28. はいあ~ん♡


 翌日、学校に着くとセシルさんが一週間ぶりに席に座っていた。僕はそれを見て安心する。少なくとも昨日の健闘は一時的とはいえセシルさんを取り戻すことに繋がったのだ。と頬をほころばせていると、教室へ入るなり彩奈が険しい顔をして近づいてきた。


「ちょっと智どうしたのその顔!?」

「ああ、ちょっとね……後で説明するよ」


 あまり教室でする話でもないしね。きっとクラスのみんなは僕がチンピラにカツアゲされたとでも思っているだろう。問題ない。もし聞かれてもそう答えておくとしよう。三人組のチンピラに絡まれたけど手傷を負いながらも撃退したと盛りに盛って話しておくとしよう。


「おはよう」

「ああ、おはよう。体は大丈夫かい?」

「一応ね。まだあちこち痛いけど」

「……すまなかった」

「セシルさんが謝ることじゃないよ。それに、まだまだこれからだからね」

「本当にパパともう一回戦う気かい?」

「うん。色々考えたんだけどやっぱりそれしかないかなって」

「まったく、君ってやつは」


 セシルさんは困ったようにおでこに手を当てた。

 

「ならば、私も協力しないとね」

「協力?」

「ああ。このままではパパに一矢報いるのは不可能だ。それは智くんも分かっているだろう?」

「まぁ……」

「智くんが勝つには、この一週間で智くん自身が強くなるしかない。小手先の戦略だけでなんとかなる相手ではないからね」


 ということで、と言わんばかりにセシルさんが続けた。


「今日から毎日。放課後に特訓をしよう」

 


 ◇◆◇◆◇



 ――パチンッ。

 昼休みの屋上に、乾いた音が鳴り響いた。


 昼休み。僕は彩奈にこれまでの経緯を説明していた。

 だが説明を終えた直後、彩奈がセシルさんの頬をひっぱたいたのだ。

 僕は突然の出来事に言葉を失った。しかしセシルさんはそんな彩奈に怒ることもやり返すこともなく、ただ黙って彩奈のことを見据えていた。


「文句言わないわよね?」

「ああ。気は済んだかな?」

「済むわけないでしょボケが。本音言うとあと十発はいきたいところよ」

「受けてもいいが。腫れすぎてブサイクになった顔を智くんに見られるのは恥ずかしいな」


 彩奈が舌打ちをかましながら腕組みをする。どうやらもう叩く気はなさそうだ。いや結構な威力だったと思うけど大丈夫なのかな? 僕なら歯が吹き飛んで目ん玉が飛び出していてもおかしくない。というのは言い過ぎだが多分泣いてる。

 

「彩奈。僕が怪我したのは自業自得だよ。セシルさんはわるく――」

「そういう問題じゃない」


 ぴしゃりと言われ、僕は固まった。


「いいんだよ智くん。覚悟はしていたさ」


 いやいや。暴力はよくないですよ暴力は。なんて僕が言えた義理じゃないけど。なんせこれから暴力で立ち向かわなければならないのだから。


「それで? これから智を鍛えてアンタのパパに勝てるようにするって?」

「そういうことだ」

「私が許すと思う?」

「君が許さなくても、智くんは私のためにやってくれるよ。そうだろう?」


 セシルさんの問いに僕は黙って首肯する。

 彩奈は呆れたように天を仰ぐと、観念したように言った。


「一つ条件があるわ」

「なんだね?」

「私も同行させること。特訓と称して智に危険なことさせないように見張らせてもらうわ」

「それは君が智くんと一緒にいたいだけではないか?」

「うっさいわね! それもあるわよ!」


 あるのかよ。僕に告白したあの時から、天邪鬼加減が日に日に雑になってきている気がする。

 

「特訓って具体的には何をするの? 筋トレとか? 僕的にはワンインチパンチ習得したいんだけど」

「そんな達人クラスの技簡単にできるようになるわけないでしょ」

「じゃあデンプシーロール!」

「遊びのつもりならやめたら? 決闘」

「分かってるよ。言ってみただけだって」

「特訓の内容は後でのお楽しみだ」

「えーーー! もったいぶらずに教えてよ!」


 僕は両手を丸めて上下に振って駄々をこねてみる。女の子がやると可愛いアクションだが自分でやってみると「何やってんのこいつ?」と言われそうなくらい滑稽になった。男の子でも可愛く見える仕草があれば教えて欲しい。昨今のジェンダーレスブームに乗っかって僕も合法的に可愛い系男子路線で学園生活を攻めてみようと思う。アンニュイな感じもいいな、と僕は思う。ああいうのってSNSとかではそれこそ星の数ほどいるのに、なぜか現実ではあまり見かけないんだよな。あいつら普段どこにいるの? あとボディービルダーね。あいつらも見ない。ジムで暮らしてんのかな。


「ふふ。かわいいよ、智くん」


 おや、どうやらセシルさんには刺さったらしい。もしかして可愛い系男子の素養あるのかな。やべぇ。帰ったら裏垢つくろ!


「きも。そういうの似合わないからやめて」


 彩奈から放たれた火の玉ストレートによって浮かれかけていた気分が一瞬で消沈する。しゅんとしていると、セシルさんが話題を変えた。


「そんなことより食事にしようじゃないか」


 僕は「そうだね」と言って、先に座ったセシルさんの隣に腰を下ろす。その隣に彩奈が座り、二人に挟まれる形となった。まさに両手に花。でも僕の恋人はセシルさんなわけで、幼馴染とはいえ他の女子と一緒に過ごすのは倫理的にどうなんだろうと思わなくもないがセシルさんは特に気にした様子もないのでとりま良しとする。

 

 そして僕にはこの後の展開が見えている。発動! ラブコメアイ!

 僕レヴェルになると数多の物語の統計によって未来のラブコメ展開を予測することができるのだ! 

 一分後、僕はセシルさんにあ~んされて、それに張り合って彩奈があ~んしてきて、繰り返されるあ~んの応酬によって僕の胃袋がパンパンになって「あーんもうおなかいっぱいでたべれな~い」となる可能性約97.3パーセンツ!

 だがしばらく経っても、その時は訪れなかった。


「どうしたんだい? 早く食べないと休み時間が終わってしまうよ?」

「なに智、食欲ないの?」

「いや、別にそういうわけじゃないんだけど」

 

 欲しがっていると思われるのも嫌なので、僕はおとなしく自分のお弁当を食べ始める。ラブコメアイが間違っていたのではなく残りの2.7パーセンツを引いてしまっただけだと自分に言い聞かせウインナーを一口ほおばる。するとセシルさんが「いっこもーらいっ」と言って僕のお弁当箱から唐揚げをかっさらい、続いて彩奈までもが「いっこよーこせっ」と言ってブロッコリーをさらっていった。ブロッコリーは苦手だったのでありがたかった。僕は内心「あーそっちのパターンか~」と裏をかかれた気分になって、それでもお約束イベントを堪能できたことに満足感を覚えた。


「お返しにミートボールあげよう。はい、あ~ん」


 きたあああああ!!

 やはりラブコメアイは間違っていなかったのだ!

 僕の中でミートボールは唐揚げの下位互換的存在だが、あーんして食べさせてもらうセシルミートボールはシャトーブリアンをも凌ぐ絶品肉料理と化す。

 僕はセシルさんの気が変わらないうちにと思いパクっと食いついた。口の中に安っぽいデミグラスソースの酸味と甘さが広がった。これが幸せの味なんですね、という実感とともに冷たいミートボールを噛みしめていると、彩奈がむむっと不満げな顔をするもんで、僕はお得意のやれやれ系主人公の応用、”やれやれ仕方ないから付き合ってやるよ系主人公”を発動し彩奈からのあ~んを待つ。いやでも待てよ? 彼女の目の前で別の女の子からあ~んされるのってどうなの? アウトじゃね? 冷静に考えてあまりにも不誠実すぎる。しかし断るのも気が引けるというもの。どうしよう……という僕の懊悩など知らぬであろう彩奈がついに言う。


「智! ほら、口開けて!」

「え、う、うん」


 ありがたいことに命令してくれたおかげで、多少罪悪感が払拭された。ごめんセシルさん! 今回だけは許してください!

 彩奈は自分のお弁当からプチトマトを箸でつかむと、そのまま僕の口に放り込んだ。僕は知っている。彩奈は昔からトマトを苦手としていることを。こいつ……ちゃっかり自分が食べれないもの押し付けてきやがった。


「どう、おいしい?」


 自分がまずいと思っているものを無理矢理食わせて感想を聞くその白々しさに一周回って関心する。


「別に、普通」

「まぁほら、栄養あるからね」


 なら自分で食えよ、と思ったが言わないでおく。ビンタで顎外されたくないからね。

 はっとしてセシルさんの方を見る。

 若干だが口をとがらせているのを僕は見逃さなかった。


「ごめん、つい」

「いいんだよ。智くんがしたいようにすればいい。私は止めないよ」


 いじけるように言うセシルさん。それはそれで可愛らしかったけれど、やはり心苦しくなって話題を変えることにした。


「お弁当は自分で作ってるの?」

「ああ。パパは怠け者だからね」


 なんかわかる気がする。昨日パピーと対面したとき、張りつめた緊張感とともにどこか気の抜けた炭酸のような印象を覚えた。


「じゃあ料理できるんだ。すごいね」

「まぁね。今度食べさせてあげよう」

「やった。楽しみだなぁ」


 こりゃ増々一週間後の決闘で負けられなくなったな。と、気合を入れなおす。

 彩奈がぼそっと「私だってつくれるっつの……」と言ったのを聞こえていないフリをして、僕は食べ終わったお弁当を片付ける。

 

 まだ昼休みが終わるまで時間がある。


 「なんか食べたら眠くなってきちゃった」


 場つなぎ感覚で言ったつもりだったのだが、セシルさんは何を思ったのか少し座る位置をズらし、持ち前のムチムチ太ももをポンポンと叩いて言った。


「ほら、ひざまくら。昨日頑張ってくれたご褒美だ」



 僕はトんだ。






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短編小説を投稿したので、よければこちらもどーぞ!

『月のドレスコード』

https://kakuyomu.jp/works/16818093090253283043

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