第2話 異世界転生合体事故


(――このシチュエーション、まさか「異世界転生」って奴なのか?)


 自分が死んだ時の記憶も神様のような存在に会った記憶もないけれど、これが漫画やラノベでよく見る「異世界転生」だという根拠はある。


 前世の記憶はぼんやりとしていて、家族や友達の名前も思い出せない。

 けれど、記憶の中の自分が「竜宮たつみや れい」という名で呼ばれ、ダンジョンがなく、たくさんの男が普通に外を出歩く世界で、楽しそうに日々を過ごしているのは分かった。


(だけど、そんなのはありえない)


 今世の「僕」の知識によると、今からおよそ百二十年前に起こった〈魔力浸蝕〉によって、世界にはモンスターがあふれた。


 同時に、女性と比べて魔力への耐性が低い男性は死にやすく、また生まれにくくなり、徐々にその数を減らしていったらしい。


 その結果、この世界では町中を歩いているだけで突然モンスターに襲われる危険があるし、男性は希少なため、外を出歩いていることはめったにない。



 ――「竜宮 礼」が生きていた世界と、「僕」が生きている世界では、あまりにも常識が違いすぎるのだ。



 そう考えると……。


(僕がずっと「何かがおかしい」と感じていたのは、前世の記憶のせいか)


 モンスターが人を襲ったという話や、男女比が1:10を下回ったというような話を聞く度に、「そんなはずはない」というどこかモヤモヤした想いが抜けなかった。


 それは、僕が潜在的に前世の自分……「竜宮 礼」の記憶を持っていたと考えれば、納得出来る。


(だとすると、やっぱりここは異世界。それに転移とか憑依じゃなくて、純粋な転生だ)


「前世の自分」は「ジョブ判定」をきっかけに別の世界からやってきて、今までの「僕」を乗っ取ったのではなく、生まれた時から「僕」の一部としてずっと存在していた。


 むしろ、前世の記憶が戻ったことで、今まで混ざり切らなかった前世の自分と今世の自分の人格が、今度こそ完全に統合されたような感じすらある。


 いやまあ、生まれる前の「僕」に前世の人格が乗り移ったなら憑依とも言えるかもしれないけど、そういう細かい分類はいいだろう。


 ……そして、もう一つ。

 自分が「異世界転生」をしたと考えた根拠がある。


 思い出せる「竜宮 礼」としての最後の記憶は、高校の時のもの。


 高校生だった前世の「俺」は、「このゲームが現実になったら、魔物をバッタバッタと倒して大活躍するんだけどなー俺もなー」と授業中にいつも考えていたし、「あー、明日の朝目覚めたら女ばっかりの世界になっててモッテモテになったりしないかなぁ」なんて妄想ばかりしていた。


 その望みを神様か何かが叶えて異世界に送ってくれたのだとしたら、辻褄は合う。

 合う……んだけど。


 だけど、だけどさ。




 ――なんでその二つ、混ぜちゃったんだよ!!




 心の中で、神様に抗議する。


 確かにこの世界にはダンジョンがあるし、男性の数が非常に少ない。

 その点では、かつての自分が妄想した、夢のシチュエーションを二つも備えているとは言える。


 でも、この世界では貴重な「男」は、危険なダンジョンに入ることを禁じられているため、ダンジョンで冒険したり無双したり一攫千金したりというのは絶対に出来ない。


 かといって、希少な男であることを利用して暢気にモテモテハーレムを作ろうとするにはダンジョン要素が邪魔!


 何しろ、「この前商店街にミノタウロスが出たらしいわよ」「まぁ怖いわねぇ」みたいな世間話が普通にされているような世界なのだ。

 おちおちデートも出来やしない。


 もしかすると善意で前世の願望を両方とも叶えてくれようとしたのかもしれないけど、完全に配合失敗しているのだ!


(どっちか片方だけ叶えてくれたら、最高だったのに!)


 そんな風に思って頭を抱えたところに、空に浮いていたカードが急に重力を思い出したかのように地面に引かれ、カツン、カツンと硬質な音を立ててテーブルに転がる。


 その音に、ハッと我に返ると同時に……。



「――レイくん、大丈夫? 何かあったの!?」



 心配性の姉が、部屋の外から声をかけてきたのが分かった。


(じ、時間をかけすぎた!? ど、どうしよ!?)


 視線の先には「サムライ」という職業と、前世の名前が書かれたカード。

 これを素直に見せたら、大騒ぎになることは間違いない。


(と、とにかくこれを隠して……)


 手に取った銀色のカードをポケットにねじ込んだのと、ほぼ同時だった。


「レイくん、入るよ?」


 ガチャリとノブが回されて、姉が部屋に入ってくる。

 姉は僕の無事な姿を認めると、ホッと息をついたのが分かった。


「よ、よかったぁ。レイくん全然出てこないから、何かあったのかと思って……」

「ごめん。ちょっと結果に驚いてただけだから」


 飛び込んできた姉に、僕は愛想笑いを浮かべてそう答える。

 すると今度は一転、姉は目を輝かせて尋ねてきた。


「じゃ、じゃあもしかして、何かすごい〈ジョブ〉をもらえたの!?」

「ええと、まあ、その……」


 そのキラキラとした瞳の圧力に、耐えきれず、




「――か、母さんと同じ、〈ソーサラー〉だったよ」




 僕は思わず、そう誤魔化してしまったのだった。

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バーチャル美少年ダンジョンチューバー ~男が希少すぎる世界で、男装女子と言い張ってダンジョン配信します~ ウスバー @usber

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