第5話 奮闘
プロローグぶりの別キャラ視点です
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「……あはは。わたしってほんと、ついてないな」
目の前で雄たけびをあげる巨大な怪物、〈オーガ〉を前に、わたしは力なく微笑む。
出先からの緊急出動で、単独行動をしていたのが仇となった。
仲間と合流しようと移動した先で出くわしたのが、この凶悪を絵に描いたような人型の魔物、オーガだった。
(わたし、ここで死ぬ……のかな?)
うなりを上げて迫るオーガの剛腕を転がるように躱しながら、そんなことを思う。
これがダンジョンの中でなら、あるいは倒せないまでも、逃げることくらいは出来たかもしれない。
わたしはまだ探索者としては駆け出しとはいえ、Cランク。
同年代の中では上澄みだという自覚もあるし、わたしがもらった〈義賊〉というジョブは、速度特化の当たり職だ。
万全の状態なら、いくら敵がオーガであっても、逃げることくらいは出来たはずだった。
でも……。
(――〈ジョブ〉の力は、魔力濃度の低い地上では弱体化する)
もちろんジョブだけでなく、魔物や魔法、スキルなど、ダンジョンに関わるもの全てが地上では弱体化するけれど、それは一律じゃない。
例えば、ダンジョン外で一番弱体化が激しいのが魔法系のスキルで、その威力はダンジョンの5%程度になると聞く。
これは、魔法がその性質上、魔力の影響をもっとも受けやすいからだ。
一方で、肉弾戦をメインにするような近接ジョブの場合は魔法よりは魔力の影響を受けにくく、ダンジョン内の10~15%程度の能力を発揮出来るとされている。
(……でも、それ以上にダンジョン外に適応している奴がいる)
それが、よりにもよってモンスターだ。
魔法によって生み出されたものではあるけれど、モンスターは人と違ってそもそもの肉体が強靭。
魔力濃度が低ければ確かに弱体化はするものの、その弱体化率は平均して七割程度。
つまり、ダンジョン外でも30%程度の力は発揮出来てしまうことになる。
だから、同格のモンスターと探索者が地上で戦えば、探索者は絶対にモンスターに勝てない。
少なくとも、地上でモンスター相手に有利に戦えるジョブを、わたしは一つしか知らなかった。
(せめて、誰か……。わたし以外の探索者と、合流しないと!)
そんな一縷の希望を求めて動かした視線が、一つの建物の二階で留まる。
一瞬だけれど、そこに人影が見えたのだ。
わたしは思わず、その人に助けを求めようと口を開いて、
(――男の子!?)
あまりの驚きに、その口が、止まった。
だって、この地域にいるわたしと同世代の男の子なんて、一人しかいない。
(――
この近くに住んでいるなら、彼のことを知らない人なんていない。
男の子でありながら、日本中でも群を抜いて魔力濃度が高く、魔物の発生頻度も高い東京で暮らす、変わり者の少年。
伝説的な探索者である母親と、すでに一線級で活躍している姉と妹を家族に持っていて、「もしかすると本人も戦闘職になるんじゃないか」なんて言われて、地域中の人が注目している有名人。
窓に映った人影の正体に思い至った瞬間に、わたしは「助けて」と叫びそうになった口を、ぎゅっと閉じる。
(――ダメだ!)
黎人くんとはまともに話をしたこともないし、彼はわたしのことなんて知らないだろう。
――でも、わたしはずっと、覚えている。
本屋に行った帰り道、わたしは突然曲がり角の先で男の子に出会って、本の入った袋を落としてしまった時……。
その時、その男の子は慌てて駆け寄ってきて、「大丈夫ですか?」って言って、落とした袋を手渡してくれたんだ。
その時のふわふわした気持ちを、胸が熱くなって眠れなかった夜を、覚えている。
こんなことで万が一にでも黎人くんが死ぬなんて、わたしのせいで彼がひどい目に遭うなんて、そんなの絶対、許せない!
……だから!
「――わ、わたしが、相手だ! 化け物ぉ!」
震える足に鞭を打って、わたしはオーガと向き直った。
※ ※ ※
(……あ、はは。案外、動けるじゃん)
オーガの武器は、その巨大で強靭な四肢そのものだ。
防ぐことも受けることも出来ないその一撃を、躱して、躱して、躱し続ける。
どっちみち、移動速度だってオーガの方が速い。
わたしに残された道は、小さい身体を活かしてオーガの攻撃をいなし続けることだけだった。
(……やっぱり黎人くんは、わたしの天使だね)
あの時に勇気を出さず、そのまま逃げていたって殺されていただろう。
本人が知らない間に二回もわたしを助けてくれたことに内心で笑みを浮かべながら、短剣を握る手に力を籠める。
(まだ、やれる!)
身体はすでにボロボロだ。
でも、オーガの攻撃がやけにくっきりと見えて、身体がいつになく思う通りに動いた。
こういうのを、ゾーンに入った、とでも言うのだろうか。
(――左下! フック気味!)
またオーガが攻撃を繰り出すが、見えている。
轟音を上げて繰り出されるオーガの左拳を、ギリギリの軌道で避けようとして、
「…………あ」
ガクンと、足から力が抜けた。
極限に達した疲労が、精神よりも先に限界を迎えた。
まるでスローモーションのように迫る巨大な左手が、バランスを崩したわたしの身体に吸い込まれ――
「――ッ!」
衝撃。
意識が一瞬にして飛んで、次いで全身から危険信号が、痛みという形になって送られてくる。
「……ぁ、ぐ」
もはや、悲鳴すら出ない。
一般人よりも強靭な探索者の身体は、かろうじてオーガの一撃に耐えた。
でも、それだけ。
視界は霞み、両手両足を動かそうと力を入れても、何の反応も返ってこない。
(……ここまで、かぁ)
ドスン、ドスンと威圧的な音を立てて、オーガの巨体が近付いてくるのを、わたしは絶望と共に見守った。
「みっちゃん、さゆり、せんせえ。……ごめん」
ここにはいないチームメンバーに、最後の別れを口にする。
そうして、わたしを叩き潰すであろう拳が、ゆっくりと振り上げられるのを見た、その時、
「――刀気解放〈小鴉丸〉」
瞬間、影が落ちた。
「……え?」
唐突に、愉悦に顔をゆがめたオーガの顔に、一本の線が走る。
「ギャアアアアアア!!」
線からは血が噴き出し、オーガが痛みと怒りの悲鳴をあげた。
何が起きたのかは、分からない。
ただ……。
「間に合って、よかった」
まるで、オーガからわたしを庇うように、「誰か」がわたしに背を向けて立っていた。
その影はわたしに背を向けていて、顔は見えない。
ただ、その「誰か」が右手を開くと、そこから小太刀のようなものが零れ落ち、まるで「役割を終えた」と言わんばかりに塵となって風に流れていく。
(……ゆ、め?)
非現実的な光景に、わたしはただ、その人影を見上げることしか出来なかった。
いや、それすら痛みと疲労に押し負けて、わたしの意識は急速に闇に呑まれそうになる。
でも、最後の瞬間、
「――もう大丈夫。こいつは、僕が引き受けるよ」
どこか聞き覚えのある声に安心して、わたしはゆっくりと意識を手放したのだった。
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反撃開始!
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