24. ブラディール家 Ⅱ


 


放課後がやってきた。

彩奈は任せろと言っていたが、そう簡単に人ん家の住所を調べることなど可能だろうか? 期待と不安を半分ずつ抱きながら、僕は席に座ったまま彩奈の連絡を待っていた。しばらくして、スマホにメッセージが届いた。彩奈からだ。そこにはおそらくセシルさんの家と思われる住所と、『感謝しろ』の文字。

 すげぇ……。方法は分からないが、学校中の情報網を使ってつきとめたに違いない。これが元学園のアイドル、現不滅の女王の力か。おっと、感心している場合ではない。

 僕は彩奈に『ありがとう!』と返信をして教室を後にした。


 学校を出て、電車に乗り地元へ。

 駅を離れ、しばらく畦道を歩いたところにある分かれ道。以前セシルさんを見送った場所だ。スマホでマップを表示し、彩奈から教えてもらった住所を検索してみる。

 近い。ここから十分もかからないだろう。

 さて、参るとしますか。



 住所に記された地点に到着。


「ここ……だよな?」


 古風な一軒家だった。いかにも日本住宅といった感じで、すりガラスの玄関と、その手前には庭へと続く脇道があり、花や草木が生い茂っている。

 とても英国系吸血鬼が住んでいるとは思えないが、たしかセシルさんは母親が日本人のハーフだったはずだ。もしかしたら母方の実家なのかもしれない。

 一つ深呼吸をしからインターホンを押す。二十秒ほど待ってみるが反応はない。もう一度押してみても同じ。留守だろうか。それかセールスだと思われて居留守を使われているか。僕は玄関の前で「すいませーん。セシルさんいますかー」と呼び掛けてみた。


 ……出直すしかないか。


 そう思って踵を返そうとしたとき、ガラガラと音を立てながら扉が開いた。

 目の前に長身の男が現れる。髪はセシルさんと同じ銀色で、長い後ろ髪を一本に結っている。堀の深い切れ長の目と高い鼻。恰好はかなりラフで、長袖の白Tシャツに色あせたジーパンをはいている。20代と言われても疑わないくらい若く見えるが、吸血鬼であればあてにならないだろう。

 男が鋭い眼光で僕を見据えてくる。怖くて逆に目をそらせない。蛇ににらまれた蛙の気分だ。


「なんだ、お前」


 どこか気怠げな吐息交じりの声。

 咄嗟に「あ、えっと、そのっ」と突然女子に話しかけられてパニくるコミュ障オタク感あふれる反応をしてしまったが、本来の目的を思い出し自分を落ち着ける。

 そうだ、ビビッている場合ではない。


「あの、自分翆麗学園2年の鳳智って言うんですけど、セシル=カプチュッチュ=ブラディールさんはいらっしゃいますか?」

「まさかセシルの友達か?」


 とりあえず「はい」と答えようとしたが、直観キムタクがそれを許さなかった。この期に及んで何を恐れているのか。堂々としろ堂々と。彩奈の有志を思い出せ。男見せろ男ォ!


「セシルさんとは最近からお付き合いさせていただいてます……一応」


 惜しい! 最後の一言がなければ完璧だったのに! 無駄に予防線を張ろうとする癖が発動してキメ切れなかった。どうやらキムタクへの道はまだまだ長そうだ。


「なに? お付き合い、だと?」

「は、はい……」


 男の眼光がさらに鋭くなる。本気出せば視線だけで人を刺し殺せるんじゃないだろうか。


「なるほど、お前が……」

「?」


 男は何かに納得したように呟くと、再び僕に向けて言った。


「よし、帰れ」


 何がよしなのか分からないが、そう簡単に引き下がるわけにはいかない。せめてセシルさんの様子くらい聞いておかなければ。


「あの、セシルさんはなにして」

「帰れと言ったのが聞こえなかったのか?」


 ギロっと睨まれ思考が恐怖に支配される。絶対人殺したことあるだろこの人。

 でもね、こっちにもあるんですよ。強者に対抗しうる力が。全国民に平等に与えられし権能。弱者を守る正義の剣、そう――警察DA☆


 僕は臆病者だ。だがそれは悪い事ではない。臆病がゆえに慎重になる。慎重がゆえに、常に最悪を想定して備えられる。

 すでに僕の手にはスマホが握られている。発信ボタン一つ押すだけで通報できる状態だ。もしこの男が手荒な事をしてきたら迷わずお巡りさんに助けてもらうとしよう。


「最近学校に来ていないので心配なんです。連絡もつかないし……どうしてるかだけでも教えていただけませんか?」

「チッ、めんどくせぇな。消えろ」


 そう言って男が扉を閉めようとするのを、手で必死に抑える。僕は今、これまでの人生で一番の行動力を発揮している。


「離せっつの! 壊れんだろーが!」

「セシルさんに会わせてくれるまで離しませんっ!」


 目に見えない力が僕を駆り立てる。愛という名のアドレナリンでハイになった思考がぶっとんでネオ鳳を誕生させた奇跡の瞬間を感じろ感じろ感じろラブパワーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!


「ボケが」

「いてっ」


 急に蹴り飛ばされた僕は後ろに尻もちをついた。ネオ鳳モードを強制終了されテンションも鰻下がり。蹴られた腹部がじんじんと痛んだ。


「ふん。二度とくるな」

「ちょ、まっ!」


 チョマテヨ! と言えない自分に情けなさを覚えながらも無常にも扉が閉められていく。くそ、ここまでか……僕的にはだいぶ食い下がったつもりだったんだけどな。ここまでした以上、おそらく次はないだろう。やはり僕じゃだめなのか? 僕じゃセシルさんにふさわしくなかったのか? 凡人の独りよがりだったのか? 自己嫌悪に胸が締め付けられる。せっかく彩奈が協力してくれたのに……。これじゃ失望されても文句は言えない。

 絶望に打ちひしがれかけていたそのとき、家の奥から聞きなじみのある声が届いた。


「パパ。何してるの――って智くんっ!?」


 セシルさん慌てたようにがこちらに駆けてくる。一週間ぶりに見る彼女の姿は相変わらず美しかった。ちゃんと胸もでかいままだ。そりゃそうか。

 とにかく元気そうでよかったと安心する。粘った甲斐があったというものだ。

 それより今パパって言ってたな。つまりこの人がセシルさんのお父さんか。


「こいつが無理やり入ってこようとしたんだよ」


 さらっと嘘つくじゃん、セシルパピー。


「彼ははそんなことする人じゃないよ、まったく……。智くん、大丈夫かい?」

「う、うん。ありがとう」


 セシルさんに手を貸してもらいながら立ち上がる。

 

「セシルさんが学校にこなくなって心配してたんだ」

「すまない。色々あってね。とりあえず中で話そう。いいよねパパ?」


 セシルさんがパピーに問う。その瞳にはわずかに怒りの色が滲んでいた。

 パピーは頭を掻きながら観念したように答えた。


「はぁ……わーったよ」


 パピーが家の奥へと去っていく。そして僕もセシルさんに連れられ、ブラディール家に足を踏み入れるのだった。



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