第9話 たった一つの狂ったやり方
男でも探索者になる方法を尋ねたスレを閉じた僕は、とりあえず自分を落ち着かせるべく、深呼吸をした。
(……まあ考えてみれば、ネットってこんなところだったな!)
前世ぶりのネット掲示板だったせいで、どうやら正しいネット感覚を失ってしまっていたらしい。
(ネット掲示板っていうのは、尋ねたらそのまま答えが返ってくるような便利な場所じゃないもんな)
むしろ、詳しい説明も、男だという証明もせずにあんなスレを立ててしまった僕の方に問題がある。
スレを見た時は「なんだこいつら」と思わずキレそうになってしまったが、冷静になるとそんな気持ちはもうなくなっていた。
「……ヨシ! すっぱり忘れよう!」
こんなことで腹を立てたり、恨み言を言ってもそれはただ自分の品位を下げるだけ。
今はむしろ、あんなクソスレに付き合ってくれたことにお礼を言いたい気分だ。
僕は一つうなずくと、さっきのスレッドを開いて「うっせえバーカバーカ!お前らみんなハーゲーろ!」と丁寧なお礼の言葉を書き込んで、今度こそこの件は忘れることにした。
(さて、と……)
気を取り直してネットの情報を漁ってみると、どうも掲示板には僕が利用した匿名で書き込み可能なもののほかに、ステータスカードの名前で書き込むものがあるらしく、そっちは匿名のものに比べてだいぶお行儀が良いらしい。
ステータスカードの名前は身元を偽装出来ないし、あまりに問題のある発言をしたら掲示板からBANされたり、ステータスカード経由で逮捕されることもあるらしく、発言の重みが全く違うようだ。
(まあでも、そっちを使うと今度は身バレの問題が出てくるし、やっぱり掲示板で聞くのはなしかな)
ということは、地道に情報を検索して、自分で方策を探っていくしかなさそうだ。
「やるかぁ!」
幸いにも、時間だけはたっぷりある。
僕は一つ気合を入れると、空中に浮かんだ投影されたディスプレイに指を躍らせた。
※ ※ ※
(これは……困ったなぁ)
結論から言うと、ダンジョンに潜ること自体はたぶん出来る。
不可侵領域……〈東京ダンジョン00〉に潜れば、ほかの探索者に出会う心配はまずない。
ダンジョン管理局は各種のダンジョンランキングを監視しているから目立つ行動をするとすぐ目をつけられる、なんて真偽不明の怖い情報もあったけれど、いくら〈竜宮(たつみや) 礼(れい)〉をチェックしても〈久利須 黎斗〉には行きつけないはずだから問題ない。
ただ、大きな問題が一つ。
「――刀を集める方法が、ない!」
刀は〈サムライ〉にとっては生命線だ。
〈サムライ〉には刀を消費して使う〈刀気解放〉以外の攻撃スキルが〈居合抜き〉しかないため、刀を消費しないという前提だと最強職から一気に最弱職に落ちてしまう。
もちろん、自分で調達出来たらそれが一番いいんだけど、アドサガにおける武器のドロップ率は非常に低い。
しかも、アドサガには十を超える種類の武器がある。
落ちた装備がどの武器になるかはランダムなので、〈刀気解放〉用の刀を自己調達するのはぶっちゃけ現実的じゃないのだ。
だから普通はマーケット機能、「マナ」というゲーム内通貨を使って、装備などをプレイヤー間で売買出来る機能を使う。
幸い、マーケット機能自体はステータスカードさえあれば誰にでも出来るっぽいんだけど……。
「肝心のマナを集める方法がなぁ……」
ダンジョン探索におけるメインの収入は、モンスターが落とす「魔石」というドロップアイテム。
ただ、この世界では魔石の管理はかなり厳格にされていて、日本円やゲーム内通貨である「マナ」に換金する時にカードの情報もチェックされるらしいのだ。
もちろん、そこにのこのこと言って、男性が魔石を売ったらその時点で職務質問間違いなしだ。
なら、誰か他人に頼んで魔石を売ったり刀を買ってもらえば、ということも考えたんだけど、それも厳しい。
MMORPGであるアドサガには「アイテムの所有権」という概念があって、アイテムをただ手渡ししただけじゃそのアイテムを使うことは出来ない。
システム的に売買や譲渡を成立させて初めて、そのアイテムを利用出来るのだ。
だから、誰か適当な人を仲介しようにも、所有権を移動させるには正規のやり方を利用するしかない。
「こうなってくると、何か合法的な方法でマナを稼ぐしかない……んだけど」
そう思いながら様々な情報を流し見している時に、「それ」が目に留まった。
「――ダンジョン、チューバー?」
ダンジョンチューバー、もしくは略してダンチューバー。
ダンジョンの様子をネットで配信し、それを見た人たちに「投げ銭」という形でお金をもらう人たち。
今世では、家族がダンジョン関連のものを僕から遠ざけようとしていたからあまり意識することはなかったけれど、存在は知っていた。
(そういえば、前世でもアドサガの配信してる人たちはいたなぁ)
ぶっちゃけあまり人気はなく、何をモチベに続けているのか分からないくらいだったけれど、今世にももの好きはいるらしい。
僕は何の気なしに適当なダンチューバーの一人のページを開いて、
「……は? え? はぁ!?」
そこに書かれたチャンネル登録者の多さに、思わず目をむいた。
(なんでわざわざダンジョン配信なんか……いや、そうか!)
前世のアドサガは不人気ゲーだったし、前世におけるゲーム内配信は、「ゲームの中で、同じゲームをやっている人向けに配信している」という、ぶっちゃけ人気が出るような要素がないものだった。
けれど、この世界ではダンジョンは「現実」だ。
しかも、ネットに娯楽の溢れていた前世と違い、今はネット環境でのエンターテイメントに乏しいし、さらに言えばお金さえ出せば誰でもプレイ出来たアドサガと違い、戦闘ジョブを引かなければ挑戦する権利すらない。
ダンジョン配信が人気になるのは、むしろ自然の流れとすら言えた。
(待て、よ?)
そこで、気付いてしまった。
「……もしかして、僕もダンジョンチューバー、やれるんじゃ?」
――男の探索者、という希少性。
――〈サムライ〉というレアかつ派手なジョブ。
――〈不可侵領域〉にある誰も見たことのないダンジョン。
はっきり言って、話題性には事欠かない。
自分が配信者として上手くやれるかは分からないが、可能性くらいはあるんじゃないだろうか。
そして、ダンチューバーとして活動してもらえるのは日本円ではなく、ゲーム内通貨のマナらしい。
それならお金儲けをする精神的なハードルも低いし、もらった投げ銭で刀を買い込めば、最強探索者にだってなれるかもしれない。
(お、落ち着け、落ち着け)
こういう時に焦って飛びつけば痛い目を見るのはもう散々学んだはず。
僕は高鳴る胸を鼓動を押さえながら、ダンジョンチューバーについて調べ始める。
その、結果は……。
「……男のダンジョン配信は厳罰、か」
しかもこれ、ダンジョンに突入して配信した男性だけじゃなく、それを手伝ったスタッフに厳罰があるのももちろん、果ては配信を見ていただけの視聴者にもペナルティが行く可能性があるらしい。
(まあそりゃ、そうだよね)
このルールが出来た理由が、「男がダンジョン配信者として成功するなんて許せない!」なんて嫉妬だったら反発も出来たのだが、実態はむしろその逆。
以前、複数人の探索者女性が、男を無理やりダンジョンに連れて行って配信をさせた事件があったらしく、そんな案件から男性を守るためにルールが厳格化した、なんて言われたらこちらとしても何も言えない。
世の中、おいしい話なんてものはそうそうない、ということだ。
「いい考えだと思ったんだけど、な、ぁ……あ?」
漏らしかけた愚痴は、ふと目にした文字列によって止まった。
目に飛び込んできた文字列が、あまりにも強烈だったのだ。
「こ、れは……」
僕の言葉を止めたのは、とあるダンジョン配信者。
――男性なりきり系配信者、華見沢 ルイ。
「男性、なりきり……?」
何かの予感に突き動かされるように、僕はむさぼるようにして、「彼」の紹介文を読んだ。
パッと見は男にしか見えない「彼」の中身の性別は女。
けれど配信中は男装し、男のように振る舞うことで、視聴者からの絶大な人気を獲得しているらしい。
「あ……」
連鎖するようにフラッシュバックするのは、前世の大人気ネットコンテンツ。
Vチューバーと呼ばれていた、アニメ絵をアバターとして配信をするネット世界のアイドル。
特にその中でも「バ美肉」と呼ばれる、自分とは性別の異なるガワを被って配信する配信者の記憶が蘇ってきて……。
カチリ、カチリとピースがはまり、僕の頭の中で急速に一つのビジョンが像を結んでくる。
ああ、そう、だ。
僕は……。
「――僕は、バーチャル美少年ダンジョンチューバーになる!!」
―――――――――――――――――――――
脱法ダンチューバー、爆誕!!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます