第6話 斬魔の剣
オーガに殴られていた女の子が、どこか安心したような顔をして目を閉じているのを確認して、ほっと息をつく。
(ギリギリ、間に合ったみたいだ)
怪我は痛々しいけれど、命に係わる怪我じゃなさそうだ。
それに、僕の姿を見られなかったのも幸運だった。
〈サムライ〉のジョブについては、出来れば周りには秘密にしておきたい。
もし見られて、万が一特定でもされてしまったら面倒なことになる。
(……とはいえ)
それも、全てはこのオーガとの戦いを乗り切ってからだ。
僕がつけた顔の傷は、異様な回復力によりもう塞がって、奴は警戒した様子でこちらを見ている。
あんな奇襲は、二度と通用しないだろう。
ただ、警戒しているからこそやれることもある。
砕け散った刀、〈小鴉丸〉の代わりに、新しい刀をインベントリから取り出すと、
「――刀気解放〈日輪刀〉」
すぐさまスキル発動。
光り輝く刀を、天に掲げる。
「――〈恵みの陽光〉!」
刀がボロボロと崩れ落ちていき、代わりに周囲を暖かな光が照らす。
陽光を浴びた少女の傷が塞がっていくのをちらりと確認してから、僕は動き出した。
「――僕が相手だ! 化け物!」
既視感のある台詞と共に地面を蹴って、僕は脱兎のごとく逃げ出した。
※ ※ ※
――〈サムライ〉は、環境が固まってしまった零細MMORPG〈アドラステア・サーガ〉にヤケクソで投入されたぶっ壊れ職だ。
アドサガはMMOらしく、ゲーム内でプレイヤー同士が取引可能なマーケットがあったけれど、サービスが続くにつれ、ゲーム内経済は停滞してしまった。
マーケットの使用用途は、主に装備品の確保。
自分の職では使えない装備をマーケットに売りに出し、代わりに自分のジョブ専用の装備を購入するのがその主な用途だった。
ただ、アドサガは硬派なゲームであり、装備のインフレがあまりなかった。
ゆえにプレイヤーたちは無理なく最強か準最強に近い装備を早々に手に入れてしまい、マーケットを活用する機会がなくなっていったのだ。
――低迷する人気と、停滞するゲーム経済。
そんな苦境を打破するべく実装されたのが、壊れ職〈サムライ〉だった。
色々と尖った性能を持つこのジョブだが、その特殊性は、なんと言っても一つのスキルに帰結する。
――〈刀気解放〉。
刀に秘められている力を強引に引き出すことによって、一度きりの魔法を発動させる技だ。
スキルを使用すると使った刀ごとに決まった技が発動し、その威力はほかのジョブのスキルと比べても群を抜いて強力なものが多いが、力を使った代償として使った刀は壊れてしまう。
――つまりめちゃくちゃ簡単に言うと、刀を使い捨てにして、それぞれに設定されたアクティブスキルを発動させる技だ。
最強装備を手に入れた人が満足しちゃうんだったら、装備を壊さなきゃ技が使えないようにすればいいじゃない!
そんな開発陣のアホすぎる発想の下に生み出された、ネット時代の鬼子〈サムライ〉は、当然のごとく炎上して、数少ないユーザーをさらに減少させることになった、んだけど、それはまあこの際どうでもいい。
大事なのは、僕の〈サムライ〉というジョブと、インベントリに入っている大量の刀を使えば、圧倒的格上のオーガ相手でも、戦いようがあるってことだ!
「って、やっば!」
少し気を散らしている間に、怒りの形相をしたオーガが、僕に猛然と迫っていた。
いくら特別なジョブを持っていたって、今の僕はレベル1。
身体能力では、圧倒的に不利だ。
だから……。
「刀気解放〈小鴉丸〉」
手にした小太刀を握りしめ、スキル対象に選択。
道の先に見える電柱を見据えた瞬間に、オーガの両腕が僕を捉えようと迫るが、
「――〈影討ち〉!」
次の瞬間、僕の身体はオーガの眼前から消え、道の先にある電柱に小太刀による一撃を見舞っていた。
……これが、さっきの女の子を助けるのに使った技〈影討ち〉。
〈小鴉丸〉を犠牲にすることで使用出来るこの技は、即時発動の必中技だ。
二十五メートルほど先の相手までを標的に取ることが出来、ロックオンした相手に必中の斬撃を見舞う。
威力はそれほどでもないが、選択した相手のところに一瞬で移動して斬りつけるため、当時のプレイヤーには便利な移動技として活用されていた。
「……っと、と」
欠点は、突然視界が切り替わるため、気持ちが悪くなることだけれど、そんな弱音を吐いてはいられない。
「――ガァァアアアアアア!!」
背後から聞こえるオーガの怒りの咆哮に身をすくませながら、僕はすぐに走り出す。
(ここで追いつかれたら、終わりだ)
インベントリには大量の刀が入っていて、中にはオーガを一蹴出来るような強力なものもあるが、残念ながら今の僕には扱えない。
高度な刀を扱うためには、〈サムライ〉ジョブのスキル〈刀装備〉を取得する必要があるからだ。
インベントリに大量の刀が入っているのを見た瞬間、急いでカードを操作して、初期スキルポイントを使って〈刀装備〉のランク1を取得したけれど、それで扱えるのはごく一部だけ。
まともにぶつかったんじゃ、倒せるはずがない。
活路があるとすれば、それはたった一つ。
「……ダンジョン、だ」
ダンジョンに行けば、モンスターもジョブ持ちもステータス通りの力を取り戻す。
もちろん、お互いが本来の力を取り戻せば、負けるのはこっちだ。
いくら特別なジョブを持っていたって、いまだに初期レベルの僕がオーガなんかに勝てる訳がない。
……でもそれは「お互い」が全力になった場合の話。
(僕が、オーガよりも先にダンジョンにたどり着けば……)
その瞬間、オーガにダンジョンの魔力が届くまでの間だけは、僕だけが一方的にダンジョンの魔力を利用できる。
全てに劣った僕がオーガに勝つとしたら、それを狙うしかない。
「こっちだ!」
叫びながら、無人の道を駆ける。
(確か、この奥に……)
事前に避難経路を確認していてよかった。
記憶を頼りに、一番近いダンジョンへの道を走っていた、その時、
「なっ!」
進行方向、その先に、小さな少女の姿が見えた。
――視線が、交わる。
怯えた少女の視線が、僕のそれと絡まって……。
「く、そぉっ!」
僕は悪態と共に横に飛び、脇道に飛び込んだ。
背後からは、あいかわらずの破壊音。
幸か不幸か、オーガは少女には気付かず、あいかわらずこちらに向かって一直線に向かってきているらしい。
(どうするどうするどうするどうする?)
ほかに選択肢がなかったとはいえ、曲がった場所が最悪だった。
こっちの方角には、ダンジョンはない。
いや、それどころか……。
(この方向は、まずい!)
この先は行き止まり。
東京を両断したという断絶、不可侵領域と呼ばれる空間が広がっている。
(多少無理にでも、方向を――っ!?)
一瞬で思考を断ち切る衝撃が、背後で弾ける。
「……が、ぁっ!」
一瞬で肺の中の空気を吐き出し、衝撃に押されるまま、地面を転がる。
追いかけるように響いた破砕音に、僕は思わず視線を向けた。
「バイ、ク?」
そこで僕の目に飛び込んできたのは、ひしゃげたバイクと、曲がり角から顔を出す筋骨隆々の鬼の姿。
投擲の体勢でこちらをにんまりと見つめるその姿から、奴が路上に乗り捨てられたバイクを投げつけたのだと、ようやく理解する。
「ばけ、ものめ……!」
悪態をつきながら、必死にオーガから距離を取る。
だが、
(ま、ず……)
下がろうと背後に視線をやった僕の目に映ったのは、巨大な半透明のドーム。
「――不可侵、領域」
魔法によって生み出されたと言われる、誰も入ることのできない空間。
(最悪、だ)
鬼が繰り出した一手によって、僕は負傷しただけではなく、袋小路に追い込まれていた。
額を、冷たい汗が伝う。
(横道はないし、左右の塀を飛び越えるほどの隙もない。どうにかして、あのオーガを躱して、元の道に戻らないと……)
じわじわとせりあがる焦燥。
狩りの成功を確信して、オーガが迫る。
追い詰められた僕は、進めないと知りながらも、背後のドームに体重を預けるようにあとずさり、
「……えっ?」
次の瞬間僕の身体は支えを失い、半透明のドームの「内側」に転がり込んでいた。
「……どう、いう」
ここは、明らかにドームの内側。
不可侵とされた領域の、その内部に僕はいた。
「――ガァアアアアアアアアアアア!!」
そんな僕を我に返らせてくれたのは、皮肉にも仇敵の咆哮だった。
何が起こったのかは、分からない。
ただ、身体に力が、魔力が満ち満ちていくことだけは、分かった。
立ち上がり、インベントリから武器を呼び出す。
手にしたのは、無骨な木刀。
「刀気解放〈
技が発動し、木刀が崩れ去る。
木刀から生まれた光が僕に吸い込まれるが、それで何か大きな変化が生まれた訳ではなかった。
オーガはそれを見て、僕の技が見掛け倒しだと判断したんだろう。
口元に残酷な愉悦をにじませて、僕を押し潰さんと迫る。
――それが、致命的な判断ミスとも気付かずに。
〈刀夜光〉のスキルは、自己バフ技。
解放技の中でも異色の効果を持つ〈似非剣豪〉は、使用者のスキルのランクを一時的に1だけ引き上げる。
そして、僕が習得しているスキルは、一つだけ。
オーガが迫り、拳を振り上げる。
ただその時にはすでに、僕は新しい刀をその手に握りしめていた。
「刀気解放〈斬鉄剣〉」
〈似非剣豪〉のスキル効果によって扱えるようになった、上位武器。
無骨な拵えに秘められた冷たく研ぎ澄まされた力が、今、解き放たれる。
「――〈一閃〉」
僕がその名を口にした時、哀れなオーガの身体は、すでに上下に分かたれていた。
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決着!!
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