5. そうだ、恋人になろう
完結に言うと、セシル=カプチュッチュ=ブラディールは吸血鬼だった。
あの日僕が気絶したのは、彼女に血を吸われすぎて貧血になったかららしい。その時吸った僕の血が美味しすぎて、わざわざこの学校に入学し、僕に近づこうと思ったんだとか。
つまり、セシルさんに惚れられていたのは僕ではなく、僕の血だったというわけだ。
吸血鬼だなんて普通なら信じられない話ではあるが、こんなS級美少女に一目惚れされるなんて現実味の無い話よりかは遥かに説得力を感じられた。哀しきかな。
「なんで僕がこの学校にいるってわかったの?」
「君が気を失っている間に財布の中を見させてもらったよ。入っていた病院の診察券に名前と生年月日が書いてあった。そこまで分かれば学校を特定するのは難しくない」
探偵かよ。
セシルさんはしたり顔のままぐいっと近づいてくると、人差し指をピンと立てて言った。
「ここで、私から一つお願いがある」
「もしかしてこれからも定期的に血を吸わせて欲しいって?」
「察しがいいね。そういうことだよワトソンくん」
愉快そうに笑うセシルさん。
おそらく僕に選択肢はないのだろう。
二つ返事で承諾するのも言いなりみたいで尺なので、せめてもの抵抗に聞いてみる。
「もし断ったら?」
「死んでもらうけど?」
即答だった。なんてこった……僕はラブコメの主人公になりたいだけで吸血鬼の養分になりたいわけじゃないんだけどな。どうせなるならサキュバスの養分がいい。
だがまぁ、許容範囲だ。この状況に対する僕の中の天秤は、まだラブコメに傾いている。
いいじゃないか、吸血鬼でも。怪異的存在とのラブコメなんてこの世に吐いて捨てるほどある。アリかナシかで言えば、アリだ!
「本当は吸血鬼ってバレた時点でその人間は殺さないといけないんだけど、君の血はあまりに美味しすぎてね。特別だ」
「なら普段は血を吸った相手は殺してるってこと?」
「まるで私が見境ない女みたいじゃないか。私にだって好みはあるし、直接人間の血を吸ったのは君が初めてさ。そういう意味では君が初めての相手ということになるね。だから君には責任を取る義務がある」
セシルさんは不本意そうにムッとした。
かわいい。可愛い子はどんな表情をしても可愛い。可愛いは正義だ。
"かっこいい"はダサいことをすれば幻滅される余地があるが、"可愛い"は何をしても可愛い。最強なのだ。我々人類は降伏するしかない。だからおとなしく白旗あげます。
「分かったよ。でもあんまりこうして二人でいるところ見られたら勘違いされちゃうかもしれないよ?」
「勘違い?」
セシルさんは不思議そうに首を傾げた。
「その……付き合ってるとか……誤解されるかも……」
「なんだ、そんなことか」
セシルさんは立ち上がり、僕の正面に立つ。
目線よりやや上の位置にあるおっぱいは壮観であった。4K画質で網膜に焼き付け、海馬の『量子力学』フォルダに保存する。
「鳳智くん。私と恋人にならないか?」
「え?」
なんだって? 恋人? 今恋人って言った?
まさか……告白、なのか?
いやいやいやいや。
早すぎる。ラブコメが早すぎるよ。ブガッディばりの加速度に理解が追いつかないよ。これアレと一緒じゃない? 「(買い物に)付き合って」を交際の申し出と勘違いするやつ。違うか。
混乱する僕にセシルさんは淡々と言う。
「恋人になればこそこそしなくてすむだろう? 恋人同士が一緒にいるのは自然だ。はい解決。問題ナシ」
「問題あるよ! 恋人って好きな人同士がなるもんだし、なんかそういうのって違う気がする」
誰がなんて言おうと、ここは譲れない。
愛の無い交際なんて虚しいだけじゃないか。
「私は君のこと、好きだよ」
「僕の血が、でしょ?」
「……好きって、なんだろうね?(遠い目)」
「哲学っぽく誤魔化さないで!」
「誤魔化してなどいないよ。人を好きになる理由なんてのは往々にして単純さ。その人の顔が好き、雰囲気が好き、優しい所がすき、背が高くて、運動神経がいいところが好き。私が君の血を好きだと言っているのも同じことさ。君を好きになるのに十分な理由だと思わないかい?」
極論のはずなのに何故かそれっぽく聞こえてしまう。セシルさんならきっとどんな暴論でも正当化できそうだ。
でもね、理屈じゃ割り切れないものがこの世にはあるんだよ。
「その理屈は感情を無視しているよ。僕の血が美味しいことは、恋愛とは結びつかない。セシルさんは、人を好きになったことある? 恋愛的な意味で」
僕の問いに、セシルさんは押し黙った。その表情に、さっきまでの余裕はない。
ならばと僕は続ける。
「人を好きになるっていうのはね、その人と一緒にいたいとか、その人と幸せになりたいとか、その人にも自分のことを好きになってほしいとか、そういう感情の総体なんじゃないかな。セシルさんは僕といてドキドキする? 僕が他の女の子と仲良くしてるのを見て嫉妬する? 多分しないよね。だってセシルさんにとって、僕には美味しい血以上の価値がないんだから」
語ってから後悔した。僕はバカだ。余計なことは言わない派失格だ。こんな自論、セシルさんにとってはどうでもいいに決まってる。
やばい、絶対キモいと思われた……。
セシルさんは僕の目を見たまま、静かに口を開いた。
「なるほど。君の言いたいことはわかった。私は少し履き違えていたのかもしれない」
あら、思ったより素直。
「なんかごめん。偉そうなこと言って」
「いや構わないさ。おかげで一つ確信できた」
「?」
セシルさんは長い瞬きをしたあと、悠然と微笑んだ。
「改めてお願いする。鳳智くん。私と付き合ってくれ。私は今、自分の気持ちが恋なのかどうか分からなくなっている。例え君が違うと言っても、私は君がいいと思うんだ。だから――」
真剣な眼差しだった。僕たちは、きっと一緒なのだ。あるかないかもわからない、不確かな本物を探している。
輝くものすべてが、黄金とは限らない。
確かめて見るまで、それはわからない。
だからこそ、人は寄り添い合うのだ。
お互いの気持ちを、本物であって欲しいと願いながら。
「――私と、恋人になってくれないか?」
僕には僕のラブコメがあって、彼女には彼女のラブコメがある。
それでいい。
たとえその気持ちが曖昧であったとしても。
確かめ合うことができるのなら。
そういう始まり方があっても、いいのかもしれない。そう思った。
だから、僕は覚悟を決めて答える。
「わかっ」
――バンッ!
屋上の扉が勢いよく開いた。
「「ダメーーーーーーーっ!!!!!!」」
そして昼下がりの屋上に、二人の少女の叫び声がこだました。
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