4. ラブコメ事変


 昼休みになっても、相変わらずセシルさんはクラスのみんなに囲まれていた。僕は僕で、セシルさんとの関係を聞かれたりもしたけど、適当に顔見知りとだけ言って誤魔化した。

 ゆっくり話したいんだけど今日は無理かもしれないな。

 後ろの席から、アメリカからの黒人留学生、マイケルくんが僕に向けて言った。


「チャンスハマッテテモヤッテコネーゾ」


 僕は「ソウデスネ」と返し席立つと、そのまま屋上へと向かった。



 ◇◆◇◆◇



 誰もいない屋上。9月の風が心地よい。

 静かに流れていく雲を眺めながらお弁当を食べるのが僕の昼休みの過ごし方だ。残りの時間は読書に耽る。夏と冬は流石にきついけど。

 実は翠麗学園に進学したのも、屋上が解放されているからというのが理由の一つだったりする。だって屋上ってロマンあるじゃん。ラブコメ的に。はたから見たら実にくだらない理由だろう。自分でもそう思う。けれどくだらないと分かっていても求めずにはいられない。みんなそういうの、一つは持ってると思うんだけどなぁ。


 なんて、エモーショナルな気分に浸っていると、屋上の扉が開く音がした。

 あれは……。

 見ると、そこにいたのは銀髪を靡かせた一人の少女――セシルさんだった。


 ごめんなマイケルくん。チャンスは待ってるだけでもやってくるもんさ。もうこのラブコメは誰にも止められないっ!

 

 セシルさんは僕を見つけると、スタスタとこちらに向かってきた。


「探したよエミネムくん」


 澄ました笑みがよく似合っている。


「あのぉー、実は僕エミネムじゃなくておお――」

「鳳智くん。知ってるよ。隣、いいかな?」

「あ、どうぞ」


 セシルさんが隣に腰を下ろす。

 このとき僕の心拍数なんと128!(体感)

 美少女と二人きりってこんなに緊張するのか。僕は得意のポーカーフェイスを浮かべながら、できるだけ自然に切り出した。


「えと、一週間ぶり、だよね? まさか同じ学校に転校してくるなんてびっくりしたよ。すごい偶然もあるもんだね」

「ふふ、偶然じゃないよ。必然さ。運命かも。なんてね」


 なーんか僕みたいなこと言ってらぁ(笑)

 もしや彼女もラブコメを希求せし者なのだろうか。だとしたら似た者同士気が合いそうだ。


「どういう意味?」

「君がいるから、この学校に入ったんだ」


 はい、確定です。

 本当にありがとうございました。

 これで僕のこと好きじゃなかったら神様ぶん殴るわまじでデストロイすっから頼むぞほんとお願いしますお願いしますお願いします。


「それって、もしかして……あれ? セシルさん?」


 なんだか様子がおかしい。僕を見つめたままボーっとしているように見える。


「ど、どうしたの? 大丈夫?」


 するとセシルさんは、ご馳走を前にした肉食獣のようにペロリと唇を舐め、喉を鳴らした。


「ごめんっ、なんかもう我慢できないや! 説明は後にさせてもらうよ」

「ちょっ! えぇっ!」


 セシルさんは腰を上げると、そのまま僕に跨ってきた。他人に見られたら一発で不純異性交遊を疑われかねない体勢である。


「……っ」


 顔が近い。鼻が触れそうな距離だ。

 頬は桃色に染まり、心なしか呼吸も荒い。 

 

「大丈夫、安心して。ちょっとだけだから。ほら、力抜いて」


 なにが!?

 なにがちょっとだけなの!? そこ、重要!

 身体が密着する。柔らかな胸の感触、ほんのりと甘い香り。あの時と一緒だ。

 ん? あの時? ってことは……


「いただきます」


 セシルさんはそう言うと、勢いよく僕の首筋に噛みついた。



 ◇◆◇◆◇

 


 〜〜数分前〜〜【澪視点】



 ――兄想う、ゆえに我あり。

 これこそ私、鳳澪の信条である。座右の銘? どっちでもいいや。


 昼休み、屋上でお弁当を食べる兄さんを隣の校舎の屋上から双眼鏡で眺めるのが私の日課である。


 私は兄さんが大好きだ。愛してると言ってもいい。いつだって血のつながりの向こう側から兄さんを見ている。でもそんなこと知られたら引かれちゃうから、今は普通の妹のフリをしている。こうして遠くから眺めているのもその為だ。本当は今すぐにでも飛んで行って隣に座りたい。イチャイチャしたい。


 私はおかしいのだろうか……否っ!!

 妹が兄を愛して何が悪いと言うのか。

 偽物だらけのこんな世の中で、唯一信じられるモノ。世間体、建前、モラル、法律? 仮に敵がいようがあたしには関係ない。兄さんの事が好きなこの感情だけは本物であり、何者にも否定できはしないのだ。

 

 数年前のある日、兄さんがツンデレ好きだと分かった。ソースは兄さんの部屋にあったラノベ。その日から私は、理想のツンデレ妹キャラを演じ続けている。

 

「そんなに好きなら告白しちゃえばいいのに」

 

 ベンチに座りながら、隣でお弁当を食べている中山さんが言った。

 中山さんは私と同じ演劇部の仲間で、私が兄さんを好きだと言うことを唯一知っている人間でもある。気の抜けた喋り方が特徴的で、思考は常に楽観的。あと割とませている。


「バカ言わないで。気持ち悪いと思われたらどうするの。今はまだその時ではないわ」

「そうかなぁ? お兄さん優しそうだし、早いとこ気持ち伝えちゃった方がいいと思うけどなー」

「そんな単純な話じゃないの。兄妹って難しいのよ」


 なんの為にツンデレやってると思っとるんじゃこのスカポンタンがぁ! と、心の中で毒づくが、多分彼女の言っていることは正しいのだろう。私は自分の臆病さを自覚している。ただ先延ばしにしてるだけなのだ。それでも、私には私のペースがある。 


 少しずつ、少しずつだ。

 少しずつ兄妹の仲を深めていって、後はそれを血の繋がりを超えた愛に昇華していく事ができればいずれは……キャーッ♡

 最悪なのはうかうかしている間にぽっと出の女の子に兄さんを取られてしまうことだ。まぁ、隠キャで奥手な兄さんに限ってそれは無いと思うけど。おかげで私も余裕をカマしてられるので有難い。


「ふーん。大変なんだねぇ」

「そう、大変なの。だから今は……ん?」

「どしたん?」


 銀髪の女性らしき人が兄さんに近づいていくのが見える。しかも兄さんの隣に座った。双眼鏡の倍率を上げ、顔を確認。とてつもない美人である。脳内で警報が鳴り響いた。

 

「えっ、うそっ、なにあれ! 誰っ!?」

「なになに? 気になる〜」


 兄さんの友達? 彼女? ありえないありえないありえない。あってはならない。

 次の瞬間、銀髪の女性が兄さんに覆い被さるように跨った。私の中で、なにかの糸が切れた。


「あ、が……ごっ、あぁ……っ!」

「どうしたの澪ちゃん! しっかりして! どうしよう、壊れちゃった!」


 中山さんが固まる私から双眼鏡を奪い取る。


「いったいなにが……あらまぁ(ポッ)」


 双眼鏡を除いた中山さんは、何かいけないものを見てしまったかのように頬を染めた。


 本能が叫ぶ。


 ――行かなきゃ。


 迷っている暇はない。私は駆け出す。

 行ってどうするつもりなのか自分でも分からないけど、とにかく見過ごすわけにはいかない。


 兄さんにとってのラブコメは、私じゃなきゃいけないんだからっ!



 ◇◆◇◆◇



 〜〜数分前〜〜【彩奈視点】



「彩奈ー。一緒にご飯たべよー」

「うん、食べよ食べよ」

「てか放課後みんなでカラオケ行くんだけど彩奈もくるっしょ?」

「いいね! 行きたい! いこいこ!」


 だる。一人で行っとけよブス。

 

 昼休みの教室。

 自他とも認める学園のアイドルである私──東城彩奈の周りには、今日もカースト上位の女子たちが集まっていた。

 最初に話しかけてきたのは、ウェーブがかった派手な金髪と濃いメイクがトレードマークの高宮とかいうギャルギャルしい女だ。素材が悪いと大変そうですね。美少女でよかったわー。親に感謝。

 

 人気者というポジションは私には性に合わない。

 常に愛想良く他人に気を使って、自分を高く見せつつも反感を買わないように心掛け、作った笑顔、作った仕草で印象を操作する。実に疲れる作業だ。

 こうして偽りの自分を演じていると、まるで『人間失格』の主人公のような気分になる。今にも背後から「わざ、わざ」と誰かに囁かれそうだ。


 そういえば最近は本も読んでいない。昔は智の影響でいくつか読んでたけど。違うな、智と話を合わせたくて無理してただけだ。バカな私。でもあの時期が一番楽しかったなぁ。どうしてこうなっちゃったんだろ。


「――彩奈?」

「え? なに?」

「いやなんかボーっとしてるからさ」

「ごめんごめん、なんでもない。ちょっと考えごと」


 手を振りながら適当に取り繕う。

 

「あ、もしかしてあの転校生のこと? まさかライバル意識燃やしちゃってるとか?」

「違う違う! 全然そんなことないよ! 素直に綺麗な子だと思うし、私じゃ敵わないよ」

 

 セシル=カプチュッチュ=ブラディール。

 転校早々、いきなり智の隣席を奪取した銀髪赤目の帰国子女。智は顔見知りなだけって言ってたけど、ただの顔見知りがあんなことするだろうか? いや、しない。絶対しない。必ずなにかあるはずだ。

 

「つかなに? 朝のアレ。なんかちょっとかわいーからって調子のってない?」


 他の子達から肯定の声があがる。

 ただの僻みだ。しょうもない。


「そ、そう? まぁ、日本に来たばかりって言ってたし、イギリスのノリ? ってやつじゃないかな」

「どうだろ。性格だと思うけどなー。つかなんだっけ、あのー、鳳? ってやつの知り合いっぽいよね。実は付き合ってたりして……てそれはないか! 全然釣り合わないし! キャハハ!」


 コイツいつかゼッテー相模川沈める。覚悟しとけよマジで。


「あはは、そんなことないと思うけど、鳳くんいい人だよ」


 一応フォローを入れておく。

 智には感謝して欲しいものだ。


「いい人っちゃいい人だけどさー。普通に地味じゃね? 何考えてるかよく分かんないし。まぁ顔は悪く無いけど」


 高宮の発言に場が盛り上がる。

 会話がどんどんエスカレートしていき、智が嘲弄ちょうろうされることに、私は耐え難い怒りを感じていた。他の誰かならともかく、智の悪口はだめだ。自分を抑えられなくなる。


 すでに私の怒りゲージは臨界点を突破しようとしていた。落ち着け私。こんなのはバカ女達の戯言だ。適当に聞き流せばいい。どうせ彼女達も本気じゃないのだ。


 ところが高宮の放った一言が、私から自制の意を刈り取った。


「試しに今度遊んでみようかな。すぐ勘違いしそうで面白そうだし。どうせ童貞でしょ」


 私は箸を置き、無言で立ち上がる。


「え、なにどうしたの? ……彩菜?」


 ――テメェ、殺すぞ。


 そんな言葉が喉元まで出かかった瞬間、教室に一人の少女が駆け込んできた。

 黒い髪、琥珀色の瞳。智の妹の澪ちゃんだ。


「彩奈さんっ!!」

「え、澪ちゃん? どうしたの、ってちょっとっ!」

「とにかく一緒に来てください!! 急がないと!!」

 

 澪ちゃんは、ただごとではない様子で私の手を引くと、耳元で囁いた。


「兄さんの貞操が危ないんです!」

「は? 貞操? 何言って……っ」


 智はこの時間、屋上で昼食を食べているはずだ。

 そういえば、いつの間にか教室にセシルさんがいない。そして澪ちゃんのこの焦燥ぶり。嫌な予感がした。最悪な想像をが脳裏をよぎる。


「兄さんが寝取られちゃう!」

「っ!!?!??!!!」


 まさかまさかまさかまさか。

 ありえないでしょ! そんなことっ! 

 でも、万が一っ……あのバカっ! 


 私は澪ちゃんと一緒に、猛ダッシュで屋上へと向かった。

 階段を駆け上がりながら、心の中で叫ぶ。


 ――アンタにとってのラブコメは、ずっと昔から私だったでしょうがっ!!


 


 

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