第4話 襲撃


「――それじゃあ、母さんたちは行ってくるわね」


 うちの一家は、僕を除いた全員が探索者の資格持ち。

 モンスターの襲撃時には、対応の義務がある。


「レイくん、本当に一人で大丈夫?」


 それでも姉さんは残りたがっていたけれど、僕は首を振って言った。


「心配しすぎだよ。ここは結界があるから、大声を出したりしなきゃ平気だって」

「でも……」


 正直、不安がないと言えばウソになる。


 ただ、「ジョブ判定」に使われる会場は特別な建物で、モンスターの襲撃も想定して建てられている。

 これで文句を言っていたら罰が当たるだろう。


「大丈夫大丈夫。それより、姉さんたちも怪我しないように、気を付けて」

「う、うぅ。レイくぅぅん……」


 僕は何度も何度も振り返ってくる姉さんと、僕の手をなかなか放そうとしない妹の未衣を送り出し、ふう、と息をついた。


 いくら戦闘用のジョブを持っていても、前世でゲームをやり込んでいても、中身の僕は普通の人間だ。

 本物の怪物に立ち向かうなんて想像するだけで震えるし、勝てる気もしない。


(……万が一の時のために、避難経路だけは確認しておこうか)


 せめて、何か行動していたら気がまぎれる。

 そんな理由から、周辺の地図を見てほかの避難所への逃げ方を頭に叩き込んでいた時だった。


「――ゃあああ!」


 窓の外から、誰かの声が聞こえた。


 反射的に、窓に駆け寄る。

 その行為が、あまりにも軽率だったと気付いたのは、窓の外を覗いて、「そいつ」の姿を確認してからだった。



(――オーガ!!)



 主にクエストの目標や中ボスなどで、アドサガにも何度も出現していたモンスター。

 しかし、実際に目にしたそいつは、ゲーム画面越しに見たものより、何倍も、何十倍も恐ろしく感じた。


 そして、恐ろしいのはそれだけじゃない。


(――女の、人!?)


 僕と同じくらいの年の少女が、オーガと必死に戦い、いや、逃げまどっていた。

 その、瞬間だった。



 ――窓から見下ろす僕の視線と、ちょうど顔を上げた少女の視線が、ぶつかり合う。



 僕の姿を認めた少女の顔が驚愕に染まり、ついで、その口が「助けて」の「た」の形に広げられて、



「…………え?」



 その口は、何も発することなく閉じられた。


 いや、それどころか、少女はさっきまで一心に逃げていた怪物と向き合い、



「――わ、わたしが、相手だ! 化け物ぉ!」



 震える声で挑発をして、オーガの注意を自分に引き付けようとさえした。


 ……その理由が、僕には分かった。

 分かって、しまった。




(――僕が、「男だから」だ)




 一般的に、男性は戦闘用ジョブにつけず、魔物と戦う力を持たない。

 だからこそ、少女は自分の身が危険になることも承知で、オーガの標的を自分に固定させようとしたのだろう。


 そして……。

 その判断は、どこまでも正しい。


「……クソ!」


 いくらめずらしいジョブを持っていたって、僕のジョブのレベルは1で、敵と戦うためのスキルや装備も、何も持っていない。

 ゲームでは中盤のボスだったオーガになんて、勝てるはずがない。


 ……唇を、噛み締める。


 あるいは僕が英雄譚の主人公なら、勝てる見込みがなくとも、命を懸けて少女の加勢に行くのかもしれない。

 けれど、僕にはそんな博打に手を出すことは出来なかった。


 僕は物語にいるようなチート級の力を持った超人ではなく、一般人。


 勝利の見込みもないのに助けに向かうのは、ただの蛮勇。

 いや、自殺だ。


(オーガを倒す、なんて贅沢は言わない。せめて、せめてあの子の手助けを出来るような何かが、僕にあれば……あ)


 だが、そこでふと、大事なことを思いだした。


「……そうだ! 初期装備!」


 ステータスカードを使って呼び出せるインベントリには、最初からその職業の初期装備が入っていると聞いたことがある。


 一体何が入っているかは確かめていないが、だからこそ、役に立つものが入っている可能性はゼロじゃない。


(何か、あいつの気を逸らすようなものがあれば……)


 望み薄だと分かっていても、何かしないではいられなかった。

 僕は慌てて、自分のステータスカードを取り出す。


「なにか、なにか……あっ!」


 僕は震える指で自分のステータスカードを操作しようとして、地面に取り落とす。


「ああ、もう!」


 気だけが逸り、心臓が激しいビートを刻む。

 もはや、カードを拾う時間すらももどかしい。


(早く、早く!)


 もう一度ステータスカードを手に取ると、〈サムライ〉と書かれたカードを握り込むほどの力で掴んで、操作する。


 そして、


「……は、は、ははは」


 表示されたインベントリ画面を見た瞬間に、口から気の抜けた声が漏れた。



「――なんだよ。あるじゃん、チート」



 初めて開いたはずの、その画面。

 けれど、そこには……。




 無銘刀        ×28

 脇差         ×34

 小狐丸        ×88

 小鴉丸        ×92

 虎徹         ×18

 刀夜光        ×15

 日輪刀        ×53

 不知火        ×78

 菊一文字       ×13

 斬鉄剣        ×9

 不死狩り       ×3

 修羅刀        ×12

 天叢雲剣       ×3

 千里時螺旋飾太刀   ×5

 氷刃村雨       ×2

 鬼斬村正       ×6

 無双正宗       ×1




 ゲーム時代の自分が愛用し、収集していた刀たちが、確かに存在していた。

―――――――――――――――――――――

引き継がれた力!

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