25. ブラディール家 Ⅲ
玄関を上がると、そのまま居間に通された。畳にテーブル、座布団。掛け軸。障子の奥には緑豊かな庭の景色が広がっていた。外から見るより遥かに趣がある。そんないかにもといった和室にノスタルジーを感じている暇もなく、部屋に入ってきたパピーに「座れ」と言われ、僕とセシルさんは並んで正座した。テーブルをはさんでパピーが胡坐をかいて座る。さっきは緊張もあって気にしてなかったけど、セシルさんの父親だけあって凄まじくイケメンである。
「セシル。お前このガキと付き合ってるって本当か?」
パピーの質問にセシルさんは驚いたような顔をした。僕がパピーに関係を教えたのが意外だったのだろう。しかしすぐに気を取り直すと、平然と言った。
「本当だよ。私は彼と、鳳智くんと付き合っている」
「このガキは知ってんのか? 俺たちのこと」
セシルさんはこくりと頷いた。
おそらく吸血鬼のことをいっているのだろう。パピーは眉を顰めると、僕を一瞥。
「鳳っつたな。お前、セシルが吸血鬼だと知っててどうして付き合った?」
なかば強引に、と言ったらぶち転がされそうなのでやめておく。それに、きっかけはそうだとしても、今は一人の女性としてセシルさんに魅力を感じているのも事実だ。なにより、
「運命を、感じたからですかね」
「なに?」
「初めて出会ったときから思ってたんですよ。きっと僕のヒロインはこの子なんじゃないかって。そしてそれは間違ってなかった。吸血鬼だと知った時は驚きましたけど、まぁ関係ないですね。大切なのは気持ちが本物かどうかですから」
「智くん……」
セシルさんが嬉しそうな眼で僕を見た。ふふ、ようやく僕の土俵になってきた。ラブコメに対するこだわりは誰よりも強い自信がある。パピーに何を言われようが、信念は曲げない。”百歩先は譲ろうと百一歩先は譲らない覚悟を持て”だ。ここが百歩目。何者にも否定させはしない。
「そうか。なるほど。よくわかった」
思いのほかすんなりと認めた。逆に不気味なくらいだ。「もう殺しちゃえばいっか」とか考えていないでくれよ……。
しかし、まだ一番大事なことを聞けていない。
僕は自分から切り出すことにした。
「それよりセシルさんが学校に来ない理由を知りたいんですけど」
「俺が行かせないようにした。スマホも取り上げた。このままイギリスに連れて帰るつもりだ」
淡々と紡がれたその言葉に、一瞬頭が真っ白になった。なんだって? 連れて帰る? 学校をやめるってこと? イギリス? もう会えなくなるじゃん、まじ?
絶望が濁流のように押し寄せてくる。頬がひきつる。セシルさんも納得いってないようのか、険しい表情をしながら俯いていた。冗談ではないようだ。
「どうしてですか?」
「急にしばらく日本で暮らすと言って出て行った娘が、何をしているかと思えば学校になど通っているたのだ。連れ戻して当然だろう?」
「学校に通ってるのの何がいけないんですか?」
「お前には分からんだろうが、俺たちは吸血鬼だ。普通の人間とは違う。できるだけ人間との接触は控えるべきなんだよ」
「隠してればいいじゃないですか」
「そんな単純にはいかないものなんだよ。実際もうお前に知られている」
「うっ……」
確かに、それに関しては返す言葉がない。
「吸血鬼のことは誰にも言いません。お願いです、どうかセシルさんを連れて帰らないでください」
僕はテーブルに顔が付きそうなくらい深く頭を下げる。
「智くん……」
「ふん。ガキの恋愛ごっこなんてどうでもいいんだよ」
「ごっこじゃありません。僕にとってこの恋は特別なんです」
「分かってないようだがな、俺はお前を今すぐ殺しちまうことだってできるんだぞ? セシルのために見逃してやってるだけだ。それだけでもありがたいと思えよ」
「はい。ありがとうございます。それでも、セシルさんといられなくのは嫌なんです。ずっと願い続けて、ようやく掴み取った運命なんです。絶対に放したくありません」
「……」
「パパ、頼むよ。私にとっても初恋と呼べるものなんだ。もう少し日本にいさせてくれ」
セシルさんが頭を下げた。あのセシルさんが、僕のために。なんだかとても嬉しい気持ちになった。こんな光景、もう二度と見られないかもしれないな。
パピーは閉口したまま考え込むように目を閉じた。
頼むから「分かった」と言ってくれ。そう心の中で祈る。
沈黙が重くのしかかる。よく考えると、この人の気分一つで僕は次の瞬間殺されるかもしれないのだ。怖い。怖い怖い怖い! だめだっ、冷静になるなっ。信じろ、全ては最善だ。最善を尽くし、最善を引き寄せる。ただそれだけだ。
やがてパピーが瞼を開き、セシルさんと同じ、赤い瞳で僕を見る。
「お前の覚悟は分かった。だから一つ、チャンスをやる」
「チャンス……?」
「ああ。この俺に勝ったら考えてやる」
「勝つって……なにでです?」
「男なら喧嘩に決まってんだろ」
「え?」
「ちょっとパパ!」
喧嘩……タイマンってこと、だよな? いやいやいやいやいやいや。何言ってるのこの人? セシルさん曰く吸血鬼の身体能力は常人を遥かに凌ぐって話だ。人間な上に帰宅部の僕が勝てるはずないじゃないか。
「あの、もっと平和的な対決にしません? テトリスとか」
「馬鹿にしてんのか?」
「すいません」
正直今のは僕が悪い。素直に謝っておく。
「でも喧嘩は流石に……」
「安心しろ。ハンデはつけてやる。死なないよう手加減してやるし、お前は一発でも俺に入れれば勝ちでいい。出血大サービスだ」
「おっ、バンパイア流のジョークですね? 出血だけに!」
「馬鹿にしてんのか? ハンデ無くすぞ?」
「すいません」
今のも僕が悪かった。
「それじゃ、靴履いて庭にこい。逃げたきゃ逃げても構わねぇけどな」
「逃げませんよ」
「ほう」
パピーは感心したように笑った。ここまできたら行くとこまで行ってやる。
「智くん。本当にやるのかい?」
「うん。頑張ってみるよ」
「そうか……パパ、もし智くんに万が一のことがあったら許さないよ」
セシルさんがパピーを睨みつけた。
「わーってるっつの」
パピーは縁側でサンダルを履き直接庭へ。
僕も言われた通りに玄関経由で庭へと向かった。
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