21. 陰と陽
結局、その日は彩奈と澪の二人と登校することになった。
澪は妹だからいいとして、彩奈は大丈夫なのだろうか。僕なんかと一緒にいるところを見られて変な噂でも立てられたら可哀想だ。
まぁそれ以上にセシルさんというS級彼女がいるにも関わらず翆高人気NO1の彩奈とまで仲がいいと思われたら、とうとう嫉妬に狂った男子生徒にブスっといかれるかもしれない。ブスっと。背中に気を付けなければ……。
ということで五秒ごとに背後を振り向きながら教室まで辿りつくと、まだセシルさんが来ていないことに気づいた。いつもは僕より早く登校しているのに珍しい。もしかすると昨日貸したラブコメが面白すぎて夜更かししてしまい寝坊しているのかも知れない。セシルさんに限ってそれは無さそうだけど。
カバンを置いて席につくと、いつものように半熟ギャル三銃士の話し声が聞こえてきた。
「つかセシルの話きいた~?」
「きいたきいた。なんか昨日年上の男と歩いてたらしいじゃん」
「まじ? 鳳と付き合ってるんじゃないの? 浮気? もしかしたら援交かも!」
「へぇー以外。あんな子でも売りやったりすんだね」
「ちょっ、決めつけちゃ悪いって、彼氏くんに聞こえちゃうよ」
わざと僕に聞こえるように言っているのが丸わかりである。まだカラオケの時のことを根にもっているのだろうか。僕が無視していると、高宮さんが意地の悪い笑みを浮かべて近づいてきた。
「ういーっす鳳~」
僕は内心舌打ちをしながら挨拶を返す。
「おはよう高宮さん、どうしたの?」
「いやさぁアンタの彼女、昨日変な男と駅前歩いてたらしいよ? ねーねーどう思う?」
さっきも聞いたっての。わざわざ言ってくんな。本当に性格の悪いビッチである。どうして女の世界はビッチなほどカーストが高いのか。ギャルはみなウァレリア・メッサリナでもリスペクトしているのだろうか。
「別に……見間違えじゃない? それか身内とか」
「どうかな~。結構かっこよかったらしいよ。浮気されてるとか思わないの?」
「思わないよ」
不安などない。セシルさんがそういう人ではないことぐらいわかる。彼女の聡明さを、高宮さんは知らないのだ。
「ふーん。でもさ、あんたが思ってる以上に女って猫かぶってるもんだよ。特にあんたみたいな陰キャってすぐ勘違いしそうだしさ。遊ばれてるかもとか思わないの?」
「だから思わないって」
若干、声音に怒気が乗ってしまった。
他人を下だと決めつけている人間の浅はかな挑発だ。構う必要はない。それでも腹が立つのは、許せないから。僕が
防ぐには、最初の段階で正すしかない。引くべきではない。衆人監視の中でこそ、はっきりと否定するべきだ。
「セシルさんは高宮さんが思ってるような人じゃないよ。もっと純粋で、聡明で、気高くて賢い人だよ。だから君がいうような不誠実な女の子とは違う」
僕の言葉に目を丸くした高宮さんが、直後おなかを抱えて笑い出した。
クラスメイト達から注目が集まる。
「あんたそれ本気で言ってんの? あははっキッショ! あはははははっ! つかそうだったとしてもアンタみたいな陰キャと付き合うわけないじゃん。夢見すぎだって! あははははははっ!」
「…………っ」
高宮さんの言うとおり。確かに僕にはセシルさんと釣り合う要素なんてない。そんなこと自分が一番よく理解している。血が美味しい、だから好き。それだけ。セシルさんの好意に説得力を感じきれないのは、僕自身の魅力の無さにあるのだ。そういう意味では、高宮さんの言葉は的を得ている。むかつくけど。君だって胸元から除く褐色肌くらいしかいいとこないくせに!
「あんさ。この際だから教えておいてあげる。あんたらみたいなオタクってさ、他人に自分の理想だけを当てはめて評価してんだよね。けどその評価軸は空想由来のものだから、勝手に現実に絶望して文句しか言えなくなるのよ。リアルの人間関係に乏しいから現実の人間がどんなものに惹かれて、どんなものに嫌悪するかが分かってない。それでいて自分の感性が高尚なものだって妄信してるから周囲と合わせることができないの。そんでどうせあーしらみたいなのをビッチとか思って見下してんでしょ? それって自分より低俗だと決めつけてる人が楽しそうにしてるのを妬んでるだけじゃん。だから陰キャなのよ。見た目とかスペックじゃないの。そういうスタンスが陰キャを陰キャたらしめるの。分かった? あとさっきから胸チラ見してんのバレてっから」
羞恥心に目を伏せる。まさかここまで言われる事になろうとは……しかもなかなかに理論だっている。どうやら僕は高宮さんを侮っていたようだ。半熟ギャルの矜持が垣間見えた気がした。何も言い返せないまま、惨めさだけが胸を締め付ける。
「だからオタクはちょろいのよ。ちょっとそっちの土俵に降りてやればすぐ落ちるんだから。この子は分かってる! この子は他の子とは違う! 汚れてない! つってね。都合よく勘違いしてくれるから。そんな単純な連中の言う事に説得力なんてないんだっつの」
僕はただ下を向いたまま黙っていることしかできなかった。高宮さんの主張を否定できる言葉が見つからない。いや、よくよく探せばあるのかもしれない。あとから、こう言っておけば良かったと、後悔することならできるかもしれない。でも今それができなければ意味がないのだ。教室の空気が重くなる。愉快そうに笑っているのは高宮さんと、その取り巻きだけだ。
視界が滲んだ。声を出せば涙がこぼれそうだ。あぁ、なんて惨めなんだ。誰もが自分は利口だと思っている。でもいざ思想の檻を抜け、他者に正当性を証明しなくてはならなくなった時、偽物は言葉によってつまびらかに晒され、幻想は打ち砕かれる。心ごと。
僕は負けたのだ。高宮さんにほぼ一方的に否定され、成すすべもなく。
どうしてこうなった。セシルさんを庇おうとしただけなのに……いや、最初から高宮さんは僕を攻撃するつもりで絡んできたのだろう。迂闊に挑発に乗ってしまった僕のミスだ。くそ。
僕は、間違っていたのだろうか?
僕なんかが、陽キャに歯向かう資格など無かったのだろうか?
独りよがり。自己満足。彼女ができて調子に乗っていた。位が上がったと錯覚していた。
高宮さんの言うとおりだ。僕自身は何も変わっちゃいない。
「あー、なんかすっきりしたわー。んじゃね」
僕に反論の意思がないのを悟ってか、高宮さんが背を向ける。
引き止めろっ。引き止めて言い返せっ……!
そうするべきだと分かっているのに、喉元より先に声が出ない。高宮さんを説き伏せる言葉が見つからない。
ここまでかと、諦めかけたその
「――まてよ、高宮」
それは、凍てつくような声だった。
その声の主に、クラス中の視線が集まる。みな信じられないといった反応だ。もちろん僕も。
声の主が僕の隣に立つ。
まるで臆する様子もなく、底冷えするような瞳がまっすぐに高宮さんを見据えていた。
高宮さんが振り向き、声を漏らす。
「あや……な……?」
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