15. 宣戦布告

 

 休み時間。

 出し忘れていたプリントを提出しにたまたま一階の渡り廊下を歩いていると、校舎裏に向かう一人の男子生徒を見かけた。

 そこは翠麗学園では有名な告白スポット。

 好奇心センサーが反応した僕は、繰り広げられるであろう告白劇を傍聴すべく、校舎の影から聞き耳を立てることにした。


 よくないとは思ったが、その男子生徒がA組の橋本くんだったのでそこまで罪悪感は無かった。彼はサッカー部のレギュラーで運動神経抜群、更に成績優秀でおまけにイケメンというハイスペック陽キャ。だからどうせ成功するんだろうなと。カップル誕生の記念すべき瞬間を見届けてあげようと余計なお世話ながらに思ったのだ。橋本くんが告白される側という線はない。なぜなら女子たちの間では抜け駆け禁止条約が結ばれているから。モテすぎるのも考えものだなと、彼を見るたびに思わされる。

 

「ごめんね、いきなり呼び出しちゃって」


 橋本くんの声が聞こえてきた。

 さーて。選ばれし勝ち組女子は誰だろうか。


「いいよ。それで、大事な話って?」


 その声は、意外な人物だった。いや、意外でもないか。妥当っちゃ妥当。

 橋本くんがこれから告白するであろうご相手は、学園NO1アイドル――東城彩奈だった。

 No1イケメンとNo1美少女。お似合いである。これには誰も文句は言うまい。けどなんだろう……幼馴染が誰かに告白されるのって変な感じだ。胸がざわつく。

 物影から少しだけ顔を出して覗いてみる。数メートル先に橋本くんがこちらに背中を向けて立っていて、その正面には彩奈の姿。

 

「単刀直入に言わせてもらうよ。好きですっ! オレと付き合ってください……!」


 直角に頭を下げ、右手を握手のように突き出した。

 おお……。こんな漫画みたいな告白初めて見た。橋本くんは真面目で真っ直ぐな男なのだ。一年で同じクラスだった時、友達がいない僕にも明るく話しかけてくれるくらいにはいい奴なのだ。

 しばしの沈黙が流れる。そして、


「ごめんなさい」


 彩奈は一言、そう言った。

 僕はなぜだか安心していた。


「そっか……わかった。理由を聞いてもいいかな?」


 橋本くんは素直に玉砕を受け入れ、頭をあげた。


「うーん。今は彼氏とか作る気ないからかな〜。気持ちは嬉しいよ。ありがとね」


 彩奈はあっけらかんとした口調で言った。

 相手を傷つけず、気まずくならない絶妙な対応だ。彩奈のことだから狙ってやっているのだろう。器用なやつだ。

 このまま終幕かと思って退散しようとしたその時、


「東城さん。好きな人いるでしょ?」


 橋本くんの言葉に、彩奈が押し黙った。

 

「安心して。聞き出そうとなんて思ってないから。なんとなくそんな気がしてさ」

「…………」

「はは、やっぱりね。大丈夫、誰にも言わないから」


 彩奈の沈黙は肯定しているも同然だった。

 別におかしなことではない。彩奈だって高校生だ。恋愛の一つくらいしてむしろ当然。だとしたら相手は誰だろう。橋本くんという優良物件をフってしまうくらいだ。相当いい男なんだろうな。


「ありがとう橋本くん。キミいい人だね」

「よく言われるよ」


 笑い合う二人。

 とりあえず僕も「フッ……」って具合に微笑んでおく。よくそういうキャラいるよね。

 

「それじゃ、オレは戻るよ。急に呼び出して悪かったね」

「ううん。またね」


 まずい! 見つかってまう! 

 焦って引き返そうとした時、渡り廊下の方から誰かが歩いてくるのが見えた。

 

「おー智くん。こんなところにいたのか。なにしてるんだい? まさか殺人現場にでも居合わせたのかい?」


 セシルさんだった。相変わらず愉快そうに笑っている。

 

「いやちょっとね。セシルさんこそどうしてここに?」

「事件の臭いがしてね」

「大丈夫。なにもおきてないよ」

「それは残念。まぁ実を言うと智くんを探しにきたのだ」

「どうして?」

「理由なんてないよ。私は常に君を探しているのさ。知っているかい? 一説によると人生の大半は何かを探している時間なのだそうだ。つまり智くんを探すことこそ私の人生ってことさ」

「へ、へぇ。そうなんだ」

「一緒にいる時間が長いに越したことはないけどねっ」


 そう言って僕の腕に抱きついてくるセシルさん。おっぱいがむにゅーっておしちゅけられてきもちいいしあわせ……おっといけない! 嬉しいけど今はIQを下げている場合じゃ――


「ん? 君は……鳳くんだっけ?」


 校舎裏から出てきた橋本くんに見つかってしまった。さすが橋本くん。僕の名前を覚えてるなんて。まさに完熟。完熟イケメンだよキミは!


「それとぉ、セシルさんだよね? はは、二人が付き合ってるって本当だったんだ。ラブラブだね。羨ましいよ」

「あはは、ま、まぁね」


 橋本くんは僕の腕に絡みつくセシルさんを見て言った。おおかたカップルが人気のないところでイチャつこうとしてるのだと思ったのだろう。


「オレなんて今さっきフラれたばかりさ」


 肩をすくめる橋本くんを胸中で励ます。

 相手が悪かっただけだ。それに彩奈の本性を知らないまま付き合うより良かったと思うよ。いやほんとに。


「どうしたの橋本くん……あ」


 続いて、彩奈が戻ってきた。僕をみるなり眉をまげ、露骨に嫌そうな顔をする。おいおいやめろその低俗なもの見るような目。傷ついちゃうだろ。せめて息子の部屋からエロ本みつけた母親が「年頃だししかたないか」と呆れる程度の反応にしておいてくれ。それはそれで死にたくなるだろうけど。

 

「あー、橋本くんが告ったのって東城さんだったんだ。そっかー。そうだったのかー。残念だったね! じゃ!」


 僕は白々しく偶然を装いセシルさんを連れて立ち去ろうとする。が、後ろから襟を捕まれ急停止。慣性の法則で喉がしまり「グエッ」と嗚咽がでる。

 

「待ちなさい。話があるの」

「グエッ」


 後ろ襟を捕まれているせいで「え?」と返そうとした僕の声はまたもやカエルの鳴き声みたいになってしまった。

 僕に抵抗の意思がないことを悟ってか、ようやく彩奈が手を離す。ふぅ、危なかった。もうちょっとでほんとのカエルになるところだった……。


「それで、僕に話って?」

「アンタにじゃないわ。私が話したいのは、そっち」


 彩奈はセシルさんを指差した。

 

「私かい?」


 セシルさんは僕の腕から離れ堂々と胸をはる。余裕綽々といった感じだ。


「えーと、オレはいなくなった方がよさそうかな?」


 橋本くんは空気を察し、返事を聞くまえに去っていった。残されたのは僕たち三人。

 彩奈の様子は明らかに尋常ではない。普段なら橋本くんを無下に扱うなどしないはずだし、僕の襟首を引っ張るような乱暴なマネもしないはずだ。明らかにこれまで積み上げてきたイメージを損なう行為。逆に言えば、それほどまでに重要な用件なのだろう。

 セシルさんを射抜くような彩奈の眼光は鋭い。しかし一度目を瞑ると、自分を落ちつけるように大きく息を吸い、吐いた。


「…………さない」


 僅かに声がもれる。彩奈の両手が拳を作って震えている。彩奈はもう一度大きく息を吸い、今度ははっきりと告げた。それはまるで敵陣の大将に宣戦布告をするが如く――――



「アンタに智は絶対渡さないからっ!!!!」

 

 

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