7. 放課後デート


 カツカツと音を立てながら先生が黒板に文字を綴っていく。僕はその音を聞きながら横目で隣の席の銀髪美少女、セシル=カプチュッチュ=ブラディールさんを見やる。


 その横顔は美術の世界で用いられる何らかの比率に当てはまりそうなほど端正で、どの一瞬を切り取ったとしても一枚の絵画の如く美しい。

 

 肌は顕微鏡で覗いたとしても汚れ一つ無さそうなほど白く、淡く、そして儚い。


 ガーネットのような紅い瞳で姿勢よく黒板を見つめる眼差しは鋭く、怜悧さを強調するかのように絶妙に釣り上がった目尻は、一流の書道家の筆捌きをも思わせる。


 それこそ、僕程度の文才ではどれだけの言葉と比喩を駆使しても表しきれないほど、セシル=カプチュッチュ=ブラディールという少女の麗姿は冠絶していた。

 もはや彼女の美しさは"語りえぬこと"であり、言語化できない概念である以上、沈黙するしかない。ですよねウィトゲンシュタイン先生。

 だが、一つだけ確かなことがある。何を隠そうこの超絶美少女セシルさんは――


 なんと僕の彼女なんです(笑)


 あ、恋人って意味ね。

 

 いやほんと、人生何があるか分からないもんだね。よわい17にして悟ったよ。

 凪の日常は終わりを告げ、ついに華やかな青春が幕を上げたのだ。まさにブランニューワールド。ワールドイズマインなトロイメライに気分上々、有頂天外である。


 そんなことを思いながらマイハニーを眺めていると、ふいにセシルさんの視線が移動し、目があった。するとセシルさんは、キュートなウィンクと同時に唇を尖らせ投げキッスを飛ばしてきた。なんだこの可愛い生き物……。


 恋をすると人は愚かになると言うが、恋をしなくても可愛い女の子を見れば大抵の男の子は馬鹿になる。

 さて、僕はどっちだろうか?

 散々ラブコメラブコメ謳っておいてなんだが、恋愛未経験者の僕にはこれが恋なのか、はたまたよこしまな性欲でしかないのか、正直よく分かっていない。けれど、セシルさんには本当の意味で僕のことを好きになって欲しいし、血以上に特別な存在でありたいと思っている。それだけは確かだ。

 

 授業終了のチャイムが鳴り、放課後が訪れた。一つ大きく伸びをする。

 

「智くん、この後暇かい?」

「え? う、うん」


 僕は伸びをした体制のまま答えた。


「よかった。それじゃあこれから、恋人らしく放課後デートと洒落込まないかい?」


 その瞬間、教室中が静まり返り、嫉妬と僻みを綯い交ぜにしたような視線が集まってきた。

 再びざわつき始めるクラスメイト達。

 これがラノベなら、「おいおいどういうことだよ!」「羨ましい奴め! このこの〜」と親友キャラが茶化しに来てくれることもあるが、ここはリアル。ただただ気まずいだけである。ま、親友もいないし、煽られないだけマシと考えよう。

 後ろでマイケルくんが言った。


「ナンカメッチャミラレテンナ」


 見られてるのは君じゃないけどね。

 クラス中からの注目を意にも介さず、セシルさんは僕の顔を見たまま「どうした?」と言って首を傾げる。

 

「なんでもないよ。いいね。いこうか」

 

 この程度で慌てふためく僕ではない。

 予想はできてたことだ。遅かれ早かれこうなることは。いつも通り平然と振る舞えばいい。心を殺せ。ポーカーフェイスは得意なんだ。本当に面倒くさいのは明日からだ。どうせあれこれ言われるんだろうなぁ。ラブコメの代償と思って受け入れよう。


 準備を整えセシルさんと共に席を立つ。

 今は一刻も早くこの空間を抜け出したかった。明日のことは明日の自分に任せて、全力で今日を楽しもう。dadadan dadadan da〜♪


 後ろからマイケルくんが言った。


「アシタヤロウハバカヤローダゾ」

 

 僕は例によって「ソウデスネ」と返し、セシルさんと一緒に教室を後にした。


 ◇◆◇◆◇


「君に大いなる三択を与えよう。

 1.ドピュール

 2.シスター・ネバックス

 3.ア・クメダ珈琲

 さぁ、好きなのを選びたまえ」


 並木道を歩きながらどこへ行こうかと話していると、セシルさんは駅前の有名喫茶店チェーンの名前を三つあげた。

 一番リーズナブルなのはドピュールだが、女の子が好むのはシスタバだとどこかで聞いたことがある。少し高いが、民度が高く、高級感と落ち着いた雰囲気があるのがクメダ。


 これは……試されているのか?

 コーヒーの味なんて分からない僕にとってはどこ行っても同じだし、それなら安上がりの方がよくね? と思えてしまうが、相手は友達ではなく恋人。しかも吸血鬼。下手すれば、「うわ、こいつ初デートでドピュールかよ(笑) 童貞すぎ(笑)もう血吸って殺しちゃお♪」となる可能性も無きにしもあらずんば的バッドエンドが到来しかねない。

 

 ここは無難にシスタバかな。僕は無難が好きだ。無難サイコー! 

 答えようとした時、「チョマテヨ」と脳内でキムタクの声が聞こえた気がした。これは直感だ。今の僕はラブコメの真っ只中にいるのだ。つまらない人間でどうする。

 ありがとうキムタク……目が覚めたよ。さすが、僕が尊敬するベストジャパニーズアイドルだ。想像の世界でもかっこいいぜ。


「ア・クメダ珈琲かな」

「そうか」


 言ってやったぞ。僕はまた一歩キムタクに近づくことができたんだ!


「それじゃあア・クメダ珈琲に――」

「いや、やっぱりカラオケに行こう」

「えぇ……」


 気分屋なセシルさんなのであった。


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