12. ラブコメの神様

 


「む? こりゃまた面白いことになってきたの〜」

「? セシルさんのこと?」

「それもじゃが……いや、なんでもあらぬ。気にするな」


 このどこか愉快そうに話す少女は神様であり、かつて僕を救ってくれた命の恩神おんじんである。多分本物。本物の神様、のはず。

 一度神様のことを彩奈に話したことがあるが、「イマジナリーフレンドって知ってる?」と言われ、それ以降他人には話さないようにしている。あの時の憐れむような彩奈の目を、僕は一生忘れないだろう。少なくとも僕にとっては確かに存在しているし、神様がいなければ、今の僕はいないだろう。

 神様と初めて会ったのは七年前。母さんが死んで塞ぎ込んでた時期に、町の外れある神社で出会ったのが最初だ。

 中学に上がって以降、ほとんど姿を見なくなったが、今になって再び姿を現した。

 

「ところで、どうじゃ? ラブコメの調子は」

「おかげさまで色々大変だよ。まさか吸血鬼と巡り会うことになるなんて」

「なははっ、そりゃ災難じゃの〜」


 他人事のように笑う神様。

 

「神様がそうなるようにしたんじゃないの?」

「何を言っておる。わしにそこまでの力はないぞ。多少"風向き"は変えたがの」

「風向き?」

「うむ。運の流れのようなものじゃ。もしくは特別な縁を乗せた風ってところかの。しかしまぁ吸血鬼とは……おぬし、もっとるのぉ」


 もってる……のか?

 そりゃまぁ希少性とルックスならぶっちぎりだと思うけど。そういう問題ではない。


「僕はセシルさんを好きなのかな?」

「知らんわそんなん! 自分で考えんか!」

「はは、そうだよね。難しいね、恋愛って」

「わしから言わせれば難しいのは人の心じゃ

。欲しいものを手に入れてなお、それを自ら手放し破滅しおる者がいれば、想いが実れど不幸に苛まれる者もおる。嬉しいのに嬉しくないフリをしたり、苦しいのに平気なフリをしたり、好きなのに嫌いなフリをしたり、嫌いなのに好きなフリをしたり……本当に心を満たせる人間なぞ一握りじゃ」


 確かにと思った。幸福の条件は人によって異なるものだが、心の在り方が重要なのは間違いない。結局みんな誰かに認めてもらいたいんじゃないだろうか。

 誰かに愛されい、羨まれたい、尊敬されたい。孤独を恐れるのは、本当は孤独に見られるのを恐れてて、不幸を恐れるのは、不幸に見られるのを恐れているから。

 例えば世界に自分一人しかいなかったとして、誰もいない世界で幸せになれる人なんて果たして存在するのだろうか。


「ま、素直になることが一番じゃな」

「そうだね」


 真理である。聞いてるかすべてのツンデレ達よ。素直になれば勝てるぞ。あと中坊! お前ら強がって「オレ女とか興味ねーから。あー喧嘩してぇ。オイ誰か肩パンしようぜ」とか言ってないでちゃんと女の子と仲良くしろ! 本当は女子の目気にしてんのバレバレだからな!

 

「おぬしもしっかりするのじゃぞ。せっかく訪れたラブコメ、無駄にするでない」

「分かってるよ。じゃなきゃあの約束も果たせないからね」

「ならよい。それじゃあしばらく楽しませてもらおうかの、期待しておるぞ」


 神様は振り返る素振りをした。


「あれ、もう帰っちゃうの?」

「もう充分話したからの」

「僕はもう少し話したいな。久しぶりだしさ、神様と話してるの好きなんだ。かわいいし」

「…………」

「どうしたの?」


 神様はまるで珍獣でも見たように口を半開きにして固まっていた。

 なんかまずいこと言ってしまったのかと不安になったが、どうもそうではなかったらしい。


「おぬしが何故もっとモテんのかわしには分からん」

「僕も僕も。不思議だよね。筋肉が足りないのかな?」


 この世の大抵のことは筋肉で解決できる。これ、常識。


「はぁ……あの時泣いてばかりおった小僧がまさかこうなるとはの……人間は分からん」

「神様なのに分からないことばっかりだね」

「うるさいわ! もう帰る! じゃあのっ」


 ぷんすこ! と怒りながら、神様は消えてしまった。瞬きする間に。影も形も残さず、まるで最初から誰もいなかったかのように。

 遠くの空では夕陽が沈もうとしている。


「またね、神様」


 僕はそう呟いて、再び帰路についたのだった。



   ◎



 うちに帰ると、ちょうど澪が階段から降りてきたところだった。

 澪は僕に気づくと、何も言わずその場で立ち止まった。神妙そうな目つきで睨まれる。


「ただいま」

「…………」


 返事はない。

 ……もしかして怒ってらっしゃる?

 なぜだろう、というよりどれだろう。心当たり多すぎて逆に分からない。ぱっと思いつくのは今日の屋上でのことだが……決めつけるには早計だ。昨日澪のアイス勝手に食べたのがバレたか、それとも以前澪のお気に入りのマグカップを割ってしまったのを百均の偽物とすり替えて隠蔽したのがついにバレたか。日頃の行いの大事さを実感する。


 女の子が怒っているときはまず最初に謝ることが重要だ。下手な弁明は逆効果。たとえ正当性があったとしてもだ。と、これまで見てきたラブコメの主人公から学んだ。

 とゆーことで、いっちょ土下座! いっときますか!


「ごめんなさ──」

「今日の晩御飯はなに?」

「え?」


 土下座キャンセル。怒ってるわけじゃなさそうだ。どちらかというと不機嫌なだけか。

 我が鳳家は僕と澪しかいないため、週替わりで夕食の当番を回している。今週は僕の番。


「まだ決めてないよ。なにがいい?」

「……特選牛フィレ肉とフォアグラのポアレ 

〜兄の愛を添えて〜」

「うちにそんなフレンチレストランみたいなメニューはないよ……ん? あい?」


 澪はジト目で僕をみつめながら、ポッと頬を染めた。

 明らかに様子がおかしい。いつもの澪じゃない。急にどうしたのだろうか。兄の愛? 僕的に結構妹愛もって接してるつもりなんだけど。むしろいつもツンツンしているのは澪のほうだ

 なんだか気まずい空気を感じたので、僕は茶化すようにして言った。


「はは、珍しいね。澪がそんな冗談言うなんて。風邪でも引いた?」

「兄さん……ひとつ、宣言しておきたいことがあるの」

「お、おう」


 僕の言葉をスルーして、澪はゆっくりと瞳を閉じ、拳を握って胸に当てた。


「私、鳳澪は今日を持って──」


 いつになく真面目な雰囲気である。謎の緊張感が漂う中、次の言葉を待つ。

 澪が深く息を吸う。胸に当てた拳に力が入るのが分かった。

 そしてぱっと目を開くと、高らかに言い放った。



「ツンデレやめますっ!!!!」



 …………は?

 



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