第12話 反転


 その配信者、男性なりきり系のダンチューバーの姿を一目見た時、わたしは思わず息を飲んだ。


 だって、その人の姿があまりにも「自分たち」と違ったから。


 ――サラサラのストレートヘアーに、細く均整の取れた身体。

 ――染み一つない透き通った肌と、整った顔立ち。


 これが、わたしを含む世の配信者の八割を占める「普通の人間」の容姿の特徴。

 ダンジョン発生前の旧時代においてはもてはやされていたらしいけれど、〈新ダンジョン世代〉と呼ばれるわたしたちにとっては、もはやそれが標準だ。


〈大魔蝕〉で少なくなってしまった男にアピールするため最適化された、なんて言われているけれど、眉唾ものだと思う。

 むしろ、どこか作り物っぽいというか、量産型な気がしてしまって、わたしは自分の容姿が好きではなかった。


 ……だから、だろうか。

 偶然見つけたその姿に、思わず見惚れてしまったのだ。


 細身だけれどがっしりとした骨格や、突き出た喉ぼとけ。

 顔だって、冷静に見れば「新ダンジョン世代の美人」と比べたら整っているとは言い難いはずなのに、野性味があってどこか惹きつけられる。


 声も、そうだ。

 作っていない自然な低い声で、普通に話しているのを聞くだけで、ずしっとお腹に響くような……。



 ――要するに、一言で言ってしまえば、わたしはその人に「男」を感じてしまっていた。



 だからこそ、だろう。



「――これは全部、バーチャルですから」



 そんな風にダンジョンの話題をごまかしたのが、引っかかってしまった。


 このダンジョン全盛期の今の時代、人の手が入っていないダンジョンなんてあるはずがないし、もしあったとしても、そんなものを新人ダンジョン配信者が使えるはずもない。


 細かい手段は分からないけれど、既存のダンジョンに装飾をほどこし、未知のダンジョンのように見せて話題を作ろうとしているんだ。


(そんなことしなくても、いくらでも人気になれるはずなのに……)


 本人が自覚しているかしていないか分からないけれど、男性なりきり配信者としての「彼」の完成度は群を抜いている。


 極論、別にダンジョン探索なんてしなくたっていい。

 ただダンジョン一階のロビーで雑談配信をするだけで、わたしのような中堅配信者よりもよっぽど稼げるだろう。


 だんだんと高まってくる苛立ち。

 そして不幸にも、わたしの目の前にはその苛立ちを解消する、魔法のデバイスがあった。


 ……それはきっと、自分自身がやっている配信が伸び悩んでいることの八つ当たりでもあったんだろう。

 配信のスタイルは人それぞれであるべきで、それを尊重出来ない自分は視野が狭まっていたんだろう。


 でも結果的に、わたしは自分の苛立ちをそのまま、目の前のディスプレイにぶつけてしまった。


 音声入力ではなく、わざわざキーボードを使ってまで、わたしは長文のコメントを悪意を持って打ち込む。



ルカ:というかそれ、全部セットなんじゃないんですか?

   未発見のダンジョンなんてある訳ないですし

   視聴者を騙すのはよくないと思います。



 自分でもバカなことをやっているという自覚はあった。

 でも確かに、そのコメントを打ち込んで、それが配信画面に表示された瞬間には、気分がスッとしたのだ。


 けれど、わたしのコメントを見た「彼」の反応は、予想していたどれとも違っていた。



「――気になっている人がいるみたいだから、早速少しだけダンジョンを見てみましょうか」



 あろうことか、「彼」はセットに過ぎないはずのダンジョンを歩き、その扉の一つに歩み寄っていく。


(えっ?)


 扉の奥もセットで作り込んでいるのんだろうか。

 それとも、本当のダンジョンで……。


 追いつかない思考。

 けれどもそれも、「彼」が開いた先に見えたおぞましい光景に全て吹き飛んだ。



 ――モンスターハウス!!



「彼」が開けた扉の奥には、醜悪なゴブリンたちが所狭しと詰め込まれていたのだ。


 一瞬、本当に一瞬だけ、これすら仕込みだという可能性を疑ったけれど、「彼」の浮かべた驚きの表情が、その疑いを晴らした。


 ダンジョンの中層以降に稀に出現する罠。

 数々のダンジョン配信者を死へと追いやった最悪のトラップが、「彼」を襲っていた。


(わたしが、わたしがあんなコメントを打たなければ……!!)


 わたしも一度だけ、モンスターハウスに遭遇したから、分かる。

 あのトラップの本当の敵は、恐怖と動揺。


 押し寄せるモンスターに、その圧倒的な数の暴力に、探索者は冷静さを失ってしまう。


 足がすくんで上手く逃げられなかったり、錯乱して無駄にスキルを使ってしまったりして死んでいく探索者を、わたしは何人も見てきた。



「――逃げてっ!!」



 隣の部屋に家族がいることも忘れて、叫ぶ。



ルカ:逃げてっ!!



 それはすぐさま配信のコメントに反映されるけど、それが「彼」の苦境に何か役立つ訳じゃない。

 ほかのたくさんの悲鳴コメントと一緒に、ただ「彼」の視界を塞いで流れていくだけ。


 そして実際に、「彼」も逃げることは出来なかった。


 モンスターハウスを確認してまず、「彼」は素早くドアから距離を取った。

 ここまではよかった。


 そのままダンジョンの出口に一目散に走ればまだ、間に合ったかもしれない。

 でも……。




「――ちょうどいいや」




 あろうことか、「彼」はそうつぶやいて、自分から足を止めたのだ。



「何をしてるの?」「今すぐ逃げて!」「バカなことはやめて!」



 そんな無数の思考が巡って、言葉にならずにただ脳内を回る中で、「彼」が武器を抜いた。


 細身の剣かと思っていたその武器の全貌が見えた瞬間、わたしは目を見張る。


「……刀?」


 優美な反りを持った、片刃の剣。

 全武器種の中で最高峰の攻撃力を持つと言われるが、現代のどんなジョブにも扱えないと言われる〈ロストウェポン〉。


(まさか……!)


 こんな時、なのに……。

 わたしは刀を構える「彼」のその獰猛な笑顔に、思わず見惚れてしまっていた。


 けれど、本当の驚きは、そこから始まった。




「刀気解放〈虎徹〉――〈獣王武陣じゅうおうむじん〉!」




「彼」がスキル名らしい言葉を口にしたかと思うと、猛然とゴブリンを斬りつけ始めたのだ。


「……え?」


 その様は、まるで暴風。

 殺到していくゴブリンたちは「彼」の生み出す刃の嵐に瞬時に切り刻まれ、「彼」に近寄ることすら出来ずに魔力に分解されて消えていく。


「おおおっ!」


「彼」が吠える度、刃が煌めき、死体が増える。

 その様は、旧時代の漫画で見かけた「侍」と呼ばれた剣士の姿を思い起こさせる。


(す、ごい……!)


 ただの人間には絶対に為し得ない動き。

 それは疑いようもなく、現代のジョブには存在しない、「刀を用いたスキル」だった。



「あ、あぁ……」



 心臓がドクンドクンと脈打ち、胸がかあっと熱くなる。

 悲しい訳でもないのに涙があふれて、止まらない。


 わたしは今、伝説の始まりを見ているのだという確信が、胸の中に生まれていた。



「――終わり、だ」



 数十体いた魔物が全て切り捨てられ、「彼」が最後の一刀を繰り出したのは、戦闘が始まってからどのくらい経った時だろうか。


 ほんの一瞬だった気もするし、永遠にも等しいほどの長い時間だったような気さえする。


 けれど一つだけ言えるのは、それを見る前のわたしと、今のわたしはまるで違う人間になってしまったということ。



「ほん、ものだ……」



 そう口にした先が、ダンジョンに関するものか、それとも「彼」の力に対するものか、はたまた「彼」の性別に対するものか、自分でも分からなかった。


 でも、もうダンジョンが本物かどうかなんて、いや、それどころか「彼」が男か女かについてだって、どうでもよかった。


 それよりも、


「ヨシ、撮れ高!」


 戦いが終わって、「わたし」の方を向いて、「わたし」のためにニカッと純粋な笑みを贈ってくれた「彼」のことを、わたしは、



「ライさま、好きぃ……!」



 これから一生、命が尽きるまで推していこうと、そう心に決めたのだった。

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初めてのガチ恋勢!

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