6. 凪の終わりに
現れたのは澪と彩菜だった。
「お前ら、なんでここにっ……?」
「なんでじゃないわよ! アンタ今雰囲気に流されて頷こうとしたでしょ!」
「いや、別にそういうわけじゃ、って聞いてたのかよ」
「彩奈さん、違うわ。兄さんは雰囲気に流されそうになっていたのではなく、このおっぱいに惑わされそうになってたのよ!」
澪がセシルさんの胸に向けてビシッと指を刺した。
君ら僕のことなんだと思ってるの? 猿?
「そんなわけないだろ」
「いいえ、友人の中山さんが言ってたわ。男子は大きいおっぱいを見ると一時的にIQが2になるって」
「偏見だ! 20くらいは残ってるよ!」
「死ね、豚小屋で」
彩奈が蔑むような目をしながら言ったところで、セシルさんが吹き出すように笑った。
「あははっ、いやー、ずいぶん愉快なお友達だと思ってね。君たちも彼のこと好きなのかい?」
二人が顔を赤くする。
「なっ! わわ私は兄さんの妹です! 兄さんが不純異性交遊で退学にならないように止めに来ただけです!」
「わ、私は……その、アレよっ。アレ……あのぉ……」
「無理して言わなくていいぞ」
「うっさいしね」
怒られちゃった。そんなにしねしね言ってるとほんとに死んじゃうぞ言霊の力なめんなよ?僕なんてラブコメ引き寄せたんだからな!
「あなたこそ誰なんですか。いきなり人ん家の兄たぶらかして。ハニトラなら他でやって下さいっ!」
振り下ろすように放たれた澪の言葉からは、ある種の怯えが垣間見えた。当然だろう。下級生が上級生に噛み付くのは勇気のいることだ。その勇気を僕のために振り絞ってくれてるのだと思うと感動する。
なんだかんだ家族思いの妹でお兄ちゃんは嬉しいです。
「セシル=カプチュッチュ=ブラディール。転校生さ」
コ◯ンくんみたいなフローで自己紹介するセシルさんに、澪は探るように言う。
「兄さんとはどういう関係ですか?」
「これから恋人になろうとしているところだよ」
「兄さん!!」
「実はこれには深い事情がありましてですね、はい」
やらかした政治家の記者会見くらいおどおどしながら弁解を試みていると、セシルさんが耳元で囁いた。
「私が吸血鬼だと知られれば、わかるよね?」
やっべー。本当の事言ったら全員ジェノサイドされちゃうじゃん。
澪と彩菜の訝しむような視線に貫かれながら、僕は打開策を練る。二人の猜疑心を掻い潜るうまい言い訳はないものか。いや、そもそも誤魔化す必要などないのではないか? 悪いことしてるわけじゃ無いんだし。ええい、ままよ! 僕は僕のラブコメを全うする!
「僕はセシルさんと付き合うよ」
澪と彩菜が面食らったように固まった。
「けど、まだ本当の恋人とは言えない。僕もセシルさんも、純粋に惹かれあってるわけじゃないから。複雑なんだ、色々。それでもいつかお互いを好きになって、本当の恋人になれる日がくるとしたら、付き合ってよかったと思える時がくるのなら。こういう始まり方も良いと思ったんだ。だから、セシルさんと付き合うよ」
――これが最善だと信じて。
「……ば……ばか、な……っ」
澪は驚愕した様子で後ずさる。
彩奈は俯いたまま動かないが、内心穏やかではないことはひしひしと伝わってきた。
「…………っ」
次の瞬間、澪は急に走り出し、屋上を出ていった。
後を追うように彩奈もその場を後にする。
屋上の扉が閉められ、再び僕とセシルさんの二人きり。なんだったんだアイツら……。
「行ってしまったね。もう少し話したかったのだが」
名残惜しそうなセシルさんに問いかける。
「一応確認なんだけど、僕たち、恋人ってことでいいんだよね?」
「ふふ、もちろん」
すると、セシルさんは小悪魔じみた笑みを浮かべた。
「私としても、血を貰うお返しに恋人として君に尽くす所存だ。して欲しいことがあったら遠慮なく言ってくれたまえ」
「え、それって……」
「ちょっとくらいなら、エッチなことでも構わないよ」
「っ!!」
なん……だって?
そんなん八段飛ばしで大人の階段のぼっちゃうけど?
いや、おちつけ。ここでがっつく奴は二流だ。てかちょっとえっちの基準どこ? 教えてエロい人!
「これからよろしくね、智くん♪」
セシルさんはそう言って、僕の頬にキスをした。
「セシルさん……っ!」
「さん付けしなくてもいいんだよ? セシルと呼んでくれ」
「いや、呼び捨てはまだちょっと……セシル様と呼ばせてください」
「ははっ、それでは逆に距離を感じてしまうよ」
クスクスと笑うセシル様。僕の彼女は笑顔もとびきり可愛い。まさに天使だ。実際は吸血鬼だけど。
「こちらこそよろしくね。セシルさん」
結局セシルさん呼びでいくことにした。
僕はセシルさんの頬にキスをしようと顔を近づける。しかし、
「それはなんか違う」
「(・o・)」
避けられた。どうやら調子に乗りすぎたようだ。死にたい。
「私からするのはいいけど君からされるのは、その……なんだか、恥ずかしい……」
セシルさんはもじもじとした様子で髪の毛をいじりながら視線を逸らした。心なしか頬が赤い。肌が白い分、綺麗なピンク色が分かりやすかった。こんな顔が見れただけでも結果オーライとしよう。ポジティブにいかないとね。せっかく記念すべき日なのだから。
「それじゃ、これは?」
僕は右手で握手を求める。
セシルさんはその手をとって、優しく笑った。
こうして、僕たちは恋人になった。
これから一緒に進んでいくのだ。
甘くてすっぱい、恋という名の長い
この先、どうなるかは分からないけれど。
まだお互いの気持ちすら分からないけれど。
だからこそ、これはきっとラブコメなのだ。
そうだろう? ラブコメの神様。
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