第11話 洗礼


(――んー。これ、始まってる……んだよね?)


 配信開始のボタンはきちんと押したはずだけれど、あまりにも反応がなくて不安になる。

 思わずキョドってしまっていると、



:配信、始まってますよ



 という視聴者からのコメントが半透明のディスプレイに表示されて、ホッとする。

 とりあえず、



「――あぁ、ありがとう」



 とコメントにお礼を返していると、そこから雪崩を打ったようにコメントが流れ始めた。



:エッッッッッ!

:完成度やばくない?

:キョロキョロかわいー!

:なりきり系大好きです応援してます!

:初コメ

:見覚えないダンジョンですね

:本当は女の人なんだよね?えっマジで?

:やっば!やっば!

:えっごめんもう好き

:男にしか見えない!……男見たことないけど

:完成度エグいて・・・



(うわっ! ちょっ!? 多い多い多い……!)


 洪水のようにあふれるコメントに、流されそうになる。

 ただ、その中で、



:名前はライさんでいいんですか?



 というこちらの名前を尋ねるコメントを見つけて、ハッと我に返る。


 そうだ。

 まだ自己紹介すらしていなかった。


 配信者にとって、あいさつは何より大事。

 古事記にもそう書いてある。


「あらためて、みなさんはじめまして。バーチャルび……ダンジョンチューバーの、ライです」


 割り切ったはずだけれど、流石に恥ずかしくて自分を「美少年」とは言えずに、つい省略してしまった。


 すると、



:ライくん自信持ってー!

:かわいー!

:美少年だよ美少年!

:カッコイイと思います!

:ライきゅん可愛いよライきゅん!



 打てば響くように、というのはこのことだろうか。

 早速それを見咎めたコメント欄がこちらを煽ってくるが、これは仕方ない。


 というか冷静になるとある意味で素顔を晒して美少年を名乗っている訳で、正直今すぐ逃げ出したい。


 ただ、ネットを見ると、この世界は男性への美形判定は前世と比べ物にならないほどユルッユルだ。


 サムライ姿をしてキリッとした表情を作っていれば、案外雰囲気でごまかせるはず、とは思っていたけれど、このコメント欄を見る限りなんとか許されているようだった。


(ほんと、男が少ない世界で助かったよ)


 もし前世で美少年を名乗っていたら、きっとネット中から袋叩きにあっているところだろう。


 それから、ここが見覚えのないダンジョンだということや、僕の装備が見たことのないものだということで、一瞬コメント欄が紛糾しそうになったけれど、全部、



「――これはバーチャルだから!」



 で押し切った。

 普通はそんな言い訳にもなってない言い訳で乗り切れはしないと思うんだけど、


(いやこの人たち、ほんっとにチョロいな!)


 初配信に来てくれた貴重なリスナーさんにこんなことを思ってしまうのはアレかもしれないんだけど、全般的に僕にダダ甘。


 中には、まだほんの数分しかしゃべってないのにすでに好感度マックス、みたいなやばいコメントがチラホラ散見されている。


 今さらながらに、本当に男が少ない世界に来たんだな、と実感する。


 ただ、それが悪い気持ちかというと、そうでもない。

 いや、むしろ……。



(――チヤホヤされるの、めっちゃ楽しい!!)



 僕は早くも、配信の醍醐味という奴を味わい始めていた。


 前世の記憶を取り戻した時、僕は絶望した。

 ダンジョンで無双したいという欲と、女の子にモテモテになりたいという欲が混ざり合った結果、どっちも出来ないこの世界に転生してしまったことで、神を恨んだ。


 でも……。


(これ、なんじゃないのか?)


 ダンジョン探索を配信して、それを見た女の子にキャーキャー言われる。

 前世の「俺」が求めていた世界が、ここにあった。


 なぁんて僕が前世の自分を労っていると、




:というかそれ、全部セットなんじゃないんですか?

 未発見のダンジョンなんてある訳ないですし

 視聴者を騙すのはよくないと思います。




 疑問、というにはあまりに攻撃的な、刺々しいコメントが表示された。


(……来た!)


 配信を始める前から、批判的な意見が出るのは予測していた。


 もちろん僕は「バーチャルな世界を配信している」という設定なのだから釈明する必要はないんだけど、丸っきり嘘だと思われても困る。


「気になっている人がいるみたいだから、早速少しだけダンジョンを見てみましょうか」


 まだいくらでも説明は出来るけれど、ここらで一つ、実際のモンスターとの戦闘を挟んだ方が配信も盛り上がるはずだ。



:もう探索するの?

:危ないよ!

:このダンジョンのモンスターには興味があります

:一人じゃダメ! ちゃんと女の人呼んで!

:アンチなんて気にしないで!

:ワクワク

:油断しちゃダメだよ!

:活躍期待してます!

:お姉ちゃんとの初めての共同作業だね!



 それに対するコメント欄の反応は、心配半分、興味半分といったところか。


 ……ただ、実際のところ、この探索に危険はほぼない。


 配信やネットの攻略記事で予習したところ、ダンジョンの第一階層には罠はなく、部屋にも基本的にモンスターは一匹しか湧かない。


 それも、スライムやゴブリン、スケルトンといった雑魚だけしか出てこないらしい。


 たかだか雑魚ゴブリンやスケルトンの一体なら、地上で弱体化していたとはいえ、中盤級のモンスターであるオーガを倒した僕の敵じゃない。


 さらに言えば、オーガを倒したことで僕のレベルは5まで上がっている。

 今さらゴブリン程度が出てきても相手にもならない。


 僕は転移してきた城の入り口、エントランスを横断すると、一番近くにあった木の扉に手をかけた。


「じゃ、開けます!」


 中に何かいたら、華麗な剣技で倒してやろう。

 そんな妄想をしながら扉を開いた、次の瞬間、



「…………へぁ?」



 狭い部屋の中、ひしめく数十体のゴブリンたちと、目が合ったのだった。

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ダンジョンの洗礼!

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