11. 負けられない闘いがそこにある
【澪視点】
「神は死んだ!!」
私は自室の真ん中で高らかに吠えた。
理由は当然、兄さんに彼女ができたからだ。古今東西の神々をジェノサイドしてやりたい気分だ。
圧倒的絶望に打ちひしがれながらベッドに倒れ込み、顔を手で覆う。
今日は人生最大の厄日だ。どうしてこうなった。兄さんってば、いつの間にあんな綺麗な人と知り合っていたのだろう。
セシル=カプチュッチュ=ブラディールさんだっけ。転校生で兄さんのことを好きだと言っていた……本当だろうか? 疑いたくなる。認めたくないからだ。でもそれだけじゃない。兄さんは何かを隠してるようだった。妹だから分かる。兄さんが好きだから分かる。まだ兄さんの心は揺れている。付き合うとは言ってたけど、本当の恋人ではないとも言っていた。
ともすれば、私のするべきことは一つ。
「取り戻す」
二人が完全な恋人となる前に、先に私と兄さんがくっつくしかない。今まで先延ばしにしてきたツケが、ついに回ってきたのだ。覚悟を決めるしかない。
もう時間をかけてなど言ってられない。多少強引にでも、兄さんの気を引く以外に選択肢がないのだ。
ゆえに、私は決心する。
ツンデレをやめようと。
兄さんに嫌われていまうかも知れない。
もとの兄妹に戻れなくなるかも知れない。
それでも、それでもと、私の中で何かが強く訴えてくる。逃げてはならない。
好きな人の妹に生まれてきた時点で、こうなることは決まっていたのだ。それが今ってだけの話だ。
誰かが言った。
"切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ踏み込みゆけばあとは極楽"
一歩踏み出す時がきた。
信じよう。これが最善であると。きっと兄さんならそう言うはずだ。それに、たとえ気持ちが通じ合えなくても、兄さんならきっと……
『僕はいつだって澪の味方だよ。何があってもね』
兄さんが昔かけてくれた言葉。
私を救ってくれた言葉。
救い続けている言葉。
ベッドから身体を起こす。期待と不安が入り混じったような不思議な感情で胸が埋め尽くされる。なんだか一周回ってワクワクしてきた。
ふふ、兄さん。覚悟しなさい……妹の本気、見せてあげるんだからっ!
◇◆◇◆◇
【彩奈視点】
「いや、いかんでしょ」
高宮達とのカラオケから帰った私は、自室に入るなり呟いた。大変遺憾です。とクソみたいな駄洒落を言いたくなるくらいにはマジで遺憾。しかも付き合っていきなり放課後デートですかそうですかそりゃそうかサーセン。
エロいこと、してないだろうな……
スマホでメッセージアプリを開く。
智のアイコン(なぜかパンダ)をタップし開いたところで、閉じる。
「はぁ……もうやだ」
ベッドにダイブしてうつ伏せになる。
重くなった心だけがベッドの底に沈んでいくような感覚だった。
今日、智に彼女ができた。できてしまった。
あのラブコメバカにラブコメが訪れてしまった。それもいきなり恋人なんて、嘘みたいな奇跡である。だが智を好きな私にとっては悪夢みたいな話だ。
よくよく思えば、それもこれもすべては私が素直になれなかったせいである。
――智への恋心を自覚したのは、中学1年生の時だった。
小学校の時から仲の良かった私は、中学に上がってからも智とよくつるんでいた。私は智以外友達がいなかったし、いなくてもいいと思っていた。でも智は違った。私以外にも友達ができて、その人達とも遊ぶようになった。昔から私は、女子の反感を買うことが多かった。だいたい嫉妬だけど。私、かわいいから。
やがてクラスメイトから嫌がらせを受けるようになった。私はなんとも思ってなかったけれど。またかって感じ。ところがある日、智が私に嫌がらせをしてくる人達を呼び出して説教しているところを見かけた。それからしばらくして、学校中に智の悪い噂が蔓延した。私は智に、「私と仲良くしてると、智まで仲間はずれにされちゃうよ」と言った。智は「別にいいよ」と言って笑った。私は思った。私が嫌われてしまうと、私の大切な人まで嫌われてしまうのだと。その罪悪感と、好きな気持ちが混ざり合って、捻くれ者の私は智を遠ざけるようになった。
智と同じ高校に入学し、今度は上手くやろうと心がけた。上手くやれた。さすが私。でもまたいきなり元通りの関係になんて戻れるはずもなかった。気づけば智と私は全く違う世界の人間になっていて、私は智を好きな気持ちを隠したまま、くだらない連中と、くだらない日々を送っていた。智は相変わらず自分の世界を生きていた(そんなところも好き!)
てなワケで一方的にすれ違ってしまった訳だが、この度、ついに看過できない一大事が起きてしまった。イギリスからの転校生、セシル=カプチュッチュ=ブラディールという名の英国系美少女が、なんと智と付き合ってしまったのだ。もう終わりだよ、終わり。セカオワですわ。
こんなことならもっと前に告白しておけばよかった。
まぁ、それができる性格なら苦労してないんだけど。
私は智のヒロインにはなれなかった。
潔く諦めよう。私の初恋は終わったのだ。
トキメキ彩奈物語――完。
…………
……
「……ってなるかボケェェェェエエ!!!!」
何年片想いしてると思っとんねん!
今更引き下がれるわけないやろがい!
隅に置かれたオセロの色が変わらないように、この熟成された恋心が熱を失うことなど決してないのだ。
身を引くなんてあり得ない。最後まで最善を尽くすべきだ。ならば、今の私にできること。それは、
素直になること。
この恋を決着させるためにはいずれにせよ必要なことだった。
そういう意味では、セシルさんには感謝するべきだろう。きっかけをくれたのだから。
智とセシルさんが付き合ってしまった以上、本来ならほぼほぼ手遅れな状況だが、あの屋上での様子からして智の心はまだ完全には靡いていないはずだ。
だが時間の問題だろう。セシルさんは相当積極的なタイプに見える。いつ智が籠絡されてもおかしくない。そうなる前に智の気を引かないと……。
これは略奪愛だ。普通に考えて褒められたものではない。でも、やる。
「宣戦布告くらいは、しとかないとね」
せめて正々堂々とあるべきだろう。早速明日、セシルさんと話してみようと思った。あの子自体にも興味あるし。
ようやく自分と向き合う時がきたのだ。
机の上の写真立てを見る。そこに写っているのは言わずもがな中学時代の私と智のツーショット。
性格の悪い私にはお似合いのラブコメだと思わない? 智。
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