8. 放課後デートⅡ


 ということで、僕たちは駅前のカラオケ店にやって来た。この辺りでは一番大きいとこだ。


 ちなみに道中、セシルさんが道ゆく人々の視線をその美貌で集めまくってくれたおかげで、僕は誇らしさと羞恥心の両方を同時に味わうことになりました。

 

 受付を済ませて部屋に向かう。僕たちの部屋は二階の204号室で、階段を登って奥の突き当たりにあった。

 そういえば店員さんが受付の時セシルさんと僕を見比べて無量空処くらったような顔してたけど気にしない気にしない。


 部屋に入り、セシルさんがソファに腰を下ろす。デンモクをいじるセシルさんは慣れた様子だった。よく来るのかな、カラオケ。


 ちなみに僕は中学生のとき、体育祭のクラスの打ち上げで来たことがあるくらいだ。2時間愛想笑いを浮かべて歌わずに帰ったけど(涙)


「僕飲み物とってくるよ。何がいい?」

「ああ、水で。氷はいらないよ」


 なにそのガチっぽいチョイス。怖いんだけど。

 僕は了解と言ってドリンクバーへ向かった。

 



 階段のすぐ前にあるドリンクバーで二人分の飲み物を注ぎながら何を歌おうかと考えていると、近くから何人かの女の話し声が聞こえてきた。


「――あれ? 鳳じゃね?」


 その声が僕の苗字を呼んだ。

 見なくても分かる。半熟ギャルの高宮さんだ。

 無視するわけにもいかないので振り返ると、そこにいたのはやはり高宮さん、ともう二人。

 クラスの半熟ギャル三銃士が揃い踏みだ。

 

「あはは、偶然だね」

「ちょーぐうぜ〜ん。もしかしてセシルさんとデート中? ウケる」


 何がウケるのか分からないが高宮さん達は愉快そうに笑った。この人達いつも楽しそうだな。見習うべきなのかも知れない。


「彩奈ー。早くきなよー」


 高宮さんが階段の下に向かって言った。

 げっ。彩奈も一緒なのかよ。

 

「いまいくー」


 彩奈の返事が聞こえてくる。

 一段、また一段と階段を登ってくる足音。

 彩奈は僕を見た瞬間足を止め、わずかに表情が曇った。それは僕にしか気づかないレベルの変化だった。表情筋がこう、ぴくって強張って笑顔が無機質になるのだ。


 学校のみんなは、僕と彩奈が同じ中学だったことは知っていても、幼馴染だったことまでは知らない。ただオナチュウってだけ。そういうことにしておいた方がお互い都合が良いからだ。


「見て鳳いたんだけど。セシルとデート中みたい。ウケるよね。キャハハ!」


 だからどこがウケるんだよ。

 まぁ、なんとなく分かってるんだけどね。


「ほんとだー。偶然だね鳳くん。ほんとにセシルさんと付き合ってたんだー」


 心なしか棒読みに聞こえる口調ですっとぼける彩奈。僕も適当にあしらって部屋に戻ろう。そう思った。


「う、うん。まぁ色々あってね。あ、そろそろ戻らないと! セシルさんに怒られちゃう!」


 適度に焦燥感を醸しながら彼女達に背を向ける。我ながら名演技である。今年の主演男優賞はもらったぜ! なんてね。

 歩き出そうとしたその時、後ろから肩を掴まれた。うわ、ツメながっ! 


「まぁ待ちなって〜。ねぇねぇ、あーしらもお邪魔していいー? セシルさんとも話してみたいし、いいでしょ?」


 ――ああ、そういうことね。


 高宮さんの目を見て悟った。

 やはりマトにされたか、と。


 この手の連中は性根が捻じ曲がっているために、自分が下に見ている人達が幸せそうにしているのが気に入らないのだ。だから相手が迷惑に思うことを嬉々として行い、ちゃちな優越感に浸りたがる。セシルさんに会わせたところで、仲良くなる気など毛頭なく、直接的な表現を避けるようにして巧妙に僕の悪口でも吹聴するつもりだろう。もしくは露骨にセシルさんを……。

 

 そんな容易に想像できる未来を回避すべく僕がするべきことは明白。断固拒否である。

 

「ごめん。できれば二人きりにして欲しいんだ。セシルさんもびっくりしちゃうと思うし」

「はぁ? なにそれ? いいじゃん別に」

「今日だけは勘弁してくれないかな? また今度遊ばない? みんなで」


 これでも最大限の譲歩だ。できれば二度と関わりたくないんだが、この轍鮒てっぷの急を乗り切るためには致し方ない。


「え〜今でいいじゃん。なんでそんな嫌がんの? なに? あーしのこと嫌いなワケ?」


 冗談混じりに聞こえるが、若干声音に圧が増した。威嚇フェイズに移ろうとしているサインだ。あーこわいこわい。だから関わりたくなかったんだ。


 並の陰キャならこの辺で引いてるところだろうが、僕は違う。この状況はある意味ラブコメの主人公としての資質が問われる局面だ。


 "百歩先は譲ろうと、百一歩先は決して譲らない覚悟を持て" と、今は亡き母さんの言葉を思い出した。

 

「別に高宮さんのことが嫌いなワケじゃなくて、とにかく今日は二人にして欲しいんだ」

「あ、分かった! お前らエロいことする気だろー」

「……っ! ちっ、ちがっ!」

「何その反応ウケる。エロい事しないならいいじゃん」


 その角度からの煽りきっつー。一番やめてほしいやつ。

 しかも許可しないとエロい事してると決めつけられる理不尽な二択。まじ害悪。半熟から腐り卵に降格させんぞ。


「なんて言われても今回は断るよ。悪いけど。あ、エロい事はしないけどね」


 一応否定しておく。

 実はちょっと期待してるのはナイショだ☆


「……ウザ。なんか腹たってきたわ」


 高宮さんの顔が曇った。切れ長の目が僕を睨みつける。てか腹立つのはこっちなんですけどねぇ。いい加減しつこいっての。

 こりゃ最悪いくとこまでいくか? と思ったその時だった。傍観に徹していた彩奈が明るいトーンで言った。


「まあまあ。あんまり鳳くん困らせないであげようよ。せっかく彼女さんと二人きりなんだから。そっとしておいてあげよ?」

「え〜。つまんないの〜」

「ごめんね鳳くん。高宮さん、この前彼氏と別れたばかりだから。許してあげて」

「え、う、うん……」

「ほら行くよ! 時間がもったいないじゃん!」

「ちょっ彩奈っ、わかったから押すなって!」


 彩奈に背中を押され、高宮さん達は自分達の部屋へと去っていった。

 去り際、彩奈にはスネを蹴られたが今回は助けられたのでよしとしよう。一つ貸しができてしまった。

 

 心の中で彩奈に感謝の言葉を述べ、僕は両手にコップを持ちながらセシルさんの待つ204号室へと向かった。

 




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