと胸を握りしめる。
一度も見た覚えのない、けれどただの幻覚と片付けるには、あまりに真に迫りすぎていたビジョン。
(まさか、とは思うけど……死後の世界、とか?)
前世の自分がどうなったのか。
そしてどうしてこの並行世界に転生したのか、何も覚えてはいない。
けれど、前世の自分は一度死んで、ああして女神にこの世界に送り出されたとしたら……。
(……っと、今は考えてる場合じゃない)
そんなものは、この窮地を乗り越えてから考えればいいこと。
僕は改めて、全身に気を巡らせようと意識を集中させて……。
(――分かる! 気の動かし方、魔力の生み出し方が!)
まるで呼吸の仕方を思い出したかのように、自然と体内の気を操っている自分に気付く。
むしろ、なぜ今までこんな簡単なことを忘れていたのか不思議に思うほどに、その技法は驚くほど自然に僕の中に根付いていた。
(スキルを取得したから? それとも、さっきのビジョンのおかげ?)
何もないあの死後の世界で、前世の自分は自己の消滅に抗うため、必死に瞑想し続けていた。
その記憶、感覚が、今の僕にも力を与えてくれているようだった。
「っ、はは! すごいな、これは!」
ちらり、とディスプレイを見れば、MPが目に見えるほどの速度でぐんぐんと回復し続けている。
その速度は、明らかにゲーム時代の性能を超えていた。
本来のプランでは、MP消費の少ない〈影討ち〉で逃げ回りながら、少しずつ〈瞑想〉でMPを貯めて敵を削っていく予定だった。
けれど、この調子ならもっと大胆なことが出来るかもしれない。
「……っと!」
僕の雰囲気の変化を感じ取ったか、あるいは単に痺れを切らしたか。
僕を半包囲していた三匹のホブゴブリンが、吠え声をあげて突撃してくる。
(ボーナスタイムは終わり、か。でも……)
これだけのMPがあれば、なんだってやれる!
「――悪いね、リスナーのみんな! ここから先は、撮れ高なしだ!」
ここからは、華麗さとは対極のゲリラ戦。
誉れを浜に投げ捨てた、騙し討ち上等のダーティーバトルだ。
「もっかい、ほいっとね」
僕は左手の小太刀を鞘から抜くと、ホブゴブリンたちの頭上に放り投げる。
「……ンガ?」
ホブゴブリンはゴブリンよりは賢いが、中途半端に知恵があるせいで、むしろゴブリンよりも扱いやすい。
またも囮に面白いように引っかかって、一斉に上を見上げた隙に、つぶやく。
「――〈影討ち〉」
ホブゴブリンたちの視線が逸れた一瞬の隙に、〈小鴉丸〉の瞬間移動攻撃を発動。
巨体の隙間から見えた、正面の壁へと一気に跳ぶ。
(ここまでは、よし)
ホブゴブリンの群れ全てを躱して、彼らの背後に一気に躍り出た。
今この瞬間、奴らは僕の居場所を完全に見失った。
ただ、これだけだと彼らが僕の姿を探し始めれば、一瞬で見つかってしまう。
だから、ホブゴブリンたちが次の行動を起こす前に、「次」を仕掛ける。
「刀気解放〈小狐丸〉――〈化かし身〉!」
ホブゴブリンの注意を引いた囮、奴らの正面に残した抜身の小太刀が、一瞬にして僕の姿を形作る。
「ゴアアアアアアア!!」
突如として姿を現した僕の姿に、ホブゴブリンは醜悪な歓喜の叫びをあげて突貫するが、当然それは偽物だ。
――〈化かし身〉は、自分と姿、能力の等しい分身を作るスキル。
しっかりと装備分の防御力も備えているし、防御バフをしっかり積んでから発動させれば、壁としての性能はそれなりのものになる。
とはいえ、棒立ちのままで何が出来る訳でもなく、特に防御を上げていない僕の分身では、その耐久力も知れたもの。
殺到したホブゴブリンの猛攻の前に、数発と耐えることも出来ずに叩きのめされる。
……ただ、その時間があれば、十分だった。
ホブゴブリンたちが即席の玩具に夢中になっている間に、音を殺して手近な部屋にするりと入り込む。
「ふぅぅぅ……」
エントランスからは死角になるドアの横の壁に背中を預け、ゆっくりと呼吸を整える。
循環する気の流れが新たな力を生み、身体に魔力が満ち満ちていくのを感じる。
部屋の外で怒り狂うホブゴブリンたちの声を聞きながら、僕は束の間、目を閉じた。
(……そろそろ、いいか)
身体に十分な魔力が貯まったのを感じて、目を開く。
同時に、新しい刀をマウントして、抜き放った。
「刀気解放〈刀夜光〉――〈似非剣豪〉」
放たれる光と、身体を満たす力。
〈似非剣豪〉の効果で一段階上の刀を扱えるようになった僕は、もう止まらない。
「――〈一閃〉」
〈似非剣豪〉の光を見たのか、部屋に様子を見に来たホブゴブリンを、横合いから〈斬鉄剣〉の力で斬りつけてまずは一匹。
倒れていく死体を躱すようにエントランスに出て、また新しい刀を抜く。
「刀気解放〈
瞬間、実体を持たない僕の幻影が無数に現れ、ホブゴブリンを惑わす。
面白いのはこのスキル、ただの幻影で実体がない代わりに、スキルを含めた僕の動きを完全に模倣すること。
つまり、
「刀気解放〈不知火〉――〈陽炎百景〉」
重ねて同じ技を使うことで、その幻影の数は累乗で増える。
そして仕上げとばかりに、
「刀気解放〈小狐丸〉――〈化かし身〉」
さらに〈化かし身〉も追加してやれば、幻影の数はさらに倍に。
エントランス中を満たす僕の幻影を前に、中途半端な知能しか持たないホブゴブリンは、もはや狂乱して手近な幻に闇雲に殴りかかるだけの木偶と化した。
こうなればもう、あとは消化試合。
幻影に隠れて一匹一匹を倒していけば、勝利は揺るがない。
「……でも、それじゃ、撮れ高にならないよね」
ここまで不甲斐ない戦いを見せたからこそ、最後だけは綺麗に決めておきたい。
だから僕は、インベントリからもう一本の刀を抜き出した。
「――刀気解放〈菊一文字〉」
それは、今使える刀のスキルの中で、最高の威力と、最大の消費MPと、最長のタメ時間を誇るトンデモ技。
あまりにも隙が大きすぎて実戦で使う機会がなく、そもそもまだレベル6の僕には、本来なら逆立ちしたって使えないような超超超高コスト技。
けれど、幻影がエントランスを満たすこの状況と、スキルを使いながらも〈瞑想〉でMPを回復し続けられる今の僕の戦闘スタイルが、その無茶を可能にする。
「ぐ、うっ!」
噴き出す汗と、緊張感。
一瞬でも瞑想が途切れれば魔力が切れて技は中断され、チャージ中の身動きが出来ない状態で殴られれば、全てが終わる。
けれど僕は、やり遂げた。
魔力の炎に包まれた刀が、激しく燃え盛り……。
「――〈
降臨するは、煉獄の化身。
現れた上半身だけでエントランスの天井に届かんほどの巨体が、その身の丈にふさわしい巨剣を振りかぶる。
「ガ、アアァァァァ!?」
今さらに状況に気付いたホブゴブリンが慌てふためいて逃げ出そうとするが、もう遅い。
「――これで、フィナーレだ!」
無慈悲な刃が幻影ごとエントランスを薙ぎ払い、ただの一振りでその場の全てを塵へと返したのだった。
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