35. セシルの想い


 【セシル視点】



 

 私は昔から、本を読むのが好きだった。

 ブラディール家は吸血鬼の家系だから、住処を転々とすることも多く、私には友達と言える相手が一人もいなかった。そんな私をいつも楽しませてくれたのが本だった。こう言うとなんだか寂しい人みたいだけど、本が一番の友達、本さえあれば他には何も必要ないとさえ思っていた。

 

 そんな私にも、一つだけ憧れていたものがあった。パパとママだ。


 吸血鬼と人間。二人が一緒になるまでには、種族の違いによる周囲の反対や軽蔑など、様々な障害と困難があったらしい。それでもパパはママを選んで結婚した。そうして私が生まれた。

 パパが失ったものは多かったのだろう。同族には見放され、頼れる仲間もいないまま正体を隠しながら生活しなければならない。それでもママといるときのパパは幸せそうに笑っていた。

 物語の世界が好きな私には、そんな二人の関係が世界一尊く思えた。

 ある時、ママに聞いてみた。


「ねぇ、ママはパパと結婚して幸せ?」

「どうしたの急に?」

「いいから!」

「幸せよ、すっごく」


 ママは優しく微笑んでそう答えた。


「私もいつかママとパパみたいになりたいな」

「なれるわよ、私の子だもの」

「そうかな~」


 幼いながらにも、私は理解していた。自分の境遇の特殊さを。

 吸血鬼と人間のハーフでダンピールは忌み嫌われるもの。吸血鬼には見放され、人間には恐れられる。私のことを好きになってくれる人なんて本当に現れるのだろうか。


「大丈夫。いつか必ず、あなたを大事にしてくれる人が見つかるわ。でもそのためには、あなたも周りの人を大事にしないとだめよ? そうすればそのうち、あなたが辛い時、苦しい時、近くで寄り添ってくれる人がいてくれるから。その本のようにね」


 私は持っていた本を両腕で強く抱きしめた。

 それを見たママは少しだけ申し訳なさそうにして言った。


「ごめんね。普通の暮らしをさせてあげられなくて」

「ううん。気にしてないよ。ママとパパがいれば十分だもん」

「ふふ、セシルは本当にいい子ね。パパとは大違い」

「そうなの?」


 意外だった。ママはパパのことが大好きだと思っていたから。


「ええ、口は悪いし素直じゃないし気が利かないし、最低なんだから」

「えーーー!」


 たしかに少しガサツな気はしてたけど、ママが呆れるほどとは思わなかった。

 

「それでも、いざって時は頼りになるのがパパのいいところよ。あの人はママの為なら、きっとどんな困難にも立ち向かってくれるもの」


 ママは懐古するような瞳で遠くを見つめた。

 愛し合うとは、何があってもお互いを信頼しあうことなのかも知れないと思った。


「そういう人と出会うことができるのを、人は運命って呼ぶのよ」

「そっか。じゃあもし私が運命の人と出会えて、その人が私のために苦しむようなことがあったとしたら、私はどうしたらいいのかな?」


 するとママは一瞬口を丸くして、けれどすぐに微笑みこう言った。


「そうね、もしそうなることがあったら、応援してあげなさい。誰もが諦めてしまうような状況でも、その人が戦おうとしているのなら、あなただけは、支えてあげなさい」


 それからしばらくして、ママは死んでしまった。

 私とパパを残して。

 人間にしてはそこそこ生きた方だろう。


「これから寂しくなるかも知れないけど、希望を捨ててはだめよ。運命を信じなさい。すべては最善であると。そうすればいつかきっと、あなたを理解してくれる人が見つかるから」


 それがママが私にかけた最後の言葉だった

 





 それから過ごしてきた年月は、実に退屈だった。

 私は待ち続けた。運命を。

 容姿につられて寄ってくる男は多かったけど、下心だけだとすぐに分かった。ある時、日本に行こうと思った。ママの故郷であり、ママがパパと出会った国だ。

 パパにはしばらく旅行で留守にするとだけ言って出てきた。

 ママの家はまだ残っていて、いつでも住めるようになっていたから丁度良かった。

 パパに連絡して、しばらくこっちで暮らしてみることにした。

 しばらくしたある日。私は深夜の公園で一人満月を見上げていた。

 そうしているうちにすべり台で寝てしまい、起きたらそこに一人の少年がいた。

 気がつけば私は、彼の首筋に噛みついていた。

 

 それが彼、鳳智くんとの出会いだった。

 運命の、出会いだったのだ。



 ――――

 

 ――



 形勢は誰が見ても明らかだった。


 智くんが痛めつけられているのをただ見ていることしかできないのがもどかしい。

 それでも、決闘を止めようとする彩奈くんと妹くんを、私は制止した。私だけは、彼を信じてあげなくてはならないのだ。

 ママが言った通りだった。今、私のために命がけで戦ってくれている人がいる。出会いは偶然だったけれど、私の目に狂いはなかった。彼こそが、ずっと憧れてきた運命の相手なのだ。もう気力も体力も限界なのが伝わってくる。本音を言うと今すぐにでもやめさせて手当てしてあげたい。それで離れ離れになってしまうとしても、それでもこれ以上、私の為に傷ついて欲しくなかった。

 でも、私しかいない。今ここで、智くんを支えてあげられるのは。だから叫ぶ。

 

 「がんばれ智くんっ!! 君なら勝てる!! 諦めるなっ!!!!」



 抗うのだ。二人の未来のために――。









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