27. 残された時間


 目が覚めると知ってる天井が……というか僕の部屋だった。

 記憶をたどる。確かパピーと戦ってそれから……気を失ってしまったようだ。

 体を起こす。


「いてて」


 まだ体のあちこちが痛い。そりゃそうか。

 それにしても、信じられん。今になってセシルさんの父親とタイマンしたという事実に驚く。夢ではないことは体の痛みから明らかだ。

 やばすぎでしょ……。

 下手すれば殺されていたかもしれないのだ。

 ネオ鳳モードは危険だ。発動するときは気を付けなければ。そもそもネオ鳳ってなんやねん。


「んん……兄さん?」


 ベッドの脇に澪がいた。どうやら眠っていたらしい。僕が目を覚ますのを待っていたのだろうか。


「兄さん! よかったっ……もうっ、心配したのよ!?」


 澪はそう言うと、ガバっと抱き着いてきた。ダメージが残っているせいで抵抗できずに後ろに倒れこんでしまう。


「澪……重い」

「失礼すぎ。女性に重いなんていう兄さんはどうせ一生結婚できないので私がもらってあげようそうしよう」

「決めつけないでくれる?」

「というかいづれ兄さんからプロポーズしてくる予定だし」

「しないよ!? 妹にプロポーズ!」

「新婚旅行はグアムで決まり! 子供は二人で庭付き一戸建てのマイホーム車はLグランド!」

「気が早いよ!」

「あ、ごはんもってくるわね。おなか空いてるでしょ?」

「え、うん。ありがと」


 相変わらずマイペースな澪であった。



 ◇◆◇◆◇



 澪から聞いた話によると、数時間前、セシルさんがずぶ濡れになりながら、気絶している僕を家まで運んできたらしい。それから僕をベッドに寝かせると、キレ散らかす澪に一言「すまない」とだけ言い残し帰って行ったとか。ん、まてよ? セシルさんが濡れていたということは、当然僕も濡れていたはずだ。つまり誰かが僕の体を拭いて部屋着に着替えさせたということ。セシルさんか澪、あるいは二人で……。

 羞恥心で死にたくなる。詳細はあえて聞かないでおこうと思った。世の中には知らない方がいい事もあるのだ。洗濯物を干した時のお日様の匂いの正体とか、抹茶アイスの成分とか、エビの尻尾とか。


「はい、あーんっ」

「自分で食べれるよ」

「怪我人はおとなしく看病されてればいいのよ」


 澪が夕飯のシチューを口に運んでくる。

 抵抗しても仕方がないと思い、おとなしく好きにさせてやることにした。心配をかけてしまったのは事実だ。贖罪といってはなんだが、これくらいは許してあげよう。なんかすごい恥ずかしいけど。

 

 「兄さん。それで、何があったの?」


 食事を食べ終えたところで、澪が真剣な眼差しで訪ねてきた。

 吸血鬼のことは伏せつつ、それ以外はありのままを話した。澪は黙って聞いていたが、説明が終わると、険しい顔をして言った。

 

「許せない……ただじゃ置かないわ……」

「いいんだ。これは僕の問題だから」

「兄さんの問題は私の問題でもあるのよ。復讐するは我にアリ!」


 そう言ってどこかへ行こうとするする澪を、手首を掴んで引き止める。


「本当に大丈夫だから。頼むよ。この件は自分でケリをつけるから」

「……わかったわよ。でもね兄さん。これだけは忘れないで。兄さんが傷付くことで悲しむ人もいるのよ」

「うん、わかった」

「そ、ならいいわ。ふふ」


 澪はなぜだか笑った。


「なにがおかしいんだよ」

「なんだか昔の兄さんを見てるみたいだなって。その情熱が私に向けられていないのは尺だけど、かっこいいわ」

「かっこいい? 僕が?」

「ええ。誰かのために必死になっている兄さんは世界一かっこいい」

「やめてよっ……!」


 僕は照れ臭くなって目を逸らす。ちらりと澪を見ると、澪の頬も僅かに赤みがかっていた。

 かっこいい、か。そんな言葉を言われたのいつぶりだっけか。そういわれると、自分のしていることが肯定されているような気がして嬉しくなる。

 頑張ってよかったと、そう思える。


「で、これからどうするの? セシルさん、このままじゃイギリスに帰っちゃうんでしょ?」


 一週間後、もう一度パピーと戦えるチャンスがある。

 だがこのままでは到底敵わないだろう。それは今回で心底思い知らされた。

 

「少し考えるよ」

「まさかまた喧嘩するとか言わないわよね?」

「…………わかんない」

「だめよ。絶対やめて」


 澪の心配はありがたいが、現状セシルさんと一緒にいるにはパピーに一矢報いるしか方法がない。それか、諦めてこの一週間を思い出作りに使うか。きっとその方が賢明なのだろう。世の中にはどうしようもないことだってあるのだ。きっとこれがそうだ。けれど、奇跡が起こる可能性が一パーセントでもあるのなら、それに賭けてみたい。澪には悪いけど、僕は主人公であることを諦められない。


 ”――生き方には二通りしかない。奇跡などまったく起こらないように生きるか、すべてが奇跡であるかのように生きるかだ”


 アインシュタインの有名な言葉。正しいか正しくないかではない。大切なのは共感できるかどうか。奇跡は一度起きている。セシルさんと出会えたのだから。ならばもう一度起こるかもしれない。


「それじゃ、私食器かたずけたら寝るから。おやすみ」

「おやすみ、ありがとう」


 澪はふてくされるように言うと、おぼんを持って部屋を出て行った。

 今日は流石にベッドに忍び込んでくることはなさそうだ。

 スマホを見ると、セシルさんからメッセージが入っていた。どうやら明日からまた学校に来られるようだ。

 

 食事をとったせいか、眠くなってきた。さっきまで気絶してたというのに、体はまだ休息を求めているらしい。

 明日になればまたセシルさんと会える。

 そのことを楽しみに思いながら、僕は再びまどろみの中へと落ちていくのだった。

 

 

 


 

 


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