13. 禁忌の壁


「そういうわけだから、四露死苦!」

「どういうことなの……」

「そのままの意味よ」


 我が妹、澪によるいきなりのツンデレ引退宣言。いくら僕と同じを引いているとはいえ流石にぶっとびすぎである。ツンデレをやめる? ツンデレってやめるものなの? やめたら何になるの? 貝? 頭の中を潰乱かいらんした軍隊のようなとりとめのない思考が駆け巡る。

 

「なら僕もやめようかな、ツンデレ」


 その結果、自分でも意味不明な言葉が口をついて出た。理解が追いつかないと適当にノッてしまうのは悪い癖だ。恐らく防衛本能が働いて面倒事を無意識にやり過ごそうとしているのだろう。やれやれ、困った前頭葉くんだぜ。

 あ、今の古き良きやれやれ系主人公っぽくていいな。

 

「兄さんはツンデレじゃないでしょ。まぁ、デレてくれても構わないけど」

「え? なんか言った?」

「言った。兄さんにもデレてほしいなって」


 やれやれついでに古き良き難聴系主人公ぶってみるも普通に言い直された。やれやれ系な上に難聴系な終わり上げてる主人公ムーブはこのへんにして、僕は目の前の現実と向き合う。僕は第三の主人公を目指すのだ。第三のビール的な感じで。ビール飲んだことないけど。


「えと、急にどうしたの? 嬉しいけどなんか澪らしくないよ」

「これが本当の私よ。あぁ――私は兄さんが好き……ずっと、好きだったの!」

 

 その瞳は真剣だった。芝居がかった大袈裟な口調は澪なりの照れ隠しなのだろう。

 僕は人の本音には敏感な自信がある。それが実の妹のものなら尚更だ。

 だからこそ、分かってしまった。

 澪の言葉に込められた想い。そして覚悟。

 僕の勘違いでなければ、澪の言う"好き"は兄妹としての"好き"ではない。もっと先にある感情。


 恋慕そのものだ。


「澪……」


 なんて返したらいいか分からなくて俯き目をそらした。そらしてしまった。それは拒絶と取られても仕方のない反応だった。罪悪感に胸が痛んだ。でも澪はもっと苦しいだろう。実の兄に許されざる想いを打ち明けたのだから。その葛藤はとても推しはかれるものではないはずだ。

 しかし澪は意外にも不敵な笑みを浮かべた。

 

「分かってるわ。兄さんが私のことを妹としてしか見ていないのは。だからこれから兄さんを籠絡して私にメロメロにしようと思うの。本当はじっくり時間をかけていく予定だったのだけれど、そうも言っていられなくなったから」

「もしかしてセシルさんのこと?」

「ええ。たとえ兄さんがあの人と付き合っていても関係ない。私は諦めることを諦めたの」


 なんてこった。

 天を呪った。自分さえ呪った。

 澪の気持ちに気づかないまま安易にラブコメを追いかけてきた浅はかさを呪った。

 僕はなんて愚か者か。こんなに身近なところにラブコメがあったなんて。


 妹ヒロインなんて珍しくもない。むしろ昔から人気のある属性だ。でもそれはあくまで二次元ではの話だ。まさかリアルの妹、しかも実妹が自分のことを好きだなんて夢にも思わなかった。思ってたらヤバい奴だ。いくらラブコメに脳焼かれてる僕でも流石に期待すらしていなかった。

 それに……やはり妹は妹だ。澪には悪いけど、少なくとも今は恋愛対象として見ることはできない。


 くっ、血さえ繋がっていなければ……! なんで実妹なんだ! 義妹で良かったじゃないか! ラノベなら実妹ってだけで受け付けない読者層もいるんだぞ! 僕は誰にキレてるんだ!

 

「とりあえず澪の気持ちは伝わったよ。ごめんね。つらい想いさせて」


 僕の妹でさえなければ、澪はもっと普通の恋ができたはずだったのに。

 

「私、気持ち悪いよね」

「そんなことないよ」


 いつのまにか澪の頬に涙が滲んでいた。

 澪は袖を使って目元をこすろうとする。僕はポケットからハンカチを取りだし「それじゃ目が腫れちゃうよ」と涙を拭いてあげた。

 ふと、幼い頃を思い出した

 澪は泣き虫だったから、いつもこうしてあげてたっけ。


「ありがと……本当のこと言って兄さんに嫌われたらどうしようって思ってたから……なんだか安心して」

「僕が澪を嫌になるなんてありえないよ。なにがあってもね。こうみえてシスコンなんだ」


 こんなにかわいい妹を嫌いになる兄なんているわけない。いづれ僕の人生を見聞きする人がいたとしたらきっと共感してくれるはずだ。

 そうでしょ? どっかの誰かさん。


「うん、知ってる」


 澪が僕に顔を寄せる。

 頬に当たる柔らかな感触に、僕は呆気にとられた。


「唇はいつか兄さんを惚れさせた時のためにとっておくわ。楽しみにしててちょうだい」


 澪は妖艶に笑うと、僕から離れていった。

 

「それじゃ、私お風呂入るから」

「う、うん」

「一緒にはいる?」

「はいらないよっ!! なんか性格まで変わってない!?」

「変わってないわ。これが本来の私よ? 今までは兄さんの好きなツンデレを演じてただけって言ったじゃない。あ、気が変わったらいつでも入ってきていいから」


 澪はそう言い捨て、浴室の中へと去っていった。演劇部すげぇ。てかなんで僕がツンデレ好きって知ってんだよ。



「…………」



 さぁて! 大変なことになったぞぉ☆



 神様やってくれたなおい!

 セシルさんのことで頭いっぱいで完全に油断してましたわ。

 

 まさか澪が……僕のことを……。

 正直ちょっと嬉しいと思ってしまうあたり、僕は僕で兄としておかしいのかもしれない。

 それでも、僕にはセシルさんという恋人がいるのだ。たとえこの先ほかの女の子が好きと言ってきても応えるわけにはいかない。

 ラブコメにおいてヒロインが複数いた場合、そこには必ず報われないヒロインが生まれてしまう。いわゆる負けヒロインってやつだ。


 僕はみんなが幸せな世界が好きなんだ。


 本当のハッピーエンドが見たいんだ。

 

 もし神様が言った通り"風向き"が僕に向いてたとして、その風がいまだに吹き続けているとしたら……いやいや、まさかね。

 

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